第31話 収支報告書
乙川のフロントブレーキのディスクにグリースを塗って、乙川を殺害しようとした大河内は、乙川が計画通リに事故を起こして死んでくれたか、と、ラジオにかじりついて、交通情報を聞いていた。ところが「首都高速羽田線は順調に流れています」と、言うばかりで、「只今、首都高速羽田線は死亡事故で渋滞しています」と言わなかった。
もし事故が起きないで乙川が死ななかったら、パソコンに残したメッセージが逆に、自分が乙川を殺そうとした証拠になってしまう。
大河内はテレビの前にへばり付いて、「今日、衆院議員の乙川さんが交通事故で亡くなりました」という吉報を待ち続けた。
時計は10時になった。もう死んでいるはずだ。ところが他の秘書たちはテレビのお笑い番組を見て、ケタケタと笑っていた。「おめぇらもっと真面目に乙川が死ぬ嬉しいニュースを待てねぇのか!」と言いたかった。
正午になった。すると国営放送のニュース番組で「昨夜、函館市の湯の川温泉近くの海岸で、60才くらいの男性の遺体が発見されました。身元は不明ですが腹部に銃で撃たれたとみられる傷があり、殺人事件とみて警察が捜査中です」と言った。
函館と、60才くらいの年齢といえば、殺されたのは乙川ということも考えられる。
殺したヤツには礼を言いたいくらいありがたいが、殺されたのでは意味がない。
あくまでも、自殺でないとならないのだ。
もし遺体が乙川だったら、この事務所が真っ先に調べられる。「ヤバい!」大河内は急いでパソコンのデータを消して、赤坂見附のエクセルT急ホテルに走った。
地下の駐車場に行ってみると乙川の車はそのまま残っていた。フロントタイヤの裏を見ると、グリースは塗った時の状態で残っていて、走った形跡はなかった。では乙川は函館に行かなかったのか。
念のためグリースをふき取ったあと、フロントヘ行って、乙川がチェックアウトしたのは何時なのか聞いてみた。するとフロントマンは「乙川先生は宿泊されていません」と言った。では函館に行くと言ったのは何かを隠す方弁だったのか。俺にだけ「今夜ある女性とホテルに一泊する」と言ったのは、俺を騙して何かを企んでいるのは間違いない。「乙川のクソ野郎め、ぶっ殺してやる!」と、今度は自殺でなくたって、何でもいいからとにかく殺してしまうことにした。
翌日の7時の国営放送ニュースで、「先日函館で発見された遺体から摘出した弾丸は、先週釧路市で起きた、連続弾丸撃ち込み事件の弾丸と一致したことが、関係者の話で分かりました」と言った。
俄かに釧路と函館の事件が結び付いた。それと倫太郎の家に、千代田区から郵送されて来た弾と、三つの事件が複雑に絡みあってきた。
釧路警察署は俄かに忙しくなってきた。翔馬の家、翔馬の隣の刑事の家、そして倫太郎の家、この三件と函館の事件。それともう一つ、千代田区から送られて来た弾。
やはり〆一組の協力なしには解決しそうもなかった。釧路署は函館署と合同捜査本部を立ち上げて、〆一組に捜査への協力という名目で、家宅捜査に入ることとなった。
すると組長の黒崎は「洗いざらい全部見せてやる」と言って、例の黄金の仏像が入った金庫を開けた。出てきたのは黄色く変色しかかった古新聞と、10冊くらいの古い週刊誌であった。
「いいかここをよく見ろ」と言って、指をさした先には20年前、京葉安保共闘の連中が新宿駅で乱闘騒ぎを起こした時、京葉安保共闘の幹部の一人が、見物していた男に拳銃を渡している写真が写っていた。
10冊の週刊誌の写真はいろいろな角度から撮られていて、全部の写真を合わせると、渡しているのは京葉安保共闘の大河内で、受け取っているのは衆院議員の乙川であった。
「会長はこの二人が今回の事件の犯行と思ってるのですか、証拠はあるのですか」と函館の刑事がバカな質問した。
「おめぇ何年刑事をやってんだ。国会議員と、国家の転覆を狙う一派の幹部がピストルを持ってんだから、証拠とかなんとかより、捕まえてしまうのが当然だろ!」と、一喝された。
翌日、衆院議員会館の乙川の事務所に刑事が行くと、10人の秘書は全員、中〇派、核〇派、解〇派、赤〇派、京〇安保共闘、の生き残りで、事務所の中に拳銃が10丁隠されていた。事務所にいた連中は全員、銃刀法不法所持罪で逮捕された。
パソコンを調べてみると、今は有名企業の中堅社員となったシンパの名簿と、寄付額が書かれていた、寄付した金は総額で1億円以上あった。しかし、収支報告書には0円となっていた。乙川と会計責任者の大河内には収支報告書不記載で逮捕状が請求された。
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