第30話 フロントディスクブレーキ

 乙川から拳銃を返してもらった大河内は、長年考えていたある計画に着手した。

 先ず、多摩川の鉄橋の下に行き、電車の轟音で銃の音が消されるタイミングを計り、用意してあった廃材に一発、銃弾を撃ち込んだ。

 次の電車が来た。再びタイミングを計りもう一発。今度は土手に向けて撃ち込んだ。

 何食わぬ顔で議員会館の乙川の部屋に戻ると、弾倉から弾丸を1個抜いて封筒に入れた。

 振ってみるとカサカサと音がした。封筒の外から手触りで中に入っているのが弾丸だと分かってしまいそうだった。これではまずい。そこで弾丸を紙で包むことにして、支援者が持ってきた土産の包みを一部裂いて弾丸を包み、議員会館内のポストに入れた。

 

 部屋に戻ると乙川の机に向かい、乙川が愛用しているNEC PC88パソコンにワープロソフトのフロッピーディスクを入れて、リセットボタンを押した。

 キューという音の後、ワープロソフト一太郎の画面が現れた。

「よし、始めるぞ」と呟いた後、KEYを叩いた


「大河内君、君の力で僕はここまでやってこれた。君には本当に感謝している。

 先の予算委員会で君が作った質問書を無視して僕は、自分の考えを通してしまった。君が考えた通リにしていれば良かったと今は後悔している。


 昨夜君が帰った後、君と出会ったときのことを思い出してこの銃を出してみた。

 君は覚えているだろうか、東大安田講堂で初めて君と出会ったときのことを。君がこの国のためなら死んでもいいと言ったのを僕は鮮明に覚えている。それから僕は君のように生きたいと思うようになった。その後二子玉川のアパートでこの銃を君に見せて、試し撃ちをすると僕が言ったら君は、やめなさいと言って止めてくれた。

 でも僕はどうしても撃ちたくて、君を連れて多摩川に行ってしまった。あの時君が言った止めなさい、と言った声が思い出されて、今日あの時と同じ場所に行ってみた。あぁ、ここだったな、と鉄橋の柱をじっと見た。

 あの時と同じように落ちていた廃材に撃って見た。バーンという音の向こうから、あの時の君の声が聞こえて来た。懐かしくて泣いてしまった。

 君とはもう会えないんだな、と思うとまた泣いてしまった。本当に幸せな20年間だった。本当にありがとう。

 君に残せるものは何もないけど、僕を支援してくれた人たちは僕以上に君を応援してくれると思うので、君は僕の後を継いで立派な議員になってほしい。地元の人たちにはもうお願いしてある。最後に一つだけお願いを聞いてもらえるだろうか。事務所の人たちも君を慕っているから、今まで通リ彼ら雇ってほしい。他に思い残すことはない。では元気で。

 大河内君ヘ  乙川


 と、書きあげて「これで乙川は自殺したと思うだろう」と、ニンマリして議員会館を出た。


 ☆☆☆


 その頃乙川は赤坂見附のエクエルTホテルで、ある女性とデート中であった。

 この日乙川は10人いる秘書たちに「明日 函館で法事があるのでこれから羽田へ行くけど、俺は一人で大丈夫だから、君たちも今日は早く帰っていいぞ」と言って、議員会館を出たのが午後6時ころであった。秘書たちは言われた通リ、午後時7時には大河内以外は全員帰宅した。大河内だけは乙川から本当のスケジュールを聞いていて、朝までデートをした後、午前9時に高速道路で羽田空港へ行くことを知っていた。


 議員会館を出た大河内はエクセルT急ホテルの地下駐車場に行き、乙川の車のブレーキのフロントディスクにグリースを塗った。

 このまま走り出せば、首都高速霞が関入り口で高速道路に入るころには程よくグリースが溶け出して、ブレーキは効かなくなって、事故を起こすのは確実であった。


 上手くいって乙川が亡くなっても、議員会館に残したメッセージで、自殺として処理されるのは間違いないと、自信満々でホテルの駐車場を後にした。





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