第25話 トカレフの怪しい魅力

「房子と翔馬をぶっ殺して来い!」と日高から命令された正木という男は、兄貴分の日高より悪だくみに長けていた。

「兄貴、会長はあの房子と息子の翔馬にこの2年間にもう、2千万円も使っています。ぶっ殺してしまうよりジワジワと締め上げて、金を払わせてからぶっ殺したら、兄貴にも金が入るし、会長だってあいつらが苦しむのを見れるので、喜ぶんじゃないですか」


「おめぇ、金だけとって逃げるつもりじゃねぇだろな」

「兄貴、俺を信じて下さい。俺は兄貴のためなら務所に入るくらい平気です。

 だから会長にお願いして、拳銃を借りて来て下さい」


「嘘じゃねぇだろな、もし俺を騙したら、おめぇの頭を拳銃で吹っ飛ばしてやるからな、分ってんだろうな!」

「兄貴、本当です。俺は嘘は言いません。絶対にぶっ殺して見せます」


「よぉし、おめぇが言ったことを会長に言って、拳銃を借りて来るからここで待っていろ」と言って日高は黒崎の部屋に入っった。


「会長、正木は本気であいつらを殺す気です。察と撃ち合いも覚悟しています。

ですからあいつに拳銃を貸してやって下さい」

「おい日高、俺が『ぶっ殺せ!』と言ったのは、『嚇かす』ってことだ。本当に殺してしまったら、世の中が騒ぐだろ。それくらいのことが分かんねぇのか !」


「会長、俺と正木を信用して下さい。銃をちらつかせて脅すだけです」

「本当だな、もし俺を騙してヤツらを殺してしまったら、おめぇと正木の頭をぶち抜いてやるからな」と言って黒崎は、身の丈ほどもある大きな金庫の扉を開いた。金庫の中には黄金の仏像が座っていて、クルっと一回転させると、仏像の背中にまた扉があった。

 その扉を開くと中には鈍く光るソ連製の拳銃、トカレフが隠されていていた。


「いいか本当に嚇かすだけだぞ、このトカレフは〆一組の操業以来、一発も撃ったことがない処女銃だ。俺が大切に守ってきたこの銃を貸すのだから、正木にも大事に扱えと言っておけ」


「分かりました。正木にはよーく言っておきます」と言った後、「南無阿弥陀仏」と、仏像に手を合わせてトカレフを借り出した。


「おい正木、会長からトカレフを借りてきたぞ。このトカレフはまだ一発も撃っていない処女銃だからな大事に扱えよ」


「はい分かってます。大切に扱います」

「あいつらから金を巻き上げたら、お前にも少し分け前をやるから頑張ってやって来い!」

「任せて下さい」と言って、トカレフを懐に入れると正木は事務所をとび出して行った。


 ☆☆☆


「房子と翔馬をぶっ殺して来い」と乙川から命令された元、京葉安保共闘の生き残りの大河内は学園紛争華やかしころ、鉄パイプを持って、あっちこっちで武力闘争を引き起こしていた。

 1968年10月、大河内の一派は日比谷公園で「安保反対!」の旗を立てて集会を開いた後、他の赤系組織と合同で新宿駅に結集して、警視庁の機動隊を相手に鉄パイプと投石で対決した。


 京葉安保共闘の幹部だった大河内は騒乱罪(刑法第106条)と、凶器準備集合罪(刑法第208号第1頃)で、警視庁公安部に逮捕された。そのとき、ポケットにトカレフを隠し持っていた大河内は、事件を見物していた乙川にトカレフを預けた。


 出所後テレビを見ていると、拳銃を預けた男は衆院議員となっていて、衆院予算委員会で総理大臣にどうでもいいようなくだらない質問をしていた。大河内は乙川が住んでいた高輪の議員宿舎に行って「預けた拳銃を返せ、返さないと拳銃を持っていることを世間に訴えるぞ!」と嚇かした。だが乙川はトカレフの怪しい魅力にとり付かれていて、返すのが惜しくなった。そこで乙川はトカレフを返さない替わりに大河内を秘書と偽って議員宿舎に住ませ、自分は墨田区に持っていたマンションに住むこととなった。


時は過ぎて乙川の前に、総子と翔馬という乙川にとって、消えてほしい人物が現れた。

止むを得ず乙川は「房子と翔馬を消してくれたらこの拳銃を返してもいいぞ」と言って、トカレフを大河内に渡すこととなった。





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