第23話 ルネッサンスホテル

 17年間房子を待ち続けた加治良助は、房子を釧路に帰そうとはしなかった。だが翔馬はまだ就学中の身だ。いくら孫が可愛いといっても、いつまでも良助の近くに置いておくわけにはいかなかった。翔馬は高校卒業までは釧路に住んで、十条製紙アイスホッケーチームの指名を待つことになった。


 房子に資金援助をしていた〆一組は、房子が父の加治良助の元に帰ることになったことで、組員の竹田による日高絹子殺しが発覚した上に、組内で唯一のまともな会社であったキワミチ水産が倒産寸前の状況に陥った。組長の黒崎は「あのクソ女とセガレを見っけてぶっ殺してこい!」と、房子と翔馬に怒りの矛先を向けた。


 命令を受けたのは日高であった。日高は妻の絹子を竹田に殺されて、黒崎以上に怒り狂っていた。

 日高は弟分の正木に「俺がこんな目に合うのは河村と言うクソ野郎のせいだ。あいつさえいなかったら俺がキワミチ水産の社長だったのに、あのクソ野郎をぶっ殺してこい!」と、怒りをぶちまけた。


 房子が姿を現すのを最も恐れていたのは、社会国民党の衆院議員の乙川であった。

 その房子が17年ぶりに函館に帰って来たと聞いて、乙川はおちおちとしていられなくなった。

 房子が何かの拍子で昔のことを言ったとすれば、悍ましいあの事実が公になって、乙川は、政治家生命を断たれる恐れがあった。

 乙川は秘書の大河内を呼んで、対策を練ることにした。

 大河内という男は今は乙川の秘書となっているが、元は京葉安保共闘という、共産主義革命を標榜する赤系組織の生き残りであった。


 乙川には高輪の衆院議員宿舎が与えられていた。議員宿舎というのは地方選出の議員が、その職務を円滑に遂行するために設置されているもので、東京に自宅を所有する議員は原則として、入居することはできないことになっている。


 乙川は隅田区にマンションを持っていて、本来は入居資格がない。だが乙川は所轄する大蔵省の職員を脅して、民間のマンションなら20万円を下らない家賃を半分以下のわずか8万円で、不当に占拠していた。

 しかも乙川はこの議員宿舎を、大河内に月10万円で又貸ししていた。

 国民の税金で建てられた議員宿舎を、国を亡ぼす組織 京葉安保共闘に又貸しするなどと、呆れてしまうことを平気でやっていた。


そればかりではない。房子の口を塞ぐ必要に迫られた乙川は、秘書という名で子分のようにしていた大河内に「房子と、房子のガキを見っけて、ぶっ殺してこい」と命令した。

何と乙川は、実の息子まで消してしまおうという、とんでもないことを企んでいた。


 こうして房子と翔馬は〆一組と、乙川の両方から狙われることとなった。


 ☆☆☆


「この中から好きなのを選んで下さい。明日からは一人で行ってもらいます」と甚弥に言われた倫太郎は「難しい案件に当りませんように」と祈りながら、目をつぶって貸付台帳を取り出した。目を開けてみると、それは「ルネッサンスホテル」というラブホテルの貸付台帳であった。

 ルネッサンスホテルには12回分割払いの契約で、1,000万円貸していて、毎月元利合計で200万円づつ返済する契約になっていた。11回めまでの返済は滞りなく行なわれていたが、最後の1回の支払いがされてなく、それから3ヶ月経っていた。その残り1回分を取り立てるため、倫太郎は白樺台のルネッサンスホテルに向った。







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