第20話 製紙工場の白い煙
翔馬の家に入ると、35番と24番の背番号が付いたアイスホッケーのユニホームが2着、壁に掛けられていた。
「翔馬さんの背番号は9番じゃなかったの?」と聞くと翔馬は「僕は1年生の時はゴールキーパーだったので35番を付けてたんだけど、2年生の時にフォア―ドになったので、背番号も24番に変わったんだよ。9番を貰ったのは3年生になった時で、コーチから『9番はエースフォワードが付ける特別なナンバーだというのは知ってるな、お前はこのナンバーに恥じない選手になれ』って言われてね、あの時はプレッシャーを感じたな」
「でもここには9番のユニホームがないわよ、どうしたの?」と聞くと「今 ITOHから、KAJIにネームを付け替えてもらうので、用品店に預けてあるよ」と言った。
凛々子が一番聞きたいのがそれだった。「どうして名前が変ることになったの」と聞きたかったけど、それを口にするのをためらっていると翔馬は自分から「僕は子どものころから自分の苗字は伊藤だと思ってたけど、それは他人のもので、本当は加治だと母から言われて驚いたな」と、翔馬は言った。
他人の名前を使っていたとは一体、どういうことなのだろう。と凛々子には翔馬の言うことが理解できなかった。すると翔馬は「さっき新富士駅で君と会った時、君は加治静香さんという人を見たよね、あの人は僕の母の弟の加治良一という衆院議員の奥さんで、君のお父さんはあの人のことも、僕の母のことも知ってると思うよ」
「私の父が翔馬さんのお母さんを知ってる人ってどういうこと?」
「実は僕も先週、君と電話で話した後、母と函館に行ってお爺さんという人に会って、本当のことを知ったんだけど、君のお父さんと僕の母は高校時代からの知り合いだったみたいだね」
「本当なの?」
「本当だよ、僕の母も君のお父さんと同じ函館の出身だから、どこかで会ったことがあるんじゃないかな。その後、僕の母は釧路で竹田という人と知り合って、僕が生まれたんだけど、事情があって伊藤と名乗ってたんだよ」
「竹田さんと結婚したのにどうして伊藤さんになったの?」
「そこが問題なんだけど聞いても驚かないでね、本当は竹田という人は僕の父ではなくて、伊藤さんという女の人と付き合ってたんだ。だけど、伊藤さんが死んでしまったので、竹田は僕の母を身代わりにしたんだよ」
「身代わりなんてできるの?」
「本当はやってはいけない事だよ、だけど竹田は悪いヤツだから、やってしまったんだね、それで僕は伊藤と名乗ってたんだけど、伊藤が警察に捕まって母と僕は加治に戻ることになったんだよ」
「じゃあ本当のお父さんは加治という人なのね。そのお父さんは今、どこにいるの?」
「それなんだけど、母は教えてくれないんだよ、どうしてかな」
「そうだったの、でもさっき会った加治静香さんという人は、どうして私の父のことを知ってるの」
「それはね、あの人は僕のお爺さんの加治良助という人に頼まれて、僕の母を探してたんだけど、母の高校時代を知っている君のお父さんなら、母の行方を知ってるんじゃないかと思って、釧路に来たことがあるんだよ」
「そうだったんだ、それでさっきあの人と翔馬さんは喫茶店にいたわね、あの人は今日は何をしに来たの」
「それはね、僕の母はこの後はもう釧路に帰らないで、函館に住むことになったので、母の代わりに役所とかの手続きをしに来たんだよ。それで打ち合わせのために喫茶店で話してたんだよ」
「じゃあ、翔馬さんも函館に行ってしまうの?」
「お爺さんは僕に『高校を卒業したら東京の大学に行きなさい』って言うんだけど、
東京の大学に入ったら十条製紙アイスホッケーチームに入れる可能性はほとんどなくなってしまうので、母が函館に行っても僕は一人でこの家に住んで卒業したら、十条製紙アイスホッケーチームのテストを受けようと思ってるので、函館に行くことはないと思うよ、でも…………あの爺さんは頑固そうだったな」と寂しげに言った。
あのときも翔馬は十条製紙の煙突から立ち昇る煙を見て「これからどうなるかな…」と寂しげに言った。ひょっとしたら翔馬は「君とはもう会えない」と言いたかったのではないだろうか。そう思うと悲しくなって、涙が零れるのを抑えられなくなった。
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