第16話 輸血とバンドエイドの差
日高絹子を殺害した理由を聞かれた竹田は「絹子は17年前まで組長の愛人でした。組長は絹子が妊娠した事を知ると俺に『お前は妊娠した女が好きだったな、お前が矢部を殺したら絹子をお前にくれてやる』と言いました。俺は絹子が欲しかったので、『やらせて下さい』と言いました」
「矢部とは誰のことだ」
「組長には絹子の他にもう一人、美智子という愛人がいました。ところが矢部という組員が美智子とできてしまいました。すると組長は『BAR ロダンに矢部がいるから殺して来い。マダムの美智子はかすり傷くらいの怪我を負わせてやれ。
いいか、かすり傷くらいだぞ。分かったな』と言いました」
「それでお前は矢部を殺したのか」
「いいえ、矢部には逃げられてしまいました」
「マダムの美智子はどうしたんだ」
「美智子の腕をつかんでナイフで軽く切ろうとしたら、美智子が暴れてちょっと深く切れてしまいました」
「ちょっととはどれくらいの深さだ」
「1ミリ以下です」
「本当に1ミリ以下か」
「はい本当に1ミリ以下です」
「1ミリ以下じゃかすり傷だ、バンドエイドを貼れば治るな、お前が貼ってやったのか」
「ホステスがいたので『貼ってやれ』と言ったら震えていて貼れなかったので、俺が貼ってやりました」
「ホステスは一人だったのか」
「はい、そのときは一人でした」
「それでその後どうしたんだ」
「組の事務所に帰ったら組長が『かすり傷くらいと言っただろ。それのにお前は美智子の腕を血が出るくらい斬りやがって、お前をぶっ殺してやる』と言われました」
「変だな、17年前の供述調書には、『かすり傷を負わせて来い、と言われたのに、重傷を負わせてしまった」と書いてあるぞ」
「組長は自分の愛人がちょっとでも血を出したら『大変だ、すぐに日赤病院に連れてって、輸血をさせろ!』と言います。
他人には指が一本ちょん切れて無くなってしまっても『かすり傷だ、バンドエイドを貼っとけば三日で治る』と言います」
「それで、その後はどうなったんだ」
「組長は『お前は矢部を殺せなかったから、絹子はお前ではなく、日高にくれてやる』と言いました」
「それで絹子は日高絹子になったんだな。それでお前は絹子を諦めたのか」
「日高は俺の兄貴分なので絹子は諦めて、美智子の腕を切ったとき、血を見て震えていた加治房子というホステスを連れて帰りました」
「お前には伊藤房江という内縁の妻がいたんじゃないのか」
「房江より房子の方がタイプだったので、乗り換えることにしました」
「房江はどうなったんだ」
「遺書を残して興津海岸に入水自殺しました」
「その遺書はどうしたんだ」
「俺が破り捨てました」
「それで発見された遺体に遺書が残ってなかったんだな。じゃあもう一つ聞く、
どうして日高絹子を殺したんだ」
「日高は絹子に『お前は組の金庫番だったな、いいかよく聞け、俺は会長から無理やりお前を押し付けられたのだから、お前は会長の金を盗んで来い」と言ったそうです。それで絹子は少しづつ帳簿をごまかして毎月、金を日高に渡していました。
ところがそれが会長にばれてしまいました。すると日高は『盗んだ金は全部、竹田に渡していたと会長に言え』と言ったそうです。それで会長から追われることになった俺は、行方不明になったように見せかけて、隠れていました。
ところが最近になって会長が房子に「お前の息子のために金を出してやる」と言ってきたので、絹子を呼び出して「もう一回帳簿をごまかして、もっと金を持って来い」と言いました。すると絹子は『金を持って行くから春採海岸で待っていて下さい』と言いました。それで絹子と会ったら、絹子は金じゃなくてナイフを俺に向けました。それで殺されると思った俺は、絹子に持っていたバッグを投げ、怯んだすきに首を絞めて、ぐったりした絹子を海に突き落としました」
「絹子を殺したのはお前だということは分かった。じゃあBARロダンから連れて帰った房子はどうなったんだ」
「今日からお前は自殺した伊藤房江になりすませ、いうことを聞かないと、腹の中のガキがどうなるか、分かってるだろうな、と言いました。すると房子は観念して俺に従うようになりました」
「じゃあ最後にもう一つ聞く、お前は行方不明になって7年後に、死亡した事になったはずだ。それがどうして出てくる気になったんだ」
「美智子と関係を持って会長から追われていた矢部が函館の出身だったので、俺が矢部のふりをして、函館から釧路警察署に匿名で手紙を出しました。いつかは警察が絹子を殺した犯人は矢部だ、と断定してくれると思ったのですが、そのうちに俺が会長に見つかりそうになったので、会長に殺されるより、警察に捕まった方が安全だと思って自首することにしました」
これで伊藤房江が加治房子で、息子の翔馬は加地良助の孫であることは確実となった。
だが房子には這乗り(刑法157条 公正証書原本不実記載罪)という罪状で起訴される可能性が高まった。
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