第14話 匿名の封書

 倫太郎が留置された当日の午後、釧路警察署に「日高絹子を殺した犯人を知っている。」という匿名の封書が届いた。消印を調べてみると投函されたのは2日前で、新聞でもテレビでもまだ、報道されていない日であった。とすれば、事件を起こした関係者か、それに近い者からの手紙と思われる。また投函された場所は函館市となっていた。


 刑事は倫太郎に手紙のことは伏せて「お前は函館の出身だったな、函館に仲間がいるんじゃないのか?」と質問した。

「いいえ、私はもう10年以上函館に帰っていません。知り合いは誰もいません」と答えた。だが刑事に聞かれて倫太郎は、自分自身に問いかけた。


 登美子と二人で逃げるように函館を出てから苫小牧を経て、釧路にやってきた。

 食うや食わずの貧しい暮らしの中で凛々子が生まれた。あれから14年、凛々子は来年は高校生になる。自分と房子が知り合ったのは今の凛々子の歳のころだった…………と、あのころのことが走馬灯のように思い出された。


「おい、何を考えているんだ。俺が聞いてるのは、お前が函館にいたとき、どんなヤツと付き合ってたか、ってことだ。覚えてるだけ全部言ってみろ、そしたらお前の容疑が晴れるかも知れないからな」と刑事に言われて、ハッとした。


 自分が函館を出ることになったのは、房子と再会したことが発端だった。そのあと乙川という代議士が現れた。乙川の後には加地良一という代議士の妻で、秘書の加地静香という人がやって来て「房子さんを探して下さい」と言われた。だが「房子さんをきっと探して見せます」と約束しておきながら、もう5年も経った。自分は房子を探すのを忘れていたけど、あの加治静香という人は実直そうな人だった。

 あの人はまだ房子を探し続けているに違いない。

 殺人事件と関係があるかどうかは分からないけど、今に至る経緯を遡れば、すべては房子との再会にたどり着く。房子は自分が知らない何かを知っているかも知れない。


「私が函館を出ることになったのは、加治房子さんという人と問題を起こしたからです。房子さんともし会えたら、全部分ると思います」と慎太郎は、房子の存在を明かした。

「加地房子だな、その女は今どこにいるんだ」

「私にも分かりません。ただ今高校生くらいの子どもがいると思います」


「子どもというのは男か女か、どっちなんだ」

「それも分かりません」


「そうか分かった 、加治房子親子だな。行方不明の親子がいれば、すぐに分ることだ。その二人は俺たちが探すから、お前は帰ってもいいぞ」

 ということになって、房子と乙川の間に生まれた子どもは、警察が探すこととなった。

 また倫太郎も留置所に泊まることもなく、その日のうちに釈放されることとなった。

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