第12話 白いユニホームの背番号9
4月 釧路にも遅い春がやってきた。春採湖の氷も緩み、天然氷のスケートリンクはシーズンを終えた。スピードスケートの世界選手権も幕を閉じた。
だが、アイスホッケーのシーズンは8月から始まる。柳町アイスアリーナでは釧路工業高校と、釧路江南高校の練習試合が行われていた。
昨年の全国高校アイスホッケー選手権ではこの両校が決勝で対戦して、釧路工業高校が優勝の栄冠に輝いた。練習試合とはいっても前年度の優勝校と準優勝校の両チームの対戦とあって、沢山の観客が押し寄せた。
中学3年生となった凛々子もリンクサイドに陣取って、両チームの選手たちに声援を送った。
釧路工業高校の白いユニホームの選手と、青いユニホームの釧路江南高校の選手が、凛々子の目の前で何度も何度も激しくぶつかり合った、選手の吐く荒い息も聞こえてきた。凛々子は氷上の格闘技ともいわれるアイスホッケーの激しさに魅了された。興奮冷めやらぬ凛々子は練習試合が終わてからも、選手が引き上げるまで見ていた。すると、白いユニホームの選手の中の一人が何度か、凛々子を振り返って見ていた。その人のユニホームには9のナンバーが付いていた。
翌週 凛々子は新学期から使う参考書を買いに、北大通リ3丁目の山下書店に行った。すると、店の奥から凛々子を見ている人がいた。
その人は凛々子に寄ってきて「この前柳町アイスアリーナに来ていましたね」と言った。
始めは誰だか分らなかったけどその人は、平積みになった雑誌の中から「スケートマガジン」という雑誌の5月号を取り上げて、パラパラとページを捲った。
そこには各高校の新年度の選手の紹介記事が載っていた。釧路工業高校のページには背番号9を付けた選手の写真があって、紹介記事にはフォワード伊藤翔馬と書かれていた。背番号9はエースフォア―ドの選手が付けるナンバーである。
凛々子は思い出した。この人は柳町アイスアリーナに行ったとき、凛々子の目の前で江南高校のディフェンスの選手3人と格闘していた人だった。
そのあと「君とは前にも会っていますよ、分かりませんか」と言った。
柳町アイスアリーナで見た人なのは分かったけど、その前とはいつなのか思い出せなかった。するとその人は「君と会った所が見える所まで行きませんか」と言った。二人は北大通リ5丁目の丸三鶴屋デパートの屋上に昇った。
そこからは釧路港に停泊する大型旅客船が見えた。
「あの船が泊まっている所で氷祭りがあったのを覚えていますか」と、その人は言った。「氷祭りは知っています。毎年見ています」と答えた。
するとその人は、「5年前の氷祭りのとき君は、スラロームスライダーに乗りましたね。僕は君の後ろから滑りました」と言った。
スラロームスライダーと言われて思いだした。あのとき、滑り落ちる恐怖で思わず「キャァー」と叫んでしまった。あのときの恐ろしさは、今でもはっきりと覚えている。そして誰かが「大丈夫だよ」と言って、優しく抱きしめてくれた。
あのとき、このままずっと抱きしめてほしいと思った。あのときの人が今ここにいる。
凛々子は感動で胸がいっぱいになった。
「また試合を見に来てくれますか、待っています」とその人は言った。
この人にまた会えると思うと、ジーンと、熱いものが込み上げてきた。
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