第11話 氷祭りの会場で会った女の子
社会国民党の衆院議員となって永田町に復帰した乙川は、舌鋒鋭く政府を追及する野党の旗手となった。
乙川は野党の候補となって再選される前は、与党の自由進民党の議員であった。
だが裏切りともとれる手段で永田町に復帰してからは、些細なことを取り上げて度々審議の邪魔をした。
こうした乙川を一部のマスコミが褒め称えることで、重要な議案がいくつも廃案となった。
「乙川先生、今日の質問はよかったですね。これであいつは辞任ですね」
「あいつだけじゃまだダメだ。俺が狙ってるのは◯◯大臣を辞任に追い込むことだ」
と、乙川を持ち上げる赤系の新聞記者を使って乙川は、大臣キラーと呼ばれるまでになった。
だが乙川が本当に狙っていたのは娘と偽っていた上に、強姦してしまった房子との関係を知っている加治良一であった。
加治良一は房子の弟で一時は乙川の秘書であった。自分の秘密を知っている良一がいる限り、枕を高くして寝られない。良一は絶対に消えてもらわなければならない男であった。
そもそも乙川が房子を娘と偽っていたのは、「愛想が尽きました」と言って逃げた妻と娘の代役として、加治良助の娘をウグイス嬢として選挙カーに乗せたとき、支持者のほとんどが逃げた娘と信じ込んでいた。家庭の恥を隠して選挙に臨んでいた乙川にとって、実に都合のいい具合に事は進んで、選挙に勝つことができた。
選挙が終わった後も嘘がばれないように、秘書として同行させることにした。
しかし、妻がいなくなってあれの処理に困った乙川は、力づくで房子を犯してしまった。たった一度だけだが運悪く、房子は妊娠してしまった。
だが乙川にはまだ運が残っていた。房子は昔付き合っていた倫太郎と関係を持った。親父の加治良助は犯人は乙川と知っていたが、娘のためと思って、表沙汰にしなかった。
だが段々大きくなるお腹は誰の子であれ、隠すことはできなくなった。房子は誰も知らないところで子どもを産んで、ほとぼりが冷めるまでどこかに身を潜めることにした。
そして行きついたところが釧路であった。ここで房子は竹田という男と知り合った。竹田は「生まれた子どもは自分の子として面倒を見る」という約束で一緒に住むことになった。
だが竹田には妊娠中の内縁の妻がいた。その妻という人は伊藤房江といい、自宅を使って学習塾を経営していた。
竹田は房江の金をあてにして、ろくに仕事もしないでぶらぶらと遊んでいる男であった。こんな竹田だが伊藤房江は真剣に愛していた。ところが房子が現れたことで、捨てられたと思った伊藤房江は遺書を残して投身自殺した。
しかし竹田は房江の遺書を破り捨てた。房江に飽きていた竹田はこれ幸いとばかりに、房子をいなくなった房江に見せかけてしまうことにした。
それから1週間後、房江の遺体が発見された。だが遺書もなく身元不明として処理された。
この日から竹田の計画通リ、房子は伊藤房江と名乗ることとなった。
一か月後、房子に男の子が誕生して翔馬と名付けられた。
こうして加治房子に戻れなくなった房子は、父親の良助も弟の良一も義妹の静香も自分をさがしているのを知りつつ、実家に帰ることができなくなった。
ところが4年後、竹田が行方不明となった。警察は定職も持たずフラフラとしている竹田をろくな捜査もせずに、単なる家出として処理をした。
こうして房子と翔馬と二人だけで生きていくこととなった。
翔馬が小学校を卒業する年の2月、房子と翔馬の二人は幸町で行われていた氷祭りを見に行くことになった。氷を削った彫刻がいっぱい並んでいた。だが子どもたちに一番人気があったのはスラロームスライダーというアトラクションであった。
全長100メートルくらいの曲がりくねった氷の坂を滑る快感に、子どもたちは夢中になった。
長い行列を待ってようやく翔馬の順番が来た。翔馬の前に3年生くらいの女の子がいた。その子は怖さを抑えるように真っ青な顔になっていた。思わず「大丈夫だよ、僕が付いてるるよ」と言った。滑り出すと案の定、その子は「きゃあー!」と悲鳴を上げた。滑り降りたときその子は真っ青な顔でもう倒れそうになっていた。思わずその子を抱きしめてしまった。ほんの数秒間だったが、いつまでも抱きしめていたいと思った。
母に「もう時間よ帰りましょう」と言われたとき、本当は「もっとこの子といたい」と言いかけたけど、少し恥ずかしくて口に出せなかった。
これが翔馬の初恋だった。
帰ることになったとき、何度も何度もその子を振り返って見ていた。
そのときその子の父親らしい人が、じっとこっちを見ていた。
3年後、行方不明者は7年経てば死亡とみなす、という規定により、行方不明となっていた竹田は死亡と認定された。
この年、翔馬はアイスホッケーの選手として推薦を受け、釧路工業高校に入学することとなった。しかしアイスホッケー部は金がかかる部である。
房子は鳥取十条ストアーの店員として働くことにした。それでもスーパーの収入だけでは生きていくだけでも難しい。
そんなある日、〆一商事の名刺を持った日高絹子という女が現れた。
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