第9話 落下傘候補

 加治良一の妻、静香の依頼で房子と、子どもを探すこととなった倫太郎は、妻の登美子のママ友の可乃子に「この卒業アルバムに写っている男の子を知っていますか」と聞いて見た。しかし可乃子は「この子は見たことがありません」と言った。


 無理もない、何しろこのころは第二次ベビーブームの真っただ中で、男の子が通う釧路市立東小学校の6学年は8クラスあった。凛々子の3学年にいたっては10クラスもあった。学校全体では2千人以上の児童がいるマンモス校であった。

 これだけの児童がいれば、いくら顔が広い可乃子であっても、見たことがない児童がいても不思議ではない。


 そこで、アルバムに写っている児童の名前の欄を丹念に調べてみた。だが男の子

 は伊藤翔馬という名前であった。

 捜している男の名は加治のはずである。だが加治という姓の子はいなかった。念のため、乙川という姓の子も捜してみた。だが乙川の名もなかった。可能性があるとすれば、房子が伊藤という人と結婚して、子どもの氏名が伊藤翔馬になったというくらいである。


 だが結婚して子どもが学校に通うのであれば、親にも居所を知らさずに、どこかに潜んでいる理由がない。堂々と加治房子と加治翔馬として生きるはずである。

 やはり、倫太郎が氷祭りの日に見た人は房子ではなくて、よく似た他人だったのだろうか。結局 何の手がかりもないまま、振り出しに戻ってしまった。


 倫太郎は次の手段として、警察に行って行方不明になっている親子がいないか、尋ねてみることにした。

 すると、〆一組が関係するある事件で、10年前から親子が行方不明になっていることが分かった。〆一組の事件とは、元組員だった矢部という男が組長の黒崎の女で、BAR のマダムをしていた美智子という女と密通していた。ところがそれが黒崎に知られてしまった。ことを知った黒崎は組員を送って美智子を半殺しの目に合わせた。だが矢部はどこかに逃げてしまった。


 黒崎が送った組員は傷害罪で逮捕されたが、送検されずに終わった。

 ところが美智子の店に努めていた女とその子どもがその日から、行方不明になった。矢部が捕まらない限り、矢部と親子の関係も調べようがなかった


倫太郎は黒崎が送った組員について、黒崎に聞いて見た。しかしその組員は事件後、病死していた。釧路警察署にも確かめてみたが返答は同じであった。

それから何の手がかりもないまま三年の月日が流れた。倫太郎はキワミチ食品の業務に追われ、倫太郎の気持ちの中で房子を探す熱意は徐々に風化していった。


 その年の秋、内閣が総辞職して、総選挙が行われることとなった。

 加治良一は二期目の当選を果たした。

 一方前回の選挙で落選して、浪人となっていた乙川は、野党の社会国民党の落下傘候補となって青森県から出馬した。

 乙川は元は農林水産省の官僚で、県の農林水産関係の労組の支援を受けて、衆議院議員に返り咲いた。

加治良一と乙川は国会で与党、野党と立場を変えて相まみえることとなった。





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