第8話 血の真相
昨日電話を掛けてきた人は「お話をしたいことがあります」と言った。
お話とは一体何なのだろう。加治と名乗る女性が次に一体何を語るのだろうと思うと、一刻も早く聞きたくなって約束の時間より1時間も早く、喫茶店笛園に着いていた。その女性は約束の時間 ぴったりに現れた。歳は30才前後だろうか、スラリとした長身を真っ白いスーツで包んで、宝塚のスターのような感じがした。
その人は倫太郎の前に座ると間髪を入れずに、「私は衆院議員の加治良一の家内で秘書をしている静香と申します。早速ですがあなたは加治良助をご存じですね」と政治家の秘書らしく、時間を無駄にしない整然と言葉を繋いで語った。
「いいえ存じあげません」と答えると、「そうですか、それなら最初から申し上げます。加地良一は乙川議員の秘書をしていましたが、乙川のあとを継いで、衆議院議員になりました」と言った後、
「乙川は私の夫の加治良一の父、加治良助の力で議員になることができました。
しかし乙川は私の義姉にあたる房子さんを、力づくで犯しました。乙川の子どもを宿した房子さんは悩んだ末、乙川の元を離れて今はどこかでひっそりと暮らしていると思います。
加治良助は『房子のお腹の子は乙川の子ですが、私の大切な孫です。今は房子も生まれた子も苦労していると思います。君たちの力で二人に会わせて下さい』と言いました。加治良一と私は良助の頼みを聞いて四方八方、手を尽くして探しました。
でも未だに行方が分かりません。あなたなら心当たりがあるかと思って、ここに参りました。どうぞ私たちに力を貸して下さい」と言った。
倫太郎は彼女が言った話の意味が俄かには信じられなかった。
もし、加治静香という人のいうことが事実とすれば、房子は乙川の娘ではなく、加治良助の娘ということになる。そして自分の子どもかも知れないと思っていた子どもは、乙川と房子の間にできた子どもということになる。
「それでは房子さんのお子さんの父親は、乙川先生で間違いないのですね」
「そうです。でも乙川は「俺は何もしていない」の一点張りです。しかし支持者の信頼をなくして、議席を失いました。
その次の選挙で乙川の秘書をしていた私の夫の加治良一が立候補して、議席を獲得しました。私は加治良助に仕えていた秘書の娘です。父は加治良助に大変お世話になりました。
私は父の後を継いで良助の秘書になろうと思いました。
しかし良助は「君は良一を助けてやってくれ」とおっしゃいました。
それで私は加治良一の秘書になりました。そして3年前に結婚しました」
静香のいうことは何となく理解出来た。だがまだ分からないことがあった。
「静香さんはどうして僕が房子さんの行方を知っていると思ったのですか」
「あなたは函館で造船会社に勤めていましたね」
「ええ、7年ほど勤めていました」
「ではあの会社の取引先に北斗電気という会社があったのをご存じですか」
「ええ、私の会社で作る船の電気関係は、北斗電気が作っていましたから、よく知っています」
「それでは竹内八郎氏とお会いしたことはありますか」
「ええ、何度かお目にかかって、ゴルフの話をしたことがあります」
「北斗電気の社長の竹内八郎氏と加治良助は、函館ゴルフ俱楽部、湯の川ゴルフ場の会員で旧知の仲です。あなたはそこで房子さんとゴルフをしたことがありますね」
「ええ、一度 行ったことがあります」
「そうでしょう、そのとき房子さんは加治良助の家族会員のカードを使いました。
房子さんの会員権使用歴にあなたの名前がありました。ですから加治良助はあなたと、房子さんの関係を知っていたのです」
何ということだ、房子との関係は二人だけの秘密と思っていた。だけど、房子とのことを房子の父親が全部知っていたとは。それを黙って見ぬふりをしていた加治良助という人の度量の大きさと、自分が世の中の仕組みというものを知らなかったことを思い知らされた。
河村さん、これで私が房子さんを探している理由がお分かりになりましたね」
ここまで来るともう、静香という人がどんな人であっても、従うしかなくなっていた。
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