第5話 極東水産と極道水産 

 〆一組の男に「約束を果たせないなら書類を返せ」と言われた倫太郎は、極東水産の会長 立花平太に「約束があると言われましたが、会長は何を約束されたのですか」と立花に問い質した。

 すると立花は「約束を果たすのは君だよ、君はあの会社の社長だからね」と言った。

 倫太郎は立花がいうことが全く理解できなかった。

「会長、それはどういうことですか」

 すると立花は「あの会社は私が1年半前に黒崎さんに2千万円で売却しました。

 ところが黒崎さんは半年後『工場長の木下に経営を任せたけど、あいつは能力がない、もっと有能なヤツを連れてこい。もし連れて来なかったら、三千万円で会社を買い戻せ』と言いました。だから私は君を社長として推薦しました」


「ということはですね、私は最初から社長として採用されたのですか」

「採用したのは黒崎さんです。私は君を紹介しただけです」


「でも会長は私に『二千万円で買い戻せ』とおっしゃいましたね」

「あれはね、黒崎さんが私に『三千万円で買い戻せ』と言ったので、『二千万円で売ったのですよ、売った値段と同じ二千万円なら買い戻してもいいけど、三千万円では買えません』と断りました。そういうことです」


「じゃあ、あの書類は何だったのですか」

「あれはね、売却した工場が確かに黒崎さんのものだということを証明する書類です」


 立花にそう言われたが、それでも倫太郎は納得できなかった。

「会長、もう一度お聞きします、責任を果たせ、とはどういう意味ですか」

「それはね、赤字のあの会社を利益が出る会社にすることだよ。だから言ったでしょ、責任を果たすのは君だってね、君は社長なんだから」


 なんということだ、自分は極東水産に入社したつもりだったのに、〆一組グループの一員になっていた。

確かに入社した時から社名は「極東水産」ではなくて「極道水産」となっていた。

だが名前は違っていても、親会社は社会の敵、〆一組であることはまちがいない。

遂に自分もこんな輩の仲間になってしまったのか、と思うとこの場から逃げ出したくなった。


 だが、あの〆一組のことだ、自分がもし逃げたとしても、どこまでも追ってくるに違いない。自分一人ならまだしも妻の登美子も娘の凛々子もいる。

 しばらくは我慢して社長としてやっていれば、また転機が訪れるに違いない。


 それに木下とは今まで、どっちが上でどっちが下だったのか、あやふやだったけどこれではっきりした。自分は社長で木下は自分の部下だ。

 こうなったら、木下を徹底的にこき使って会社を黒字にするしかない。


「会長、分かりました、極道水産を黒字にして見せます」

「分かってくれましたか、黒崎さんと言う人は怖そうに見えても人情家です。成功したらいっぱい報酬をくれると思います。払う金がない時は、銀行強盗をしてでも払ってくれると思います。黒崎さんという人はそういう人です。君も金のためなら例え、人が倒れていても、踏みつけて行くくらいの気概を持って、仕事に取り組んで下さい」

 その日以来、倫太郎は「おい木下、これはいったいどうなってるんだ。もっとしっかりやらないと、お前の給料は半分に減額だ、分かったか!」と経営の鬼になった。







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