第4話 銀馬車のレミー マルタン

 木下と倫太郎が向かった先は、末広町の歓楽街であった。

 末広町というところは1丁目から13丁目まであって、俗に「霧の幣舞橋」と言われる観光の名所が1丁目で、5丁目までが歓楽街であった。

 この末広町の歓楽街は、24万人という人口の割には、たくさんの店があった。

 飲食店の数でみれば、札幌のすすき野に次いで、北海道では2番目の規模である。


 その理由は幾つもあるが、北海道内の他の都市と比較すると、面積が段違いに大きい。例えば札幌市の約1.7倍、函館市の約3倍、旭川市の約5倍の面積がある。

 更に釧路支庁管内全体でみると札幌の約50倍くらいの面積となる。

 釧路市はそのその中心都市で、娯楽類の一切が集約されたような町であった。


 他にも太平洋炭鉱、十条製紙、本州製紙、日東化学など、大手企業の工場が沢山ある上、日本一の漁獲高を誇る釧路港があり、大変景気のいい町であった。


「河村さんは函館の出身でしたね、函館と比べて釧路はどうですか」

「ええ、私は函館の人間です。函館の他、室蘭と苫小牧にもいましたけど、末広町のような賑やかな街は初めてです」


「そうでしょう、東京から来た人でも『すげえ街だな』って驚くほどですからね」

「この街にはどれくらいの店があるのですか」

「私が知ってるのはせいぜい10軒くらいですけど、軽く1,000 軒はあるでしょうね」


 木下が言う通リ、末広町には丸三鶴屋デパート、オリエンタルデパート、㋣北村、くしろデパート、などの商業施設の他、映画館が9軒あり、遊興関係ではバー、

キャバレー、ディスコなど、ありとあらゆる店が軒を連ねていた。


 中でもホステスが300名以上いて、豪華なショーを毎日行っている大型キャバレーが、銀の目、ニュー東宝、アカネ、と三つもあった。

 赤坂にも、ミカド、ニューラテンクオーター、コパカバーナ、の三つの大型キャバレーがあるが、いずれの店もホステスの数は150名以下である。


 キャバレーの格というか、いわゆる「豪華さ」というものは、ホステスの数で計れるものではない。なので必ずしも末広町のキャバレーが、赤坂以上とはいえるものではない。だが、全国的にみても末広町が稀有な街であることは間違いない。


 今日 木下が倫太郎を案内してくれたのは、炉端という店であった。

 コの字形に配したカウンターの真ん中で、炭火の上で魚を焼いてくれる店である。

 今 全国にある炉端焼きの店の元祖である。店も有名だが、魚を焼いてくれる「さんちゃん」というお婆さんがいて、この人がまた有名な人で、国営放送の全国番組で何度も紹介されている。


 二人はさんちゃんが焼いてくれたホッケの塩焼きと、釧路市郊外の厚岸町という町で採れた牡蠣を肴にして、福司という地酒を飲んでいた。

 するとそのとき、後ろから「河村さん」という声がして、振り返ると、1年前缶詰工場を取り返すため、交渉に行った〆一組で出会った男であった。

 男に「しばらくですね、ちょっと一緒に来てくれませんか」と言われて外に出た。気が付くと木下はいなくなっていた。


 男は倫太郎を連れて、銀馬車というBAR に入った。

 男は寄って来たホステスに「席を外せ」と言って、二人だけになると「1年前に約束しましたね、いつやってくれるんですか」と言った。


 倫太郎が「約束というのは何のことですか」と聞くと「うちの会長はあんたに、『極東水産とはこれからも付き合いたい』と言ったはずです。だけど極東水産はこの1年間、何もしてくれませんでしたね。あんたはちゃんと約束を果たしてくれる人だと見込んで、書類を返したんですよ。約束を果たせないならあの書類を帰して下さい。1週間待ちます」と言うとホステスに、「おい、もういいどこっちへ来い、今日はこの人に付けておけ」と言って、レミーマルタンのブランデーを開けさせた。





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