第2話 缶詰工場を取りもどせ
倫太郎と登美子は入船町の長屋に住むこととなった。
入船町は釧路川の流れが釧路港に注ぐ汽水域で、右を見ると幣舞橋、左を見ると釧路港、正面には豪華客船が停泊する中央埠頭が見えるという、釧路の絵葉書みたいなところである。
だが倫太郎夫婦がこの場所を選んだのは、景色がいいからではない。一にも二にも、家賃が安かったからであった。何しろこの長屋は元は漁師の飯場であった。
今でも間違って、ここで飯を食らって寝ていた漁師宛ての葉書が来たりする。
「親父が死んだのにお前は線香も上げに来ないのか、この親不孝者め!」
大体はこういった類の葉書である。偶には女の名前で來ることがあるけど、
「認知した子どもの養育費を5年前から貰っていません!子供が餓死しそうです。早く払って下さい!」といった請求書である。
こんな所にしか住めない貧しい暮らしでも、函館から遠い町に来たことで、追われているような恐怖感は薄らいでいった。
「登美子、俺はもうあんな間違いは絶対にしないからな」と、倫太郎は一日に何度も言った。登美子としても夫の裏切り行為を完全に許したわけではないが、日々の暮らしの中で徐々に蟠りも薄らいでいった。
凛々子が3歳になったとき、転機が訪れた。極東水産という会社が、缶詰の製造管理者を求めているという話を聞いて、倫太郎は応募することにした。この話を持って来たのは登美子とママ友となった可乃子という人であった。可乃子は今は結婚して子どもを授かったが、元は料理研究家で極東水産の会長の愛人であった。
可乃子という人は良くいえば「才媛」だが、 普通の目でみれば「ちょっと賢い、世間知らずなおばさん」といった人である。
極東水産のテレビCMには今も出演していて、ローカルタレントでもある。
ともかく元愛人の推薦ということもあって、倫太郎は極東水産に入社することになった。
極東水産の会長は立花平太といい、70歳であるが元気そのもので、可乃子と別れてからも、愛人を切らしたことがない。テカテカした顔を見れば、その絶倫ぶりが想像できる。
息子は立花半平太といい、一時は、ボンボンの集まりといわれる釧路青年会議所の会員であった。
ボンボンの中でも半平太はそのボンボンぶりが際立っていた。専務時代にあるタレントを紹介されて一晩を楽しく過ごした。翌日その筋の人に呼び出され「寝てもいいとは言ってませんよ、食事だけと言ったはずですが」と脅されたことがあった。
半平太は親父の平太に泣きついて、なんとか収まった。だが親父の平太は缶詰工場を売却する破目になった。
あとで調べたらそのタレントというのは、ただの家出した高校生であった。
タレントといわれて見せられた写真は、中山◯穂という美人女優であった。
ベッドの中で何時間抱き合っていたか知らないが、家出少女と中山◯穂が分からないようでは、いくらボンボン集団の青年会議所でも、退会処分にせざるを得なかったのだろう。
それはともかく、倫太郎が採用されたのは、その半平太のせいで売却した缶詰工場を取り戻して、再稼働させるためであった。
製造管理責任者といわれて入ったものの、向き合う相手は機械ではなく、現在工場の所有者となっている〆一組という組織であった。
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