第26話 DEAD OR ALIVE
『本日行われました生徒会長選挙にて、神宮寺候補者が辞退を表明しました。よって、次期生徒会長には杉崎春希くんが当選となります』
六限を終えて放課後に突入した瞬間、校内放送が流れた。
正式に俺の当選が知らされたのだ。
「うおおー!!ついに杉崎が!!」
「杉崎くんおめでとー!!」
クラスのみんながワッと俺に集まってくる。
「はは…。ありがとな、みんなが応援してくれたおかげだよ」
俺は笑顔を作り、クラスメイトの偉業を讃えるみんなに感謝を述べる。
「一年にして会長なんて、マジすげえじゃん」
「逢坂さんと杉崎くんの二人で副会長と会長なんて、うちのクラスまじでやばくない?」
みんなワイワイと嬉しそうにしている。豪や丹波さん、そして一緒に立候補した音羽や軍艦達は皆共に戦った大切な仲間だ。だが、ここにいるクラスメイト達も俺達を応援してくれた。それにどれだけ励まされたことか。
「これもみんなのおかげだ。ありがとな…!」
気づけば、俺は目頭を熱くさせていた。クラスメイト達は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑顔を見せた。
「水くさいこと言うなよ!お前が頑張ってるのはみんな知ってたんだからさ」
「そうよ。杉崎くんのこと見直したわ」
「一生懸命演説する杉崎くん、ちょっとカッコよかったかも…」
男子達が俺の肩に手を回し、女子達はそれぞれ嬉しい言葉を送ってくれる。
「はは…。お前ら、いいヤツだなぁ」
本当にいいヤツらである。俺はクラスメイトに恵まれたことに感謝した。だが同時に、俺は良心がチクチクと痛む感覚を覚えた。
もし俺が、きちんと投票というプロセスを経て生徒会長に当選していたら、何の罪悪感もやり切れなさも抱くことはなかっただろう。
だが現実は、単に神宮寺会長…否、神宮寺怜子が自ら辞退という選択をしたことで訪れただけの勝利だ。たまたま振ったパンチが当たって相手をKOしたボクサーも、こんな気持ちになるのだろうか。俺は煮え切らない思いを胸に溜め込んでいた。
「演説で思い出したけどさ、杉崎くんがさっきの演説で言ってた、「好きな人」って誰なの?」
と、一人の女子が顎に指を当てて言った。
「えっ!?えっと、それは…」
俺はタラタラと背中に汗が伝うのを感じた。
「そうだぜ!さっきからずっと気になってたんだ、教えてくれよ!」
「い、いやぁ…。こんなみんなの前では…」
「あんな可愛い幼馴染がいながら別の人を好きになるなんて、杉崎くんもやるねぇ」
「いいなぁ。私もあんな公開告白みたいなの、されてみたい…」
「なーなー!早く教えてくれよぉ。クラスは?イニシャルは?見た目は?ヒントだけでもいいからさぁー」
みんなは好奇心の宿った瞳を向けながら、グイグイと俺に近づいてくる。
「か…勘弁してください!!」
俺はみんなを振り切って廊下へと走り出した。
窮地へ追いつめられた人間が決まって取る行動、それは逃亡である。逃げるは恥だが役に立つ。
「ちょっ!おい待てって!」
「みんな、追うわよ!」
俺を取り囲んでいたクラスメイト達は、ドタドタと俺の背目がけて走り出した。
「くっ…!」
俺は額に汗を滲ませ、長い長い廊下を駆け抜ける。
「待てよ杉崎ー!!」
「おとなしく観念しなさい!」
「コラお前ら!廊下を走るんじゃぁない!」
いつの間にか先生も加わって、逃げる俺を必死に追いかける。
「一体これは何なんだよー!?」
俺は叫び、走るスピードを上げた。
十分ほど逃げ回り、なんとか追手を振り切った俺は、膝に手をついて激しく呼吸していた。
「はあ…はあ…やっと…逃げ切れた」
不得意な持久走に俺の体はクタクタだった。
が、俺にはまだやらねばならないことがある。
あと一つだけ、俺に残された勝負。全てを賭けて臨まねばならない、人生最大の勝負。
「とりあえず…荷物を取りに帰るか」
身体一つで逃げて来てしまったので、スマホやリュックは全部教室に置いたままだ。
俺は四階へと上がる階段に足をかけた。
「あれ、春希じゃん」
すると、階段を降りてきた生徒達が俺を見て声をあげた。
「豪…!丹波さん…!他のみんなも…」
その生徒達とは、一緒に選挙を戦い抜いたチーム杉崎のメンバーだった。
「探したのよ杉崎くん。こんなとこにいたのね」
丹波さんが腕を組んで言ってくる。
「探す?なんでお前らが俺を探すんだよ」
俺はキョトンとして尋ねる。
「そんなの杉崎っちが会長に当選したからに決まってんじゃん!」
三島さんが丹波さんの背後からぴょこっと顔を出した。
「うむ。不戦勝とはいえ、勝ちは勝ちだ。よくやったぞ春希」
「これからみんなで打ち上げでもやろうと話していたとこなのですが、杉崎くんこの後予定はありますか?」
軍艦と神山もそれぞれに口を開いた。
「打ち上げか…。少し遅れても構わないか?」
「なんだよ、何か予定あんのか?」
俺の返答に豪が反応する。
「大事な用だ。でも時間はそんなにかからないと思う」
「そうか…。わかったぜ」
そう言って豪は俺の肩にポン、と手を置いた。
「?なんだよ?」
「別に」
豪は可笑そうに目を閉じて笑った。
「じゃあ、学園通りのファミレスで待ってるわよ」
丹波さんが俺に言ってきた。
「ああ。了解した……って!」
俺はみんなを見回し、大事なことに気づいた。
「音羽は…音羽は一緒じゃないのか?」
ここにいるメンバーに、音羽の姿はない。
俺の言葉を聞いた豪はまたフッと笑って、
「さっき誘ったよ。だけど春希と全くおんなじこと言って行っちまった。『大事な用があるから少し遅れる』ってな」
「……!」
音羽は既に学校を出ている。ということは…
気づいた時には既に階段を降りていた。両足に力を込めて走り出す。
「春希ー!絶対勝てよー!!」
豪が後ろから叫んできた。俺を手を挙げて応え、前を向いて玄関へと駆け抜けた。
「…勝つって誰によ?」
丹波さんが豪の顔を見た。豪は走り去る春希を見つめ、少し笑った。
「あいつのロマンスにだよ」
*******
私は、生徒会室に向かって足を運んでいた。
部屋に置きっぱなしにしていた様々な私物を取りに行くために。
「もうあの部屋に用はないからな…」
呟き、少し溜息を漏らす。放課後の閑散とした廊下。窓の外からは野球部の掛け声が聞こえてくる。
生徒会室に着き、重たい扉を開ける。
目前に馴染みのある景色が広がった。中央に長机が置かれていて、それを取り囲むように一人用のソファーが5つ。部屋の奥のカーテンの隙間から、暖かな陽光が差し込んでいる。
「全て終わってしまったな…」
演説の後、屋上で起きたことを思い出す。
杉崎春希に告げた敗北宣言。私は彼に完膚なきまでに打ち負かされた。私の辞退に彼は納得いってなさそうだったが、正直あのまま投票を行っても私に勝ち目はなかった。
それほど昨日の演説で犯した過ちは大きかった。彼の過去を勝手に探り、大衆の前で追及してみせたのである。その過去が真実とは異なるものであることも知らずに。
そして…杉崎春希と音羽、二人の揺るぎない意志をまざまざと見せつけられた。そんな私の頭に浮かんだのは「敗北」の二文字だけだ。
「ここまでやられたのは人生で初めてだな」
今までの人生、私は誰が相手だろうと勝ち続けてきた。持って生まれた才能と、努力に裏打ちされた強さを、これでもかと言わんばかりに振るい続けてきた。
だけど…あの男には、杉崎春希には敵わなかった。生まれて初めて味わう挫折は、苦しいなんて言葉では言い切れないほどに辛いものだ。
だが…同時に嬉しくもあった。何でも上手くいくと思っていた人生だけど、同時に退屈さも感じていた。順風満帆に進む航海ではつまらない。たまには嵐に見舞われたり、沈みそうになったりする方が面白い。
そして…ようやく音羽にも気持ちを伝えることができた。「いつかきっと」と思い続け、ずっと胸に秘めていた気持ちを。それを聞いた音羽は私を優しく抱きしめてくれた。温かくて、嬉しくて、でも切なくて…。いろんな感情がごちゃ混ぜになりながらも、私は自分なりの新たな道が見えた気がした。
今日で、音羽から卒業するんだ。
新たな一歩を踏み出すために。
「…杉崎春希よ、音羽を泣かせでもしたらタダじゃおかないからな」
私はフッと笑って、顔を上げた。そこには壁を背にして立つ棚。その上には写真立てが置いてあった。
私を中央に、右隣に霧林、左隣に春華、その左右に鬼塚、つぐみが並んでいる。旧生徒会メンバーの集合写真だ。
私はその写真が入った写真立てを手に取る。
「…すまなかったな、お前たち…」
優秀な手駒としか認識していなかった。だが、この戦いを終えてあることが分かった。
それは、彼らは私を私として認めてくれて、本気で慕ってくれていたこと。
外見や才能なんかじゃない。彼らはずっと、「神宮寺怜子」という一人の人間を見てくれていたのだ。私はそれに気づかず、彼らを道具として扱っていた…。
ようやくこのことに気づけたが、もう遅い。私を信じて戦ってくれた彼らに勝利をもたらすことが出来なかったのだ。いくら彼らとはいえ、もう私には失望したことだろう。当然今さら言い訳を並べる気もない。私は彼らを見くびり、道具にして、失態を晒させた最低の人間だ。どの面を下げて彼らの前に立てようか。
「…馬鹿だな、私って」
「…そうですね。会長は馬鹿です」
「!?」
突然した声に、驚いた私は後ろを振り向いた。
「会長は、ほんとに馬鹿ですよ」
そこには霧林が立っていた。その隣には春華、その少し後ろには鬼塚とつぐみも。皆険しい顔をしている。
「…お前ら」
私は呟く。表情から察するに、彼らは本気で私に失望したのだろう。霧林は握りしめた拳を震わせている。
「なんなんですかっ!あの演説は…!俺達に何も知らせず、突然辞退なんて言い出して…。どうして一度握った剣を手放すようなことを!」
「…すまない」
私は俯いた。今は謝ることしかできない。
「俺はあなたを信じてずっとやってきた!神宮寺怜子を信じてずっと戦ってきた!なのに…なのに…」
霧林は目に涙を浮かべ、足で床を踏み鳴らす。
「霧林…」 「拓馬…」 「霧林くん…」
春華、鬼塚、つぐみの三人はそんな霧林を心配げに見つめている。
「霧林…他のみんなも、本当にすまなかった。私のしたことは謝って済むようなことではないのは分かっている。だからいっそ気が済むまで、私を殴るなり蹴るなりしてくれ」
私を痛めつけたところで結果は変わらない。だが、私には彼らの怒りや悔しさを受け止める義務がある。ならば、自分の身をもってして受け止めよう。
「……」
私の言葉を聞いた霧林は、生気をなくした顔でゆらりと私の前に立った。右拳を固く握りしめている。
「殴れ、霧林。思う存分、私を殴れ」
「会長…俺は…」
「殴れっ!」
「……っ!」
霧林は拳を振り上げた。数瞬後には私の顔面に直撃する拳。私は来るであろう衝撃と痛みに備え、固く目をつむった。
「………」
しかし-いつまで経っても、その衝撃はやって来なかった。
私はそっと瞼を上げる。そこには、寸前のところでピタリと止められた拳があった。
「俺には…出来ません!会長を見捨てるようなことは…!」
霧林はすっと拳をおろした。
「お…おい!何を言っている!私はお前らのことを道具として見ていたような女だぞ!?お前らを裏切り、勝手に戦いを放棄したような女だぞ!?私なんて殴られて当然の…」
「それでも俺はっ!」
私の言葉を遮るように、霧林が叫んだ。霧林は顔を上げ、私の瞳を真っ直ぐ捉えた。
「それでも俺は…会長に、神宮寺怜子についていきます。どこまでだって、ついていきます」
一点の曇りも迷いもない、澄んだ瞳が私を見ていた。
「そんな…霧林…本気で言ってるのか…?」
信じられないものを見たかのような顔で私は言った。
「俺はいつだって本気です。それに、会長が生きがいをくれたから、俺は今充実した日々を送れてるわけです。一生かかってもこの恩は返しますよ」
そう言って、霧林は笑顔を見せた。
「私も怜子についていくわよ」
腰に手を当て、春華が言った。
「今日の辞退はいわば戦略的撤退よね。私達もみんな落選しちゃったし、昨日の演説でやらかした傷も深い。だから怜子は一年達に"一旦"生徒会を任せることに決めた。私の中ではそう解釈したわ」
「春華…」
私は春華を見つめる。髪を二つに括り、勝ち気な顔をした小柄な少女。
「ま、杉崎春希の過去を調査したのは私と霧林だし。デマを真実と思い込んでいたのはみんな同じよ」
春華はぷいっと顔をそむけた。彼女もまた、私を信頼して付き従ってくれた者の一人だった。
「会長は約束通り柔道部の予算を上げてくれたからな!おかげで遠征に行けるようになって、良い練習が出来るようになった。感謝してもし切れねぇよ」
鬼塚がドンと胸を叩いた。柔道部部長を務めていた鬼塚を生徒会に引き抜いたのは私だった。
「怜子さんはいつも私達を気遣ってくれたわ。私が舞踊のお稽古で生徒会に参加できない時、決まって私の仕事を肩代わりしてくれていたのは怜子さんよね。私は、自分が道具として見られてるなんてこれっぽっちも思ったことないわ」
つぐみが胸の前で手を組んで言った。一年の時同じクラスだったつぐみを生徒会に勧誘したのも私。舞踊に華道の稽古と多忙な日々を送る彼女。不満一つ見せず、常に周囲を癒すような笑顔で書記としての職務を全うし続けてくれた。
「私に…失望してないのか…?」
私は問うた。するとみんなは一瞬顔を見合わせてから、一斉にニッと笑った。
「俺達はあなたに失望なんてしませんよ。これからも俺達を導いてください」
「また次の選挙で引きずり下ろせばいいだけでしょ。一度負けた私達なら、さらに強くなれるわ」
「あの嬢ちゃんに借りを返さなきゃなんねぇからなぁ!会長、よろしく頼むぜ!」
「人間誰だっていつかは転ぶものよ。自分が転んだのならまた立ち上がればいいし、誰かが転んだのなら手を差し伸べればいい。また頑張りましょ、怜子さん」
皆口々に言葉を述べる。そこには、何の怒りも憎しみも存在しなかった。あるのはただ、心温まる優しさだけ。
「ふっ…お前たちは本当に…」
私は笑みを浮かべ、みんなを見回した。
「ではこれからも…神宮寺怜子について
きてくれ」
『はい!』
もう私達のものでなくなった生徒会室に、かけがえのない仲間の声が響いた。
*******
「はあっ…はあっ…」
俺は住宅街を走っていた。学園を出てから止まることなく走り続けたせいで、顔中汗はダラダラだし足もパンパンだ。
「……!」
ついに目的地が見えた。遊具も何もない、さびれた公園。そして、置いてあるベンチに一人で座る少女。
「…音羽っ!」
俺はベンチに座る少女の名を叫ぶ。するとこちらに気づいた音羽が振り向く。
「春希くん…!」
音羽が駆け出す。俺達は公園の入り口のところで対面した。
「すまん、待ったか…?」
俺は荒く呼吸しながら、目の前の音羽に尋ねた。音羽はかぶりを振り、
「ううん、私は大丈夫。それより春希くん、すごい汗かいてるけど大丈夫…?」
「ああ、ちょっと走りすぎただけだ」
俺は袖で汗をぬぐい、笑ってみせた。音羽は「そう…?」と呟き、ニッと笑顔を見せた。
「春希くん、生徒会長に当選おめでとう」
「ああ…ありがとう。これで一安心だよ」
俺は微笑んでみせた。すると音羽は何か思案するような顔を見せ、やがて口を開いた。
「もしかして春希くん…あんまり嬉しくない?」
「!?」
俺は驚く。顎に指を当て、俺の顔を覗きこむ音羽。
「な…なんでそう思うんだ?」
「それくらい表情見てたらわかるよ。何だか浮かない顔してる。…どうして嬉しくないの?」
俺は数秒考えてから、口を開いた。
「なんか、まぐれって言ったらアレだけど…。神宮寺会長が辞退したから当選できただけで、あんまり"勝った"っていう実感が湧かないんだ」
正直に胸の内を話す。
「『運も実力のうち』と言うし、春希くんが努力して、その結果当選したのは事実よ。喜ぶべきだと思うわ」
「そうか…まあそうだよな…」
俺は俯き加減に言った。音羽はそんな俺の顔を見て、それから空を見上げた。太陽が西に傾いている。
「私…怜子ちゃんの気持ちに全然気が付かなかった」
「…そりゃそうさ。いくら仲良くたって、同性から恋愛対象に見られてるなんて普通思わないよ」
「だよね。すごいびっくりしちゃった…」
音羽は空を見上げたままだ。
「私、怜子ちゃんが春希くんにしたことは許せない。みんなの前でデマを拡散して、春希くんを貶めようなんて…。でも、怜子ちゃんにそうまでさせたのは彼女の気持ちを無視し続けた私のせい」
「音羽、自分を責めるな」
俺の言葉に、音羽はかぶりを振る。
「ううん。私、自分のことしか考えてなかったのよ。それで怜子ちゃんの気持ちにも気付けなかった。だからこれからは、もっと周りに目を向けられるよう努力するわ」
「音羽…」
「私も誰かを助けてあげれるような人になりたいから。生徒会の一員としても、一人の人間としても」
音羽はどこか爽やかな笑みを浮かべた。
「もちろん怜子ちゃんともこれからちゃんと向き合っていくわ。怜子ちゃんは私の大切な友達で、心から尊敬している人だから」
音羽は視線を俺の顔に戻す。
「その怜子ちゃんが、あそこまで打ちひしがれてるのは初めて見たわ。そして、自分から負けを認めるところも。形はどうあれ、怜子ちゃんに負けを言わせた春希くんはやっぱり凄いよ」
相手に「参った」を言わせるのも一つの勝利の形だ。選挙という形式に囚われるのではなく、純粋に一つの戦いに勝利したことを喜ぶべきか。
俺は拳を握り、笑顔を見せた。
「…だよな!俺はあの神宮寺会長に勝ったんだ。ちょっとくらい誇ったって罰は当たんねーよな!」
「うん!せっかくみんなで当選したのに、春希くんだけ浮かない顔してるのはもったいないよ!」
音羽も笑顔をつくった。
勝者である俺が喜ばなければ、それは敗者である神宮寺会長に対する最大の侮辱だろう。
敵同士の俺達だったが、彼女の音羽を想う気持ちの強さには素直にリスペクトをもちたい。
だから、この勝利を喜ぼうと心に決めた。
「…それで春希くん、私をこの公園に呼び出したのって…」
音羽が手を後ろに組み、ジッと俺を見つめてきた。
「ああ。音羽に伝えたいことがある」
俺はキリッとした表情を作る。ずっと言いたいと思っていた、ずっと抱え続けた俺の気持ちを、この場所で、目の前の音羽に、伝える時が来た。
「…聞くわ」
音羽は緊張を顔に浮かべた。俺も自分の心臓がバクバクと鼓動するのを感じる。ついに来た。
「音羽」
互いの目を合わせる。汗がじわっと滲んだ手を握りしめ、俺は覚悟を決めた。
すうっと息を吸い込み、自分の気持ちを言葉にする。
「俺は…俺は音羽のことが、好き…」
その瞬間。
俺達が立っている公園入り口前の道路に、ポンポンとボールが跳ねた。
そして、そのボールを追う小さな男の子。
背後には、迫り来る大型トラック。
「危っ……!」
俺が叫ぶより早く、音羽が駆け出した。
「おとっ…」
次の瞬間、トラックが物凄い音を立てて突っ込んだ。
「うわっ!」
コンクリートの破片が飛び散り、ブワッと砂煙が上がる。俺はたまらず目を閉じる。
それから数秒後、なんとか視界が開けてきた。
「音羽っ!!」
俺は駆け出した。急ハンドルを切ったトラックはわずかにそれて、道路沿いの塀に激突していた。
目を凝らすと、塀に突っ込んだトラックの横で、砂煙に覆われて横たわる人間の姿が見える。
「くそっ…!」
俺は無我夢中で駆け、横たわる人間の姿を確認する。
倒れていたのは、男の子を抱き抱えるようにして覆い被さる音羽だった。
「お…おねえちゃんが…守ってくれて…」
抱き抱えられている男の子が、ブルブルと身を震わせながら言った。
「おい!お前は無事か!?」
「うん。僕は…でも、おねーちゃんが…」
「くっ…」
俺はすぐに音羽を抱え起こした。額から頬にかけて、一筋の血が伝っている。目は閉じたままで、意識がないようだ。
「音羽っ!おい音羽っ!しっかりしろ!」
俺は必死に呼びかける。
「音羽っ!目ェ覚ませ!おいっ!」
しかし、何度耳元で叫んでも音羽は目を覚まさない。
「音羽っ……頼む……目を開けてくれ…!
おいっ!音羽ぁー!!」
閑静な住宅地に、俺の叫び声が響き渡った。
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