第24話 unstoppable feelings
翌日、五月十三日。
昨日の公約発表演説会では会長候補者以外の投票が行われた。つまり、音羽、軍艦、神山、三島さんの結果は既に確定済み。勝負の行方は神のみぞ知るとこだ。
そして投票の集計結果は朝のホームルームの時間に放送で知らされた。
『選挙結果を発表します。役職と当選者の名前が順に放送されます…』
教室に設置されてあるスピーカーから、選挙管理委員長の声が流れた。いよいよ俺と神宮寺会長以外の候補者の結果が発表される。クラスのみんなが息を呑んだ。
『まずは生徒会事務、三島由紀子』
見事に三島さんが当選。他の教室からワッと歓声が上がるのが聞こえる。おそらく三島さんが所属する二組からだろう。
『続いて生徒会書記、神山総悟。
生徒会会計、軍艦司』
「よっしゃ!」
豪がガッツポーズを作る。神山と軍艦も無事に当選した。俺は安心して胸を撫で下ろす。
そしてあと一人。逢坂音羽と霧林拓馬が争った生徒会副会長の座が残された。
俺は音羽の方を見た。顔の前で手を合わせ、祈るようにして目をつむっていた。前の席に座る丹波さんも同じく祈っている。
「逢坂…受かっててくれよ!」
豪が額に汗を滲ませ、拳を握りしめる。
神なんて信じていないが、この時ばかりは頼りにさせてもらおう。俺も手を合わせてそっと瞼を下ろした。
『生徒会副会長……』
スピーカーから声が響く。今まさに音羽か霧林のどちらかの名を告げようとする声が。
神よ……逢坂音羽に、勝利をください…っ!
『生徒会副会長、逢坂音羽』
スピーカーごしに告げられたのは、音羽の名前だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「きゃー!!おめでとう逢坂さんっ!!」
クラス中に大歓声が鳴り響いた。
「やったぜぇぇ!!」 「いよっしゃあー!!」
気づけば、豪と俺は音羽のもとへ駆け寄っていた。
「やったな逢坂!」 「おめでとう音羽!」
ハイテンションで騒ぐ俺達を前に音羽は笑みを漏らした。
「うん…。私、勝ったわ!!」
そう言って音羽は俺達に飛びついてきた。
「ちょっ…大胆すぎるぜ逢坂」
豪が顔を赤くする。すると背後から丹波さんがやって来て「音羽おめでとう!!」と飛びついてきた。
それを見たクラス中のみんなも音羽を囲うようにして集まり、それぞれが笑顔で祝福の言葉を送った。
「ありがとう…みんな…」
音羽は涙ぐみながら、しかし笑顔で感謝を伝える。
「う"う"〜。私はあなた達の担任でいれて本当に良かったですぅ…」
篠塚先生は号泣して鼻を啜っていた。
これで無事、チーム杉崎は全勝を達成した。圧倒的不利な戦いを見事に制し、今日から新しい生徒会役員となる。
そう、俺以外は。
『本日午後十三時より、生徒会長選挙が行われます。生徒の皆さん、公明正大な投票をお願い致します。繰り返します。本日午後十三時より、生徒会長選挙が…』
スピーカーからさらに音声が流れる。
「あとは春希が勝つだけよ」
音羽が俺の目を見て言った。それに従ってみんなも俺の顔を見てくる。
「ああ…。絶対に当選してやるさ」
俺は握り拳を作って答えた。
「頑張れよ杉崎!」 「絶対票入れるからね!」
みんなから激励の言葉が送られる。
今日、昼休憩が終わった後、十三時より講堂で会長選が開かれるのだ。
昨日つくはずだった決着。俺と神宮寺会長の勝負はあと数時間後に持ち越されることになった。
「そう心配することはないだろ。昨日の演説で神宮寺の信用はガタ落ちだからな」
豪が俺の肩に手を置いた。
「そうよ。知らなかったとはいえ、大勢の前で杉崎くんのデマを流したんだから」
丹波さんがそう言った。
昨日の演説、神宮寺会長は俺を追い詰めるために過去の俺のスキャンダルを暴露した。実際俺は絶望の淵に立たされたのだが、明里の登場によってなんとか救われた。結果、神宮寺会長は俺のデマを流して大衆を扇動した、ただの悪役となってしまったのだ。
「ああ。だけど油断は禁物だ。応援演説頼んだぜ、豪」
俺が言うと豪はギクッ!とした。
「そ、そうだったな。応援演説な…。まあ俺様に任せとけや!」
汗をかきながらも自分の胸をドンと叩く豪。
まさかこいつ、一晩眠って演説内容を忘れたわけじゃないだろうな…。
*******
時刻は十三時。講堂のステージの上で、俺は豪と神宮寺会長と並んで、パイプ椅子に座っている。
ついに会長選の火蓋が切って落とされた。
『これより、生徒会長選挙を始めます』
昨日に引き続き司会進行は総務委員長が務める。演説順は豪、俺、神宮寺会長となった。
「頼むぜ豪」
「お、おう」
豪に耳打ちしたが、明らかに緊張しているようだ。冷や汗がダラダラと流れ、握った拳がプルプルと震えている。
『では応援演説人、高宮豪。壇上へ』
「ひゃ…ひゃいっ!」
豪は裏返った声で返事した。観衆からクスクスと笑い声がする。豪はロボットのようなぎこちない動きで演台に上がった。
『す、杉崎春希の応援えんじぇ…演説を務める高宮豪です。えっと…ぼ、僕は入学した次の日に春希と…じゃない、杉崎くんと友達になり…』
噛みまくり言い淀みまくりの演説だ。普段の雄弁な豪からは考えられない。
『杉崎くんは、えっと…行動力にあっ …溢れていて…昨日みなさんも目にしたように、い… 異性にもモテモテです。いやぁ〜可愛い幼馴染に公開告白なんて全童貞が憧れるようなシチュエーションを現実にしてしまう罪深き男です。おまけに生徒会長になって権力まで握ってしまったら最後、この学園は彼のハーレム王国となるでしょう。杉崎くんはヤる時はヤる男ですから』
途中から滑舌が良くなったと思ったら俺に対する皮肉が始まった。お前は俺の敵か味方どっちなんだよ…。
『ええと…まあ冗談はさておき(笑)。とっ…とにかく杉崎くんはスゴイやつです。友達として、えーと…非常に尊敬してます。ここで僕と彼の友情を伝えるために詩の朗読を行いたいと思います』
豪はポケットから蛇腹折りにした紙を取り出した。その長さは豪の手から足元まである。後何回か折ったら月まで行けるだろうか。
『ええと…読みます。「私の友達はお芝居が上手です。何にだってなる役者さんです。冬の日、太陽のように暖かくなります。暑い午後、水になって私をリフレッシュします。暗い夜、月になって道を照らしてくれます。憂鬱な朝…」』
「………」
講堂は非常に重たい沈黙に包まれた。俺もこの馬鹿な友人に対して何を言えばいいのか全くわからなかった。
その後、十分以上にわたって詩の朗読を続けた豪だが、一向に終わる気配がないため総務委員長によって強制終了させられた。
「ふぅ…。俺なりの全力を出し切ったぜ。後はかましてやりな!」
戻ってきた豪が、肩から荷が降りたような清々しい表情で言ってきた。俺の勝率が下がったように思えるのは気のせいだろうか。
『次に会長候補者、杉崎春希。壇上へ』
「はい」
いよいよ俺の番だ。演台に上がり、一度深呼吸をしてから観衆を見回す。
『このたび生徒会長に立候補しました、杉崎春希です。…昨日はお騒がせしてすみませんでした』
そう言って俺は一度頭を下げた。
神宮寺会長が発端とはいえ、昨日の騒動の原因の一端は俺にもある。
『そして…もう僕の過去は学園中の知るところになりました。なので、ここからは僕の過去について、もう一段深くお話ししたいと思います』
中途半端に知られるくらいだったら、いっそ全てを打ち明ける。単なる事実だけではなく、その事実の裏に潜む自分の感情すらも。
『みなさんが昨日目にした少女…明里は、僕の幼馴染です。僕と明里は中学でバスケ部に所属していましたが、やがて色恋沙汰がキッカケで明里は先輩からイジメられるようになりました』
俺は一度唾を飲み込んだ。
『当時の僕は…明里をイジメから助けることができませんでした。自分の勇気がないばっかりに、大切な幼馴染を見殺しにしました。その結果、僕自身も不登校引きこもりになってしまいました…』
観衆は固唾を飲んでステージ上の俺を見守っている。
『そして僕は過去の弱い自分を激しく呪い…ある誓いを立てました。絶対に強くなってやるという誓いを。そのために、自分から何かに挑戦していこうと思いました。僕がこの選挙に出ることを決意したのも、それがキッカケでした』
最初はそうだった。過去の自分と決別するために、強い自分になるために、この戦いを始めた。
『「恋愛禁止」という規則を本気でなくしたいと思って、選挙に出たのではありませんでした。全ては自分が強くなるため。圧倒的カリスマの神宮寺会長を倒せば、それがそのまま自分の強さの証明になると本気で思い込んでいたんです』
そう、最初はそう思っていた。しかし今は…
『だけど、ある人に気づかせられたんです。僕が追い求めていた強さは、ただの幻想だということを。僕は、届くはずのないものに手を伸ばし続けていただけでした。そしてそれを知った時…僕は真の意味で強くなれました』
「弱さ」と初めて正面から向き合えた。明里を忘れられない自分を、初めて見つめることができた。そしてその時、強くなれた。
『その日からこの選挙に出る理由も変わりました。自分が強くなるためではなく、僕に強さを教えてくれた人のために、戦おうと思ったんです』
ゆっくりと息を吸って吐く。そして目の前の観衆達を見つめる。
『そして僕は今、最高に「恋愛禁止」の規則を廃止したい。おそらくこの場にいる誰よりも。なぜなら、僕はその人に…僕に強さを教えてくれた人に、恋をしてしまったからです』
キュッと拳を握り、必死に言葉を続ける。
『僕はその人のそばにいたい。誰にも咎められることなく、その人と一緒の時間を過ごしたい。そしていつまでもその人と明日を追いかけ続けたい…!だから、だから僕は、生徒会長になって、学園における恋愛を自由にしたいっ!!』
身勝手で、利己的で、欲深い。今の俺は誰の目から見てもそう映るだろう。
だけどそれでいい。大切なのは自分に正直であること。自分の気持ちには嘘をつけない。…いや、つきたくない。
どうしようもないくらいの「好き」って気持ちを、これ以上押さえるなんて俺には無理だった。
『……以上が、嘘偽りのない本当の気持ちです。ご清聴、ありがとうございました』
俺は頭を下げる。私利私欲しかない、今までで最低の演説をしてしまった自信があった。
だけど…一つ、また一つと拍手が起こり、それは波紋のように伝播していった。
やがて、講堂中には大きな拍手と歓声が響き渡っていた。
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