第23話 「選択」とは、出会い、そして別れることである。

荒れに荒れた神宮寺会長の演説。俺のスキャンダル(一部デマだが)の暴露、部外者である明里の乱入などで、会場は完全に大騒動になった。


本来ならば豪と俺の演説が控えていたのだが…

到底演説会を続行出来る状況ではなかった。


結局その日は生徒会長以外の役職の候補者への投票のみ行われ、会長選は延期となった。


文化センターでの選挙は昼前に全工程を終え、正午過ぎにはバスで学園へ帰ることに。


しかし俺には、どうしてもやらなければいけないことがあった。


「体調不良なので親に迎えに来てもらう」との旨を豪に伝え、俺はみんなとはバスで帰らないことに決めた。



そういうわけで現在十三時十分。俺と明里は市街地から少し歩いた場所にある河川敷に腰を下ろしていた。


「……」 「……」


地面に腰を下ろしてから五分以上は経過していたが、いまだにお互い無言のままだった。


「明里」「春希」


沈黙を破ろうとするタイミングが被る。


「あっ…お先にどうぞ」


慌てて明里が発言を譲った。


「ああ。色々と聞きたいことがあるからな」


遠慮なく話を始めることに決める。


「…明里は今どこに住んでるんだ?」


まず最初の疑問。引っ越したとは聞いたが、具体的にどこに引っ越したのかは全く知らなかった。


「東京よ。本当はお父さんの転勤先で、別に私まで一緒に行く必要はなかったけど…」


「東京か。随分と遠くに行ったもんだ」


中国地方に位置する我が県から東京まで行こうと思えば、飛行機でも一時間以上はかかるだろう。距離にすれば数百キロ離れている。


「じゃあどうして今日選挙に?」


俺は明里の目を見つめる。


「おばあちゃんがね、教えてくれたのよ。洛陽学園のホームページをネットで見て、そこで春希が生徒会長選に出るらしいぞ、って」


「明里のおばあちゃん、かなりIT社会に順応してんだな…」


「老後の趣味がネットサーフィンって言ったら、みんなびっくりするでしょうね」


俺と明里は顔を見合わせて笑った。


「それでわざわざ見に来たのか?」


質問を続ける。


「うん。どこかで春希とまた出会えたら…って思ってたから。でも、ビックリしちゃった。みんな良い演説するなーって思って見てたら、いきなり春希の過去がバラされて、みんなから悪者扱いされるんだもん。春希、何にも言わないし…」


「いや、マジで俺もあんな展開予想してなかったよ」


俺は額に滲んだ汗を拭った。思い返しても、あれは今までの人生で一、二を争う修羅場だった。


「『春希を助けなきゃ』って思った瞬間には、体が勝手に動いてたわ。舞台袖まで走って行って、そのままステージに上がっちゃった」


「そうだったのか…。でも、本当に助かったよ。明里が来てくれなかったら、マジで終わってた」


「気にしないで。だけど、まさかあんな形で再会するなんてね」


明里は少し微笑んだ。


「ああ。まるで映画か何かみたいだったな」


俺は苦笑する。


「そうね。まあどんな形であれ、春希とまた顔を合わせることが出来たのは本当に良かった」



そう言った明里は足元の草を千切って、投げた。


「俺も明里と再会出来たらなとは思ってた。なんつーか、後味が悪すぎる別れだったからな」


俺の言葉を聞き、明里の表情は少し暗くなった。


「春希…ほんとにごめんね。キャプテン達が春希に濡れ衣を着せたこと、私がもっと抗議すればあんなことにならなかったのに」


「いいんだよ、そんなこと。本来は俺が『やってない』ってちゃんと主張するべきだった。なのに諦めちまったのは俺だ。だから、罪を被ることを選んだのは俺自身なんだ」


「春希…」


明里が俺の顔を見つめる。


「俺さ、明里がイジメられてるの知ってたんだよ。明里はなんでもないように振る舞ってたけど。それでいて俺はイジメを止められなかった。一番明里のそばにいたのに、明里が頑張っていることを誰よりも知ってたのに。だから、それ相応の罰を受ける必要があったんだよ」


傍観者は加害者と何ら変わりはない。救えたはずの者を見殺しにしているという点では、加害者よりも残酷なくらいだ。


「春希はいつだって私のそばにいてくれた。私にとってはそれだけで心が救われたの。だから、何もしてないなんてことない」


「そんなこと…」


俺は言葉に詰まる。明里は優しい。本当に優しい女の子だ。そんなこと言われたら、つい昔の自分を正当化してしまいそうになる。


「春希、自分を責めないで。あなたは前だけ向いていればいいの」


明里が自分の手を俺の手に重ねてくる。綺麗で長い指が、俺の指の隙間を縫ってくる。心臓の鼓動が早まる。


「おい…手が…」


俺の言葉なんてお構いなしに、明里はずいっと身を寄せてきた。肩が触れる。女の子の体の柔らかな感触が俺の意識を支配する。


「春希…さっき私がステージで言ったこと、覚えてる?」


明里が真剣な眼差しで言った。明里がステージで言ったことといえば…すぐに見当はつく。


「忘れるわけねーだろ。あんなこと…」


あんな大きな声で、大勢の人が見ている前で、「好きだ」なんて言われたら。


「返事…って言うとおかしいけど、春希はそれを聞いてどう思った?」


「控えめに言って、死ぬほど嬉しかった」


正直に答える。ずっと俺の片想いだと思っていた。仲良くしてくれるのは単に幼馴染だからであって、明里にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。そう思っていたのに、まさか明里も俺を好きでいてくれたなんて…。


「私の気持ちはね、昔と全く変わらないよ。今でも…春希のことが好き」


明里がそう言って俺と目を合わせてくる。お互いの体を密着させて、この至近距離で見る明里の綺麗な顔。俺は顔が熱くなるのを感じつつも、返す言葉に窮する。



「春希、東京に来ない?」


「…は?」


何も言わない俺に、明里からの唐突かつ大胆な提案が投げられた。俺は驚いて目を見開く。


「私ね、今一人暮らしなの。親と上手くいってなくて…。でも生活費とかのお金は毎月充分すぎるほど貰ってるし、バイトしてるから貯金もある。春希と二人暮らしなら、全然大丈夫だと思うの。ご飯は全部私が作るし…」


「いやいやいや!いきなり東京に転校だなんて、しかも男女で一つ屋根の下とか、母さんが許すわけないって!」


「勿論今すぐにとは言わないわ。大人を説得する時間が必要だもの。だけど、もし春希のお母さんが認めてくれたらどうする?私と一緒に…東京で失った時間を取り戻すのはアリ?」



失った時間を取り戻す…。あったはずの二人の時間。なれたかもしれない二人の関係。今と違う二人の世界。


俺は明里と………


拳を握りしめ、明里の瞳を真っ直ぐ見つめる。



「俺は明里とは一緒にいられない」


「…たとえ大人が許しても?」


俺はかたく頷く。


「ここにある今を、俺は生きたい。大切な人と一緒に、明日を追いかけ続けたい」



中学生の俺が聞いたら、頭がおかしくなったんじゃないのかと思われそうだ。


だけど俺は出会ってしまった。


大切な仲間に。


倒すべき相手に。


そして、俺に本当の強さをくれた、あの人に。



俺の意志を目の当たりにした明里は、寄せていた体を離した。そしてどこか遠い方角に視線を向けた。



「やっぱり本命には敵わないか…」


「え?」


聞こえるか聞こえないか、その程度の声量で明里が何か呟いた。



「なーんでもないよっ!」


明里はぴょこっとジャンプして立ち上がった。


「そ、そうか?」


俺は首を傾げる。確かに何か呟いたと思うが…


「私そろそろ行くね。春希も町に戻んないといけないだろうし」


「ああ、そうだな…」


俺も立ち上がる。金なんて持ち合わせていないため、ここから歩きで家まで帰らねばならない。今から動き出せば、なんとか夕方には着くだろう。


「ていうか、明里は一体どこに行くんだよ?そもそもいつまでこっちにいるんだ?」


「駅前のホテル予約してるから、今日はそこに一泊するよ。それで明日の朝、飛行機で東京に帰る」


「そうか…」


女の子一人でホテルとは、危険極まりないな。なんか心配になってきたぞ…。


「春希今、絶対エッチな想像したでしょ!」


「は?し、してねーし!」


明里に指を差され、つい慌ててしまう。


「ほんとかなぁ〜?怪しいぞ。念のため言っとくけど、『普通』のビジネスホテルだからね?外観が城っぽかったり夜になったらライトアップされたりお風呂にジャグジーがついてるようなホテルじゃないからね!?」


「そこまで言わんでいい!」


ちなみに俺はそんな設備があるとは知らなかったんだが、明里はそれを知っていた。これってつまり…


やはり東京娘は侮れない。


「あと私はまだ純潔だから!勘違いしないでよねっ!」


「お前はエスパーか!?まさか俺の心を読めるのか!?」


俺のツッコミに明里はふふっと笑い、それから少し寂しそうな目になる。


「じゃあこれでお別れだね」


「ああ…」


風が俺達の間を吹き抜けた。俺は拳をぐっと握りしめ、


「会えてよかった。元気でな、明里」


「うん。私の方こそ会えてよかった。絶対生徒会長なって、音羽って子ゲットしなよ?」


「!?」


な…なぜそれを…


「私はエスパーだからね。じゃ、ばいばい!」


そう言って明里は俺に背を向けた。市街地へと向かう道を歩いていく。



一瞬、追いついて背後から抱きしめたい衝動に駆られる。だが、俺はその衝動をすぐに胸にしまい込む。


俺は知っていた。明里は昔から悲しいことや落ち込んだりすることがあると、急に変なボケをし出す癖があることを。


明里なりの感情のコントロール。今ここで俺が明里を抱きしめれば、彼女の努力を台無しにしてしまう。



「さようなら、俺の初恋の人」


俺も明里に背を向けて歩き出す。俺の呟いた声は、風に乗ってどこかへ飛んでいった。



一瞬遠くの明里が振り向いた気がした。だけど俺は振り返らない。



まっすぐ、前を見て、明日へ向かうために。



































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