第21話 崩壊のカウントダウン

神宮寺会長の演説が始まった。悠然と姿を現した彼女に信者達が声をあげる。演台に上がり、会場を端から端まで冷たい目で見渡してから口を開いた。


『現生徒会長の神宮寺怜子です。引き続き生徒会の長として職務を全うしたく思い、この度は会長選に立候補させていただきました』


そこで会長は一旦言葉を止め、舞台袖をちらっと見やった。一瞬俺と目が合う。気のせいか、神宮寺会長はわずかに口元を緩めたように見えた。


『ここにいる皆さんに問いたいです。生徒会長に求められるモノとは何でしょうか。能力?素質?カリスマ性?…どれも違います。本当に必要なのは、人格です。人の上に立つだけの人間性を有するかどうかが非常に大切になります』


「あら、人格面じゃ随分不利じゃないの?」


丹波さんが鼻を鳴らして言った。


『無論これは私が人格者であるという話ではありません。私にも人として至らない点は多々あります。そこは今後修正していけるように善処すべきところですが…。私が言いたいのは、少なくとも人としての道徳や倫理に反する行為を行うような人間が生徒会長になってしまうのはいかがなものか、ということです』


「何が言いたいんだコイツ?」


豪が首を傾げる。俺自身、神宮寺会長の意図が全く見えてこなかった。


『これは例え話ですが、イジメをするような人間が生徒会長になるのは非常に問題だと思いませんか?今回の会長選、私ともう一人、一年生の杉崎春希くんが立候補しているようですが…』


再び神宮寺会長が舞台袖に視線を送る。今度は、偶然ではなく確実にわざと俺と目を合わせてきた。そして口元を不気味に歪め、ぴん、と人差し指を立てた。




『彼が過去に幼馴染をイジメで転校に追い込んだことがあるとしたら、皆さんは一体どう思いますか?』



「!?」


ビリビリッ!と俺の全身に電撃が駆け抜けた。


「イジメって…」 「あの杉崎くんが?」

「本当なの?」 「悪魔じゃん」


会場に一気にどよめきが広がる。神宮寺会長は邪悪な笑みを浮かべていた。


「春希くん…それって…」

「どういうことだ?春希がイジメって」

「嘘でしょ?杉崎くん…」


音羽、豪、丹波さんが俺に視線を向ける。

俺は今の状況に理解が追いつかず、言葉を発そうにも何も出てこない。


なぜ演説中にそんな話を?


そもそも神宮寺会長はなぜそのことを知ってるんだ? 


いや、俺がイジメたというのは事実誤認だろ…


でもみんな俺を疑っている…弁解しなくては…



『これは聞いたところの話なので真実かどうかは定かではありません。ですが、真実であることを示唆するいくつかの根拠はあります』


根拠…?一体何を言うつもりだ?


『まず一つ。この話は噂話ではなく、杉崎くんと同じ中学、同じ部活に所属していた人間から聞いた話です。どうやらこのイジメは部内で起こったものらしく、その首謀者が杉崎くんだとか。二つ目、これは高校に入学する際提出される調査書を見ると分かることですが、杉崎くんは中学一年の冬以降卒業まで不登校でした。約二年以上もの間不登校なんて、それなりに重大な理由がなければ普通ありえませんよね。最後に三つ目、今年の一年生に杉崎くんと同じ中学だった生徒は誰一人としていません。これはイジメの事情を知る人間と距離を置くため我が学園を選んだ、と考えることが出来ると思います』


「それ完全に黒じゃねえか…」


「最低だな杉崎」 「そんな人だったんだ…」


会場から侮蔑と憎しみの声が漏れ出る。


「おい!どういうことか説明しろよ!」


豪が俺の胸ぐらを掴みあげる。


「やめて高宮くん!これはただのデマよ!」


音羽が割って入る。豪が掴んでいた手を離し、俺はどさっと地面に膝をついた。


「杉崎くん…何か言いなさいよ」


丹波さんが俺を見下ろしながら言う。


俺はショックの余り言葉を失っていた。弁解しようにも声が喉から出てこない。


誤解なんだ…みんなは神宮寺会長に騙されているんだ…早く誤解を解かなくちゃ…。


『これが事実だとしたら、私は杉崎くんを断じて許せません。イジメをした上さらに逃げ続け、あろうことか善人を装い生徒会長になろうだなんて!』


「そうだ!恥知らずのクズ野郎が!」


「ずっと俺達を騙してたのかよ!」


「杉崎くんのこと応援してたのに!」


「そんなヤツ今すぐ退場させてしまえ!」


会場中の怒りが俺に集まっている。今更俺が何を言ったってもうダメだろう。これだけ最もらしい証拠が出揃ってしまった今、無実を訴えたところで誰の耳にも届かない。誰も俺を信用しない。


「春希くん…!」


屈んだ音羽が俺の手を握りしめる。目には涙を浮かべていた。悔しさと怒りが入り混じった顔を前にして、俺は心が空っぽになっていく感覚を覚えた。


ああ…音羽にもこんな顔をさせてしまった。


大切な人の笑顔も守れない。…俺は、やっぱり弱い。明里の笑顔を守れなかったあの頃から、何も成長していなかったんだ。



『ですが、これまでの話はあくまでも仮定です。そのような事実があるのかもしれないだけ。裁きを下すにはまだ早い…』


神宮寺会長はくるりと身体を俺に向けた。


『さあ、杉崎春希くん。出てきなさい。特別に私の演説時間を使って弁解させてあげましょう』


「…!」


今さら弁解したところで絶対に信じてもらえないのを分かって、俺をステージに上げようというのか。それは俺にとって公開処刑に等しい。


『神宮寺候補!演説中に他の候補者を壇上に上げるのはさすがに…!』


総務委員長が咎める。しかし神宮寺会長は肩をすくめて、


『もしこれが事実ならば、杉崎くんは演説を行う資格すらありません。イジメをするような人間を壇上に立たせるなんて、有権者や他の候補者に対する冒涜に他ならないからです。だからこそ、今この場で事実かどうかを確定させるべきだと思いますが?』


「そうだぞ!杉崎を出せ!」


「このままじゃ誰も納得しねえぞ!」


会場からも声があがる。


『大衆もそれを望んでいるようでは?』


『くっ…!わかりました。特別に許可します』


ここをもって壇上は俺の公開法廷となった。


「春希くん、行くしかないわ!行ってみんなに伝えるのよ!こんなのは真っ赤な嘘だって」


音羽が俺の肩を揺らして叫ぶ。


「春希!こうなりゃステージに上がるしかねえぞ!」


豪も俺に向かって叫びをあげる。


『…あと五秒以内に登壇しなければ有罪とみなしてもいいかな?』


そう言って手のひらをかざす会長。


「くそっ…たれがぁぁ!」


俺は舞台袖から飛び出し、神宮寺会長と向き直った。


『出てきたようだね。では聞こう、さっきの話は事実なのか?嘘なのか?』


神宮寺会長は手に持っていたマイクを俺の足元に落とした。


俺はマイクを拾うため腰を屈めたが…手が動かない。マイクを掴めない。全身に冷や汗が流れる。果たして何を弁解すればいいのだろうか。事件の犯人は決まって「自分じゃない」「誤解だ」と言うものだ。猜疑と怒りの目を向けられている俺がどんな言葉を並べても無意味だ。


「おい何とか言ったらどうだよ!」


「言い訳があるんなら言ってみろ!」


「何も言えないってことはやっぱり事実なんじゃないの?」


会場中から心ない言葉が飛んでくる。身体がますます硬直して、声帯も完全に機能を失ってしまった。



『…君に黙秘権はないよ。沈黙はすなわち有罪となるしかないのだが』


「……っ!」


『あと十秒だ。今から十秒私が数え終わるまでに弁解の言葉がなければ君を有罪とみなし、選挙は今この場で辞退してもらう』


誰も俺を待っちゃくれない。無慈悲なカウントダウンが始まる。


『十……九……八……七……』


「くっ……!」


俺はなんとか腕を伸ばし、マイクを掴んだ。


『六……五……四……』


しかし…声が喉を伝って出てこない。

極度の緊張とストレスで、喉からは空気がかすかすと出てくるだけ。


「お……おれ…………はっ……」


「俺は無罪だ」その一言だけでも発そうと必死に声を絞り出す。



『三……二……』



ダメだ…!もう間に合わない…!



『一………』



カウントダウンが終わる-





『杉崎春希は無罪です!!』




刹那、会場中に何者かの声が響き渡った。


それは甘美な女性の声だった。



『だ…誰だ貴様っ!?』


神宮寺会長が演台へ目を向ける。


俺も顔を上げて同じ方向を見る。



そこには、艶のある綺麗なダークブラウンの髪を肩の高さで揃えた、すらっとした体躯で端正な顔立ちの美少女……音羽そっくりの、美少女が立っていた。




『私は…草薙明里です。春希の、幼馴染の』





























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