第17話 神宮寺怜子の真実

私は大学教授の父と弁護士の母という、絵に描いたようなエリート夫婦の下に生まれた。仕事で忙しく家にいることがほとんどなかった両親は私の他に子どもは作らなかった。


おかげ様で私は常に孤独だった。両親とどこかへ遊びに行った記憶などない。あるのは私がまだ幼かった頃に雇われていた家政婦に、絵本を読み聞かせてもらったことくらいだ。


別に両親を恨んでいたわけではない。お金はあったので欲しい物は何でも買ってくれたし、塾やピアノといった習い事もやらせてくれた。


ただ単純に、愛に飢えていたのだと思う。

私をもっと見て欲しい。私と一緒に遊んでほしい。ただ側にいてくれるだけでもいいから…


小学校に上がった頃、私はとある出会いを遂げた。


近所に「逢坂」という一家が引っ越してきた。

若い夫婦と、その娘が一人。娘の名は音羽といって、歳は私の一個下だった。


音羽の母親と私の母親は学生時代からの親友同士だったので、家で一人だった私は逢坂家に頻繁に預けられるようになった。



私は生まれて初めて孤独から抜け出した。



音羽とはすぐに仲良くなり、時間が許す限りずっと二人で遊んだ。初めて出来た「怜子ちゃん」と呼んでくれる友達と過ごす時間は、それはそれは楽しくて仕方なかった。


小学校の方でも、私と仲良くなろうとする人は少なくなかった。勉強もスポーツも得意だったし、小学生ながらに自分の容姿が整っている自覚もあった。男子から告白されたことも結構あった。



だけど、私はそれらを全て拒絶した。



こいつらは私の中身を全く見ていない。単に外見や才能に惹かれているだけで、私という人間をある種のブランドとして見ているだけだ。


友達なんて音羽だけで十分。恋人なんて欲しくもない。


私は自分に近づく人間を全員拒絶し続けた。やがて、私に話しかけようとする人間は一人もいなくなった。


中学に上がってからもずっとその調子。この頃から自分と周りの能力の違いが顕著になってきて、ますます私は周囲の人間を嫌うようになった。こんなレベルの低いヤツらと関わるのは、時間の無駄であり人生の無駄だ。


中学から始めた空手の練習が忙しく、音羽と遊ぶ時間が減ってしまった。一緒に過ごす時間が減ったことにより、私の音羽に対する想いがますます強くなった。


私が中学三年、音羽が二年になった頃。

元々おとなしめで内向的だった音羽が、ある時を境にガラッと変わった。


明るく、非常に外向的になったのだ。校舎ですれ違った時など、音羽はたくさんの友達に囲まれて歩くようになった。私はそれを見て…歯噛みした。悔しくて悔しくてたまらなかった。


私の音羽を…私だけの音羽を…


なんでお前らみたいな低能が、この私の大切な人を奪うマネが出来るんだ…?


それに加え、私がなんとか時間を捻出して音羽を遊びに誘っても、断られることが多くなった。以前は誘いを断られることなんて滅多になかったのに…


ある日、私は塾からの帰り道に男子と二人きりで歩く音羽を見た。私には見せたことのないような顔で笑う音羽。顔を赤くしながらも、終始嬉しそうな男子。



……その男子が憎くて憎くて仕方なかった。


私はドス黒い嫉妬心を覚えると同時に、自分が音羽に向ける感情はもはや友情の域をとうに越えてしまっていると悟った。



そしてある時突然、音羽と二人で歩いていたあの男子が事故で亡くなった。



全校集会で訃報が知らされ、生徒と教師ともに深い悲しみに包まれた。すすり泣きする声もあちこちから聞こえた。



私は嬉しくて嬉しくてたまらなかった…



ああ、これで邪魔者が消えてくれた。願ってもないことだ。私の心には既に悪魔が棲みついていた。



その後、私は県内トップ校の洛陽学園に進学した。



入学してすぐにあった生徒会役員選挙、私は何の気なしに生徒会長に立候補してみた。経験として一つの組織のトップに立つのは悪くないし、私のカリスマ性なら当選する自信もあった。


結果は…見事当選。他の候補者を大きく切り離す圧倒的な票数を獲得してやった。


その後、生徒会長として様々な仕事をこなしていくうちに、この学園の生徒会は普通じゃないことに気がついた。


生徒会が握る権限があまりにも強すぎる…。


そして、中学三年生つまり受験生である音羽の第一志望が洛陽学園であることを知った私は、とんでもないことを思いついた。



生徒会の絶大な権力を利用して学園に恋愛禁止の規則を設定する。もし音羽が洛陽に入学すれば、音羽に言いよる男どもを規則違反として処罰出来る。従って、音羽が誰かの彼女になることを防げる。音羽を私だけのものに出来る…!



「恋愛は勉強の妨げ」なんてただの建前だった。全ては音羽を私のものにするため。


私のカリスマ性に惹かれ、次々と優秀な生徒達が私の仲間となった。霧林、春華、鬼塚、つぐみ。霧林や春華など、一部人間性に欠陥がある者もいるが、おそらくこの四人は単純な能力値では学園トップだろう。


私の手足となって動いてくれる優秀な手駒。

私を崇拝し、信者化していく愚かな生徒達。


洛陽学園を完全に手中に収めることが出来た。

後はただ一つ、逢坂音羽さえ手に入れれば天下を取ったも同然だ。


全てが順調に進んでいたはずなのに…


予想通り洛陽に入学した音羽。だが、彼女にはとんでもない害虫が引っ付いてきてしまった。


杉崎春希-。私達生徒会に盾付き、音羽の周りをうろちょろとする男。挙句の果てに、この私に対して勝負を挑んできた男。しかも音羽と二人きりでファミレスでお喋りときた。


小さい頃からずっと孤独だった私に光をくれた音羽。そんな音羽を私は今までずっと想い続けて来た。



それをあんなぽっと出の男に奪われるなんて悪夢以外の何でもない。杉崎春希…ああウザい。心底ウザい。ウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザい……



「会長。明日の演説会についてなんですが…」


「!?」


突然の声に振り向く。そこには霧林が立っていた。生徒会役員の中で最も私への忠誠心が高い男。


「あ、ああ…どうした?」


「マニフェストを確認してもらいたくて。…会長、顔色が悪いですよ?どうかされました?」


霧林が心配そうに私の顔を見てきた。


「ふん…ただの立ちくらみだ、気にするな」


何でもないふうを装う。


「ならば良いのですが…。先程一年連中が演説会をやっていたので見ましたところ、かなり盛り上がっていました。俺達には会長がいますから安心ですが、案外侮れない相手のようにも思いました」


「ああ、私も拝見させてもらったよ。昨日の私の演説より人が集まっていたな。最初の女子達のパフォーマンスが素晴らしかった」


音羽の歌声を聴けたのは私にとっても幸せなことだった。出来れば二人きりの時に聴きたかったが。


「俺は会長に忠誠を誓っています。何が起きようとあなたについていきます。俺達が負けることなんて万が一にもあるはずがありません。ですが、約束された勝利を確固たるものにするために俺に考えがあるのですが」


霧林が声を潜めた。私は考えを聞くことにする。


「ではその考えとやらを言ってみろ」


霧林はニィッと唇の端を歪めた。


「杉崎春希の過去を調べることです。どんな人間にも一つや二つ、やましいことや隠したいことがあるものです。ヤツのスキャンダルを暴き、選挙当日に大衆の面前で暴露してやりましょう。しかも都合の良いことに、今回の選挙は洛陽学園以外からも聴衆が集まります。大勢の人々に自分の黒歴史をバラされて、ヤツは平静に演説を出来ると思いますか?」


ヤツのメンタルに揺さぶりをかけるということか。正攻法とは言えないが、効果的な戦法であることは間違いない。


「ほう…面白いではないか。その考え気に入ったぞ。明日からでも調査を開始してくれるかね?」


霧林は勢いよく首を縦に振る。


「もちろんです!俺と春華で聞き込み調査を行いたいと思います。手始めに杉崎春希と同じ中学だったヤツにでも…」


「ああ。良い結果…いや、悪い噂を期待しているよ」


「はい!」


霧林はドタドタと生徒会室を出て行った。

私は一人がけのソファにどかっと座り込んだ。


「霧林拓馬…悪知恵の働く男め。だからこそ私はヤツを側近に据えているのだがな。しかし素晴らしいアイディアだ。杉崎春希をただ選挙で負かすだけじゃなく、社会的にも抹殺出来るではないか」


音羽をたぶらかし、この私の邪魔をした罪は深い。杉崎春希よ、洛陽に入学したのが運の尽きだったな。


「ふふ…ふははははははっ!」


ああ早く見たい。杉崎春希の絶望に染まった顔。そしてそんな男に失望する音羽を。もう少しだ…もう少しだけ待っていてくれよ、音羽。


邪魔者がいなくなったら、ずっとずっと隠し続けてきたこの気持ちを伝えるのだ…。
















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