第15話 地味な強者と派手な弱者では、後者の方が成功しやすい。
立候補者総会の翌日。今日から俺達の選挙運動が始まる。つまり、これよりチーム杉崎 VS チーム神宮寺の新旧対決は激化していく。
まず俺達は校舎内で人目につく場所に手分けして選挙ポスターを貼りまくった。
選挙ポスターは、立候補者の顔写真が真ん中にあって、その横にスローガンという構図だ。
俺達一年のポスターは、「生徒達に青春を」というスローガンで統一した。
しかし選挙運動なるものをやるのは初めてなので、具体的に何をすればよいのか分からないし、自分達が掲げるマニフェストも「恋愛禁止の規則を廃止する」以外に固まっていなかった。
そのため俺達は、最初の数日はマニフェスト作成班と敵の動向を探るスパイ班に分かれて活動することにした。
マニフェスト作成班は豪、神山、軍艦の三人。スパイ班は俺、音羽、丹波さん、三島さんの四人だが、丹波さんと三島さんは部活があるためあまり一緒に活動出来ない。よって実質的には俺と音羽の二人でスパイをやることになる。
昼休憩の時間に生徒会の連中は放送を利用して演説会の呼びかけを行っていた。「本日放課後、第二体育館で演説会を行います。生徒の皆さん、ぜひ足を運んで下さい」といった具合に。
俺と音羽はこの演説会を見学することにした。
放課後、俺達は二つある体育館の古いほう、第二体育館に訪れていた。ちなみに丹波さん達バドミントン部が練習しているのは第一体育館の方だ。
「すごい人だね」
「だな。とくに二年生が多いみたいだ」
体育館は人波で混雑していた。百五十人以上はいるように思える。これなら生徒会の奴らも俺と音羽がいることに気付かないだろう。
体育館の前方には、校長先生などが運動会の時に立って喋る階段付きの台があった。あの台は「朝礼台」というらしい。生徒会の連中も多分朝礼台に登って演説するのだろう。
あたりを見渡すが、生徒会の面々は未だ見当たらない。時刻は既に十六時をまわっているが…
そう思った瞬間。突如、体育館が暗闇に包まれた。驚いた生徒もいたのだろう。あちこちからどよめきの声が聞こえた。
「電気が消されたな。いつの間にかカーテンも閉まってるし」
すると、朝礼台に一筋のスポットライトが当てられた。さっきまで誰もいなかった場所に、現生徒会長神宮寺怜子が現れた。手にはマイクを握っている。
「生徒諸君。本日は私達のために集まってくれてどうもありがとう。生徒会長の神宮寺怜子だ」
マイクを通して会長の涼しげな声が体育館中に響く。一部の観衆が「きゃー!怜子様ー!」
「会長のご登場に、敬礼!!」などと大声をあげた。
「なかなか粋な演出ね」
音羽が会長を見たままで言った。
「ああ。大衆の目を惹きつける工夫を全く怠ってないな」
それに、この体育館に集まっている生徒達はほぼ全員が神宮寺会長の熱狂的な支持者だろう。
台の上に立つ会長を恍惚とした眼差しで見つめる生徒も少なくない。
「私はきたる生徒会役員選挙にて、次期生徒会長に立候補するわけだが…今回私が、いや、私達現生徒会が掲げるマニフェストのうちの一つをみんなに見せたいと思う」
会長は自らの指をパチッと鳴らした。
すると、会長の後ろにそびえ立つ体育館の壁に画像が投影された。プロジェクターを駆使したのだろう。
「部活動予算の拡大」という文字が読める。
生徒達から「お〜!」といった感嘆の声があがる。
「見ての通り、私が次期生徒会長に当選した暁には部活動予算の拡大を約束しよう。洛陽学園は名門進学校だが、部活にも力を入れている。この中にも、日々部活に精を出している生徒がいるのではないかな?」
会長がそう言うと、「私でーす!」「僕も部活頑張ってます!」などと声があがる。
「素晴らしい。部活は肉体と精神を鍛えるには持ってこいだ。人間関係を学ぶことも出来る。私自身中学生から空手を続けていてね。今からちょっとしたショーを観せたいと思う」
会長がそう言うと、なんと霧林と鬼塚が大量の瓦を運んできた。二人とも台に登り、瓦たちを積み上げていく。
「おいおい…何する気だよ」
俺は額に汗を滲ませた。
積み上がった瓦はざっと三十枚はあった。神宮寺会長はそれを目の前にしてふっと笑い、
「今からこの三十枚の瓦を割りたいと思う」と言ってマイクを霧林に手渡した。
観衆はまた「お〜!」と声を発した。会長は目を閉じ、大きく深呼吸した。みんな固唾を飲んで見守る。
「はっ!」
会長はそう叫び、瓦に向かって手刀を思い切り振り下ろした。会長の手が瓦に触れた次の瞬間…
ピシピシピシッという音と共に、瓦は綺麗に一刀両断された。
一枚残らず綺麗に割れた瓦を目にした生徒達は体育館中に響き渡る大歓声をあげた。
「すげー!!」 「マジで割ったよ!」
「きゃー!怜子様かっこいー!」
拍手喝采を受けた会長は涼しい顔で再び霧林達に指示を出す。割れた瓦はせっせと回収されていった。
再びマイクを握った会長。鳴り止まない歓声にやれやれ、といった感じの仕草を見せて、
「このように、鍛錬を続ければ必ず力がつく。生徒諸君にはぜひ部活に励んでもらって、自分を磨いてほしい。そのためにも、君達がお金のことで何不自由なく練習出来るよう予算の拡大に全力で取り組もう。本日は以上だ」
会長はそう言って、美しい所作で一礼した。
会場は、またもや拍手と大歓声に包まれた。
*******
会長の演説を見た後、俺と音羽はマニフェスト作成班が活動している空き教室へと向かった。
教室に入ると、豪、神山、軍艦に加えて部活に行っていたはずの丹波さんと三島さんがいた。
「あれっ。丹波さんと三島さん、部活は?」
俺が尋ねると、丹波さんが答えた。
「早めに練習切り上げたのよ。杉崎くん達、生徒会の演説見に行くって言ってたからそっちに行こうと思ったけど、すれ違いになるかもだからやっぱりこっちに来たの」
「なるほどな」
すると席に座っている豪が俺を見て、
「春希。どうだったんだよヤツらの演説は?」
「あー…えっとな…」
俺は会長の演説やそれに熱狂する観衆の様子を事細かに説明した。もちろん瓦割りのことも。
「なんか、神宮寺会長のカリスマ性がわかるわね」
丹波さんが顎に手を当てて言った。
「え〜瓦割りわたしも生で見たかったなぁ〜」
三島さんは悔しそうにしている。
「部活動予算の拡大ですか…。確実に需要のある政策ですね」
神山も感想を述べる。俺達大丈夫かな、と少し不安な雰囲気が漂ってきた時、音羽が口を開いた。
「確かに会長の演説はすごかったわ。大衆の心を掴んでた。だけど、それは私達が弱気になる理由にならないわ。だって、私達もやればいいじゃない。大衆の心を掴むような演説を」
「逢坂の言う通りだ。今日、敵は我々に良い見本を示してくれた。『学ぶは真似る』と言うし、我々も人民達の目を惹く演説を行えばよいではないか」
軍艦が音羽に同調する。すると、三島さんが何かを思いついたようにポン、と手を打った。
「ねぇねぇ。会長がやった瓦割りみたいに、選挙と直接関係ないことでもパフォーマンスの一環としてならやっていいんだよね?」
「特に問題ないと思うぞ。あまりに過激なパフォーマンスなら分からないけど」
俺が答えた。すると三島さんは丹波さんと音羽の手を引っ張って教室の隅に移動した。
何やらゴニョゴニョ話している。
「おい、何かいいこと思いついたのか?」
そう言って俺が近づこうとすると、
「あっ!杉崎っちは向こう言ってて!」
「あ…はいわかりました」
なぜか拒絶されてしまった。そんな俺を見た豪はさぞ愉快そうにニヤニヤとしている。
「もしかして彼女達、何かいかがわしい事をやろうとしているのでしょうか?」
神山が声をひそめて言った。
「いかがわしいこと?」
豪が尋ねる。
「例えば水着とか体操服とか、男が喜びそうな格好で演説するとか…。男の目なら確実に引けますよ」
「お前、結構ガチで気持ち悪ぃな」
「た、例え話ですよ!僕は決してそんな破廉恥なこと許容するつもりはありませんよ?」
神山が焦って言い訳を並べた。
「そういや、マニフェストの方はどうだ?いいの思いついたか?」
俺は忘れていた重要なことを尋ねた。
「おう。とりあえずこの三本柱でいこうと思うんだがよ」
豪は机に置いてある紙を俺に見せた。何やら案が書き込まれているので、それを眺める。
「恋愛禁止の規則廃止に、学校行事の強化。それに生徒の自主性、創造性を重んじて生徒会への意見箱を設置…おー結構いいんじゃないか」
「あちらが独裁的な政策を取るのなら、こちらは民主的な政策で対抗しようという考えだ」
軍艦が補足する。
「なるほどな。俺からは異論はないぜ。明日にでもこのマニフェストで演説したいくらいだ」
あとは何かしら大衆を惹きつけるパフォーマンスをやりたいところだが…。
「男子たちぃ、ちょっといーい?」
三島さんが呼びかけてきた。
「どうした?さっきから何を話してたんだよ」
俺は振り向いて言った。
「明日演説するんならさ、いっちばん最初に私たちでドカンとかましてもおっけー?」
「具体的には何をするつもりですか?」
すかさず神山が質問する。
三島さんはにこっと笑って、
「男子にはヒ・ミ・ツ!わたしたちに任せといてくれたらいーから!あ、言っとくけどエッチなことはしないからね!残念でしたぁ〜」
「チッ」 神山が小さく舌打ちした。やっぱお前期待してんじゃねーか!
…しかし、マジで何をするつもりなのか全く読めない。三島さんの少し後ろに立つ音羽と丹波さんはなぜか恥ずかしそうにしている。
「とりあえず女子達を信じるぜ。さて話は変わるが、これが俺達の作ったマニフェストだ。目を通して、何か意見や反論があれば教えてくれ」
豪がテキパキと話を進める。女子達からも特に異論はなかったため、俺達のマニフェストはこれで確定することになった。
その後少しだけみんなで談笑してから、今日の活動は終わった。
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