第14話 対立する二軸

時間は流れるように過ぎ、今日は四月二十三日火曜日。立候補届け締切日かつ立候補者総会が開かれる日である。


本日の十五時三十分をもって、五月十二日に行われる生徒会役員選挙の立候補者は確定される。


そして放課後、立候補者達は学園長室に集められ、選挙の要項を告げられる。これが立候補者総会である。そして、翌日の四月二十四日からついに選挙運動が解禁となる。



チーム杉崎の最後の一人、生徒会事務に立候補するのは一年二組、三島由紀子(みしまゆきこ)。



三島さんはバドミントン部所属で、丹波さんの友達だ。今風のきゃぴきゃぴした女の子で、いかにも恋愛や恋愛に関することが好きそうだ。見た目も派手で、金髪をくるくると巻いており、顔にはうっすら化粧も施され、スカートは校則ギリギリまで上げているため白い太ももがちらちら見える。いわゆる、ギャルという人種だ。



「恋愛禁止とかマジありえなーい!もう子どもじゃないんだし、勉強と両立くらい出来るし!」と不満を漏らしていたので丹波さんが選挙の話をしてみたところ、即OKを出してくれたらしい。



そんなこんなで俺たち候補者組は放課後の廊下を、学園長室目指して歩いていた。ちなみにこの場に豪と丹波さんはいない。立候補者総会は立候補者以外立ち入り禁止なのだ。



「緊張してきたな…」


俺は正直な心情を吐露する。


「そうね。私達以外の立候補者とは初対面だものね。まあ、現生徒会のメンバーは確実にいるでしょうけど」


俺の右隣を歩く音羽が言う。すると、さらに音羽の右隣を歩く三島さんが口を挟んできた。


「音っち達、勝負が始まる前からそんなに緊張してたら本番もたないわよ?元気出してこーぜぃ!」


「そうですよ。杉崎くん、まさか僕にした約束を忘れたわけではないですよね。リーダーの君がそんなに弱気ではチームの士気が下がりますよ」


「ナポレオンは、『リーダーとは希望を配る人だ』と述べている。自信を持て春希。そしてこの軍艦司は大将であるそなたに病める時も健やかなる時も富める時も貧しい時も忠誠を誓うと約束しようではないか」


「軍艦くん、『病める時も〜』は一般に婚約の際に言われる聖書からの引用ですよ?」


後ろを歩く神山と軍艦からも言葉をかけられた。


「みんなの言う通りね。背筋を伸ばしていきましょ、春希くん」


音羽がトン、と俺の背中を押した。


「…おうよ」


俺はついに到着した学園長室を前にする。

重厚な扉に手をかけ、一気に開いた。


部屋には学ランとセーラー服に身を包んだ生徒たちが立っていた。俺達が室内に足を踏み入れると、生徒たちが一斉に振り向いた。


「遅いぞ貴様ら。怖くなってすっぽかしたかと思ってしまったではないか」


「ま、この場に足を踏み入れるぐらいは出来たようね。だからといって、あんた達が勝てるわけではないけど」


現生徒会メンバー五人は既に揃っており、霧林とツインテールが早速挑発を仕掛けてきた。



「全員揃ったようだね。…では、これより立候補者総会を始める」


学園長室の最奥にある机。そこに座る学園長が言葉を述べた。部屋全体に荘厳な空気が広がる。


俺達は現生徒会の連中にならって、生徒会長立候補者の俺を先頭に、縦一列に並んだ。


俺の右には、神宮寺会長がいつもの無表情で立っていた。彼女の顔を見るのはファミレスで遭遇した日以来だ。


「まず立候補者だが…生徒会長に立候補するのは一年四組杉崎春希、二年一組神宮寺怜子の二人だ。間違いはないね?」


「はい!」 「はい」


書類を確認して言った学園長に、俺と神宮寺会長は返事をする。


「生徒会副会長は一年四組 逢坂音羽

        二年二組 霧林拓馬

 

  生徒会会計は一年三組 軍艦司

        二年二組 六本木春華


  生徒会書記は一年一組 神山総悟

        二年三組 七草つぐみ


  生徒会事務は一年二組 三島由紀子

        二年四組 鬼塚剛



…以上、間違いはないね?」



『はい!』 全員の返事が響く。



一年は俺達以外の立候補者はゼロ。二年もまた現生徒会以外の立候補はゼロのようだ。三年の立候補者は一人もいない。音羽が望んでいた通り、「改革派一年VS保守派二年」の二項対立の図式となった。


立候補者達に順繰りに視線を送った学園長は、選挙の説明を始めた。


「…では、これより選挙概要を説明する。まず、明日四月二十四日から選挙運動解禁となる。ポスター作成、演説会、握手会、休憩時間中の放送など各々節度をもって好きに活動すればよい。無論、賄賂のやり取りや脅しによる投票の強制等は禁止だ。見つかり次第選挙の出馬は取り消させてもらう」


学園長は一呼吸置き、説明を続ける。


「五月五日、学園側が行う有権者事前調査の結果を発表する。選挙一週間前の時点で生徒達が誰を支持しているかを知れるいい機会だ。そして五月十二日。公約発表演説会で、君達全員の演説を聞いた後に生徒達は投票を行うわけだが…」


そこで学園長は一旦話を止め、机の上にある書類を手に取った。


「例年は公約発表演説会と投票は学園の講堂で行っていたわけだが…今年は、県の文化センターで行うことになった。さらに演説会当日、一般の方々の入場も許可する」


一般の方々って、それってつまり…


「洛陽学園の生徒以外、例えば他校の生徒や保護者の方々が私達の演説会に参加出来る、ということでしょうか?」


俺の一つ後ろの音羽が尋ねた。学園長はこくりと頷き、


「そうだ。もちろん投票自体は洛陽学園の生徒のみで行う。あくまで一般の方々は、君達の選挙を見学出来る、というだけだ」


「ふはははは!要するに貴様ら一年は大衆の面前で公開処刑されるということだ!」


霧林が俺達を指差して高笑いした。すると神宮寺会長が霧林をギロリと睨みつけた。


「ひっ…!す、すみません会長…」


蛇に睨まれた蛙のごとく、霧林は縮こまってしまった。


「以上で選挙概要の説明は終わりだ。何も質問がなければ、これにて立候補者総会は終わりたいと思う」


誰からも質問は挙がらなかったため、そこでお開きとなった。


生徒会の連中は先に学園長室を出て行った。

俺達も部屋を出ようとすると、三島さんが俺に話しかけてきた。


「他の学校の友達にも自分の演説見られるのチョー恥ずかしいんだけどぉ…杉崎っちぃ、あたしどうしよおお?」


「ああ。俺だってメチャクチャ恥ずかしいよ。だけどもう決まったことだからやるしかない。恥ずかしいのは生徒会の連中も一緒だろ?」


「杉崎っち、ポジティブぅ〜」


…とは言ったものの、中学にはおよそ友達と呼べる友達もいないため、俺にとってはあまり関係ない事だ。


扉を開き、廊下に出る。すると、まるで俺達が出てくるのを待っていたかのように、生徒会の連中が横一列に並んで立ち尽くしていた。


「ふっ…。予想していなかった展開に腰が引けているのではあるまいな?杉崎くん」


真ん中に立つ神宮寺会長が、余裕しゃくしゃくと語りかけてきた。


「…別にどうってことないですよ。一人に対して話す時と大勢に対して話す時、やることはさほど変わりませんから」


俺はまっすぐと会長の目を見て言った。


「それはご立派なことだ。しかし、中々個性的なメンバーを揃えたものだな」


会長は俺達を眺め回す。


「霧林副会長。私は必ずあなたに勝ちます」


音羽による霧林への宣戦布告。霧林は「クックック…」と完全に悪役の笑いを浮かべ、指でメガネをくいっと上げて、


「逢坂音羽。お前は幾度となく俺に喧嘩を売ってくるのだな。…いいだろう。この霧林拓馬が身の程知らずのお前に先輩の厳しさを教えてやる」


霧林の雰囲気がガラッと変わった。それは、狙った対象を冷酷に撃ち抜く、スナイパーのような目だった。


「で、この私の相手は誰かしら?」


今度は背の低いツインテール、現生徒会会計の六本木春華が腰に手を当てて前に出た。


「そなたの相手は、この軍艦司が務めあげさせてもらう」


軍艦が腕を組み、六本木春華と睨み合う。


「この私に歯向かおうなんて、あんたもほんと見る目がないわね。ボッコボコのギッタギタのぐっちゃぐちゃにしてやるんだから…!」


「俺の慧眼を見誤っている時点でそなたには分析力がないな。戦いに勝つ為には分析、相手を知ることが不可欠だぞ?『敵を知り己を知れば百戦危うからず』だ」


バチバチと火花が散る。


「七草つぐみ先輩…あなたはとても美しい人ですが、敵である以上容赦はしません。全力で挑ませてもらいます」


神山が現生徒会書記、七草つぐみをびっ!と指差して言った。


「うふふ…お手柔らかにね、神山くん」


ゆるふわ系美人の七草先輩が、敵に向けるものとは思えない優しい笑顔で言った。神山の顔が茹でだこのように赤くなる。


「それでぇ?俺の相手はこのお嬢ちゃんかい」


現生徒会事務、鬼塚剛が三島の姿を捉えた。長身の霧林と背丈は同じくらいだが、筋骨隆々な肉体のおかげでその迫力と存在感は圧倒的だ。


「なによあんたー!子ども扱いしないでくれるぅ?歳が一つ違うだけでしょー?」


三島は鬼塚の迫力を気にすることなく、体を前に倒して鬼塚を睨みあげた。


「最近の女にしちゃぁ随分威勢がいいじゃねえか。あんた中々気に入ったよ!面白い勝負が出来そうだぜ」


好敵手の登場を嬉しがる鬼塚。神宮寺会長は薄ら笑いを浮かべて俺を見る。口元は笑っているが、目には冷酷な色が灯っている。



「俺達は…必ずあなた達を倒してみせる」



「出来ることならな。この私…いや、私達を倒せるものなら倒してみたまえ。善戦を期待しているよ、杉崎くん…否、一年諸君」


一年 VS 二年。


改革派 VS 保守派。


恋愛肯定派 VS 恋愛否定派。


チーム杉崎 VS チーム神宮寺。


俺達と生徒会は、バチバチと熱い火花を散らす。



しかし…この時の俺はまだ何も知らなかった。

神宮寺会長の真の狙いを。

あの時、ファミレスの前で俺を呼び止めた神宮寺会長が見せた、ドス黒い瞳の意味を。






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