第13話 賢者は歴史に学ぶが、誘惑に弱い。

四月十五日、月曜日。時刻は十五時四十分。


既に一日の授業は終了し、放課後である。

現在俺と豪は二人で図書館にいた。


たまにはゆっくり読書タイムというわけでもなく、俺達二人は一年四組の図書委員としてカウンター席で本の貸出業務に勤しんでいるのである。


といっても、業務に勤しむのは俺一人で、豪は横で爆睡しているだけだが。


「二年一組十二番です。貸し出しお願いします」


「はい。二の一の十二番…高木さんですね?返却期限は四月二十九日です」


定型文を口にしながら、俺はスキャナーで本のバーコードを読み取っていく。


慣れたら本当に単調作業だし、そもそも図書館に本を借りに来る生徒は多くないため、かなりイージーワークだと思う。


だが、俺は焦っていた。なぜなら、あと八日で生徒会選挙の残り二枠、書記と事務に立候補してくれる人を仲間にするという急務があったからだ。


本当なら本の貸出などやっている場合ではなく、仲間探しに奔走したいとこなのだが…委員会の仕事なのでサボるわけにもいかない。


選挙について考えを巡らせていると、俺が座る貸出カウンターの前にやって来る男子生徒がいた。分厚い本を五冊ほど抱えている。



「一年一組出席番号八番、神山総悟(かみやまそうご)です。貸出お願いします」


丁寧に名前まで教えてくれたサラサラヘアーの男子生徒。パソコンで学年とクラス、出席番号を検索すると、該当の生徒の貸出記録が出る。


「はい。神山さんですね…ってえ!?」


俺は思わず目を見開いてしまった。なぜならパソコン上に表示される神山総悟の貸出記録が、驚くべきものだったからだ。


総貸出数 150冊


という文字が確認出来る。一年生は今日含めて入学して四日である。ということはこの生徒は今借りた五冊も足すと四日で百五十五冊、単純計算で一日あたり約三十九冊本を借りている。


「あの…何かパソコンに不具合でも?」


神山総悟が訝しげに俺を見つめてくる。


「いえ!何でもありません。返却期限は四月二十九日です」


俺は慌てて本のバーコードをスキャンした。


神山総悟が図書館から出たのを確認して、俺は寝ている豪を小突いて起こした。


「んががっ…ちっ何だよ。水着のお姉さんと札束風呂でウホウホやる夢見てたのに」


「知ってる。寝言でとんでもないこと言ってたからな」


「!!まじかよっ。おい、俺は一体何て言ってんだ?一言一句違わず教えてくれ」


「冗談だよ」


俺は手元にあった本で豪の頭をばしっと叩く。


「…で?何かあったのか?」


「ああ。ちょっとこの神山総悟という生徒の貸出記録を見てくれ」


俺はパソコンの画面を豪に向ける。


「神山総悟…?どこかで聞いた名だな。…ってこいつ本借り過ぎじゃね?」


「だろ?これじゃ一日あたり約三十九冊借りてる。ここまでの本の虫見たことないぜ」


「でも、全部読んでるとは限らないぜ。冷やかしでアホみたいに借りまくってるだけかも」


「そんなことして何になるのか、俺にはさっぱりわからないね」


俺が言うと、豪は腕を組んで唸り出した。


「ん〜こいつの名前どこかで聞いたことあるんだけどなぁ…くそっ思い出せねぇ」


ちなみに俺は今日初めて聞いた名だ。しかし、何とも不思議な生徒だな。


すると、図書館の扉が開き、生徒が入ってきた。入ってきたのは、音羽だった。


「おっ。ちゃんとやってるね、二人とも」


髪は普通に下ろしている。やはりポニテは自転車に乗るとき限定らしい。


「どうした、音羽?」


俺が尋ねる。


「ん?今日春希くん達が貸出当番って聞いたからちょっと寄ってみただけよ」


すると、俺達の会話の異変に素早く気づいた豪が、俺の肩にポンと手を置いて来た。


「春希、ちょっとこっち来いよ」


「っ…なんだよ豪はなせよ」


豪は俺の肩を引きずり、カウンター席から立って近くの本棚まで移動した。


「てめーいつの間に名前で呼び合う仲になりやがったんだよ」


豪が血走った目で俺に問うてくる。


「昨日の帰り…からかな?」


俺がぼかして答えると、豪は「キー!!」と猿みたいな声を出して頭をバリバリと掻きむしる。


「あー!これだから春希ってやつは!まさか暗闇の中、二人きりをいいことにあんなことやこんなことを……」


「してねーよ!!」


と、反射的に否定したが、実際公園のベンチで抱き合ったりはしたので豪の妄想は間違いではない。まあ、下心で抱きしめたわけではないからギリセーフだろう。


「…まあ冗談だ。春希、お前はついに過去から解放されたってことか?」


今度は真剣な表情で豪が問うてくる。

どうやらこいつには何でもお見通しらしいな。


「…ああ。ようやく、俺の追い求めてきたものは幻想だって気づけた。で、俺なりの強さも手に入れられたよ」


「…そうか、なら良かったぜ。春希にとっても、逢坂にとってもな」


安心したような顔でそう言った豪は、歩いてカウンター席に戻る。俺も遅れて戻ると、音羽がパソコンの画面を凝視していた。


「どうした?」


俺が問うと、音羽はばっと顔を上げて言った。


「このたくさん本借りてる神山って人、私知ってるわ」


「どんなやつだ?」


豪が言う。


「この人、今年の入学試験で一位だった人よ」


洛陽に首席入学…!?なるほど、異常な本の貸出数にも合点がいった気分だ。


「あー!!それだよそれ!神山総悟ってどっかで見た名前だなぁと思ってたら…そうだぜ。首席くんじゃねえか」


ようやく腑に落ちた豪が、パチッと指を鳴らした。


「私は中学の頃から知ってたわ。彼、模試の成績上位者にいつも名前を連ねてたから」


「ああ。新聞かなんかにも載ってた記憶があるな」


音羽と豪が神山について話している時、俺はある考えが頭に浮かんだ。



「…なあ、神山総悟を選挙に誘ってみないか」


「神山くんを?」 「首席くんを?」


二人が俺の提案に同時に反応する。


「ああ。音羽と豪が知ってたみたいに、彼はそこそこ有名なんだろ?ほら、選挙の時って自分が知ってる人と知らない人だったら、知ってる人の方が票を入れやすいだろ?しかも洛陽に首席入学となれば相当頭も切れる。仲間になってくれれば頼もしいと思う」


俺は神山総悟を仲間に引き抜く利点を説明した。


「春希くんの言う通りね。特に異論はないわ」

「たしかに神山は引き抜く価値のある男だな」


二人とも俺の提案に賛成のようだ。


「よし。そうと決まったら…」



*******


翌日。放課後になり、俺と豪と音羽はまたしても図書館にいた。といっても、昨日のように貸出当番としてではない。ある人物に会うために一般生徒として紛れ込んでいた。


自習用の席に座り、目的の人物がやって来るのを待つ。



午後十六時三十分。ついに神山総悟が図書館に姿を現した。


あの貸出数だ。毎日図書館に通い詰めているに違いないので、放課後に張っておけば必ず遭遇すると踏んでの待ち伏せだった。


俺と豪が席を立つ。まずは男達で説得を試みて、交渉が難航した場合には音羽を召喚する。


「あのお〜神山だよな?ちょっといいか」


豪が最初に話しかける。本を物色していた神山は俺達に気づくと、露骨に嫌そうな顔をした。


「何ですか?僕に何か用でも?」


「神山。素朴な疑問なんだが、今の生徒会をどう思う?」


豪の隣に立つ俺が質問をふる。


「…いきなり奇妙な質問ですね。『気に入らない』とでも言えば満足ですか?杉崎くんは」


「お前も俺を知っているのか」


神山は肩をすくめて答えた。


「ええ。まあそりゃあね。杉崎くんのことを知らない洛陽生は今いないんじゃないですか?『カリスマ生徒会長に喧嘩を売った一年生』の肩書きで随分と出回っていますよ」


「ずいぶんカッコいい二つ名だな。『洛陽学園の性獣』の方がふさわしい気がするんだが」


「おい豪!だから俺を変態キャラに仕立て上げるのはやめてくれよ」


ボケツッコミをする俺達を見た神山は「はぁ」と嘆息して、


「話はそれだけですか?僕は早く本が読みたいので帰らせていただきたいのですが」


と言って分厚い本を持って歩き出そうとしたので、


「まあ待てよ。神山、生徒会役員選挙に出ないか?」


豪がついに本題を切り出した。神山はぴくりと瞼を動かし、俺達の顔を見つめた。


「生徒会役員選挙ですか…。興味がないことはないですね。僕は現生徒会長の神宮寺怜子をライバル視していますから。彼女を生徒会長の座から引きずり下ろすのはとても楽しそうです」


意外に好感触だ。


「まあ、お前にはぜひ書記か事務に立候補してもらいたいんだがな」


豪が付け加える。すると神山はやれやれといった感じで手を挙げ、


「ならば交渉決裂です。僕はそんな雑用同然の仕事は御免ですよ。どうせやるんなら会長か副会長じゃないと。そんな雑用のために、僕の貴重な勉強時間を削られても困ります」


予想はしていたがダメだったか。ここで俺は隠し玉を使用することにした。後ろを振り向いて座って見ている音羽に、ちょいちょいと手招きする。


「え〜神山くん、選挙に出てくれないの?」


やって来た音羽が、少しあざとい感じの声色で言った。


「あ、あなたは確か逢坂音羽…!何でここに?」


神山が驚きの表情を見せる。


「私実は、生徒会副会長に立候補するの。神山くんみたいな頭の良い人が書記とかやってくれたら、すごく助かるだろうな〜」


「うっ!」


音羽の可愛さは神山に効果バツグンだ。


「というか神山くん、結構見た目もかっこいいし?一緒に生徒会の仕事とかしてるうちに、私もしかしたら…」


音羽は、神山に顔を近づけて言った。神山の顔はみるみる赤くなっていく。


「や、やめてください逢坂さん!こ、こんなとこ生徒会に見られたら…!」


神山は目を閉じて、音羽の誘惑を拒否しようとする。


「神山。俺が生徒会長になれば、『恋愛禁止』の規則は必ず撤廃すると約束しよう」


ここで俺は勝負を決めにかかる。


「なんですって…そ、それは本当ですか杉崎くん」


神山が問うてくる。


「ああ。マニフェストにも掲げるつもりだ。『生徒達に青春を!』ってな」


俺が答えると神山は顎に手を当て、


「悪くない政策かもしれませんね。うーむ…ですが生徒会に入ってしまうと勉強時間が…」



「神山くん、お願い。私達と一緒に、選挙出よ?」


逢坂さんはそう言うと、神山を上目遣いにちらっと見上げた。


もしこれが漫画だったら、神山の頭は「BOMB!」と言って爆発しただろう。



「し、ししっ仕方ありませんね…。女の子の頼みを無下に断るほど、僕も気の利かない男ではないですし…。いいでしょう。今度の選挙、書記として立候補してあげます」


「おおー!」 「よろしくな神山」

「きゃー神山くん素敵!」



こうして、神山総悟という勉強は出来るが案外チョロい男を仲間にすることに成功した。



*******


その日の帰り道。俺は音羽と二人で歩いていた。


「いやぁ、音羽って意外とあんなハニートラップ的なことも出来るんだな」


神山は確実にメロメロだった。俺は素直に感心していたが、普段からああいう感じで男に言い寄ったりしてたら嫌だな…という気持ちもあった。


「ああいうの初めてやったからすごく緊張したわ。でもまあ、神山くんを仲間に引き抜くためには仕方ないわ。私達は何が何でも勝たなきゃいけないんだもの」


…よかった、初めてだったのか。俺は安堵の息をもらした。


「でもどうしよう。私、本気で神山くんに好かれちゃったら困るな…」


「神山は男として悪くないんじゃないか?勉強も出来るし、ルックスだっていい方だろ」


俺があえて神山を褒めると、音羽は顔を俯かせてゴニョゴニョと何か呟いた。


「わ、私は…好きな人、いるし…」


「え、何だって?」


俺はわざと聞こえない振りをした。ちょっとした意地悪で。


「な、何でもない!じゃあ、私こっちだから!また明日ね、春希くん!」



赤くなった顔で俺にそう告げて、音羽は帰路へと歩いて行った。



さて…残りは事務のみか。また明日から頑張ろう。自分の為に。そして、音羽の為に。

















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