第11話 仲間探し

俺達は駅から徒歩五分のカフェに入った。レトロな外観そのままに、店内には落ち着いた空気が漂っている。客もそこまで多くない。


空いている四人がけの席に腰を下ろし、各々適当な飲み物をオーダーした。


「さて、来月に控えた生徒会役員選挙に向けて会議を始める前に…逢坂、一つ確認したいことがある」


早速豪が話を始めた。


「なに?高宮くん」


俺と豪の向かいに座る逢坂さんが口を開く。


「逢坂は、生徒会副会長に立候補するっていうので間違いないんだな?」


「ええ、その通りよ」


逢坂さんが答えると、隣に座る丹波さんが驚いたような顔を向けた。


「え!?そうだったの、逢坂さん」


「そうよ」


どうやら丹波さんは知らなかったらしい。


「悪い千鶴。伝えるの忘れてた。この二人で会長と副会長に立候補するらしい」


「あんた達正気なの…?」


丹波さんが驚愕の眼差しを向ける。


「ああ。俺達で今の生徒会をブッ壊す。そして、生徒たちに恋愛をめいいっぱい楽しんでもらえるよう、今の校則を改革する」


俺は自らの理想を高々と宣言した。


「私も杉崎くんと同じ考えよ。勉強のために校則で恋愛禁止なんて、あまりにも暴論だわ。それに、今の生徒会の独裁政治に耐え続ける生活なんて絶対に嫌よ」


そんな俺と逢坂さんを見た丹波さんは、困ったように頭を抱える。


「千鶴。この二人の意志は固いぜ。俺達が止めても無駄だよ」


「みたいね…。わかってると思うけど、今のままじゃ勝機はかなり薄いわよ?そこんとこ何とか出来るような作戦はある?」


丹波さんが俺の目を見て尋ねる。


「それを今から話していこうって感じだ」


つまり、まだノープランということ。


「ふわっとしてるわね…大丈夫かしら」


丹波さんがため息をつく。すると、注文の品が運ばれてきた。それぞれ店員から飲み物を受け取る。ちなみに俺はブラックコーヒーを頼んだ。


綺麗な所作でカフェラテを一口啜り、逢坂さんが口を開いた。



「私から提案があるの。丹波さん、高宮くん、もしよかったら私達と一緒に選挙に出ない?」



「え?」 「マジで?」


丹波さんと豪が同時に言った。



「こんなこと二人に言うの、お門違いだと分かっているけれど …」


確かにお門違いではある。豪と丹波さんに対して協力を求めるのは分かるが、一緒に選挙に出ることまで求めるとは…。


「結論から言うと逢坂さん、私は無理だわ。部活に入っちゃったし、まだ小さい兄弟がたくさんいるからご飯作ったりしないといけないの。だから仮に選挙に受かって生徒会に入れても、生徒会の活動と部活や家のことを両立するのは無理だわ」



丹波さんが逢坂さんの提案をすっぱりと断る。



「そうよね…ごめんね。急に無茶な提案しちゃって」


「逢坂。俺も生徒会役員なんてガラじゃないから、正直気は進まない。俺って遅刻魔だし、責任感もないから生徒会役員として人の上に立つのはな…」


丹波さんの事情は仕方ないにせよ、遅刻魔は豪自身の問題な気がするが。


「わかったわ。高宮くんも、無茶なこと言ってごめんね」


逢坂さんは少し残念そうにしながらも、二人に頭を下げた。



「こっちこそ役に立てなくてすまん。だが一つ聞かせてほしい。どうして俺と千鶴を選挙に誘うんだ?」



俺も抱いていた疑問を豪が口にする。



「同じ政策目標を持つ人達で固まって出馬した方が選挙に有利だと思ったのよ。実際の国政選挙でも、異なるマニフェストを掲げる政党が乱立していると、有権者はどの党に投票するか決めづらいでしょ。そして決めかねた有権者達は既存の大衆政党、私達に当てはめると現生徒会へと票を入れる可能性が高まるわ」



「なるほどな。つまり逢坂はこの選挙を『春希たち改革派 VS 神宮寺たち保守派』っていう分かりやすい二項対立の図式にしたいってことか?」


豪が逢坂さんの意図を汲み取る。



「その通りよ。話が早くて助かるわ」



逢坂さんは豪の頭の回転に感心したようだ。すると今度は顎に手を当てた丹波さんが口を開いた。



「逢坂さんの考えに従うなら、必然的に私達のやることは見えてくる。ずばりそれは立候補者集めよ。それも出来れば一年生から集めたいわね」


「一年生から?」


俺が尋ねる。


「だって、神宮寺会長は二年生よ。おそらく二年生の大多数は現生徒会に票を入れるわ。そして三年生は受験生。つまり勉強に集中したい人が多数派だろうから、彼らが『勉強の為に恋愛を禁止する』というマニフェストに反対する理由はあまりないでしょ?」



「確かにな…。そうなると消去法で一年の中から、恋愛禁止に反対してくれる立候補者を探すしかないってわけか」



「そういうことよ、杉崎くん。だから私達がやることは立候補者締切日の四月二十三日までに、なんとか仲間を引き抜くことね」



今日は四月十四日。締切日まであと九日。それまでに最低で残り三人の立候補者を集める必要がある。



「生徒会って五人まで入れるんだろ?春希が会長で逢坂が副会長。あとの三つの役職はなんだ?」



豪が丹波さんの方を向いて尋ねる。



「残りは、会計と書記と事務ね。…豪、何か考えがありそうな顔ね」


見ると、豪は不敵な笑いを浮かべていた。



「会計をやりたいってヤツに心当たりがある。みんな、俺について来てくれないか?」



*******



俺達はカフェを出て、自転車を取りに駅まで戻った。その後自転車に乗り、豪の背中をみんなで追った。一体豪はどこに向かっているのだろうか。



小一時間ほど自転車を漕ぎ、俺達は見知らぬ山のふもとに辿り着いた。


木々が生い茂る山を前にして、豪以外のみんなは困惑に包まれていた。


「おい豪…こんなとこに何の用だよ」


道の脇に自転車を停め、なぜかストレッチを始めた豪に俺は尋ねる。



「ああ。とりあえず今から山登りを始める。みんな、準備はいいか?」



「今から散歩する」みたいなノリで山登りとか言い出しやがった、コイツ。



「ちょっと豪!なんでいきなり山なんて登る羽目になるのよ?ていうか登る前に理由を説明しなさいよ!わけわかんないわよ!」



丹波さんが豪の謎の行動に怒りをぶつける。


「言ったろ。生徒会の会計をやりたいヤツに心当たりがあるって。そいつに会いに行くんだよ」


「はぁ!?こんな山の中にいるってわけ?山賊にお金の管理なんて出来っこないでしょ!」


「お前その発言、極めて何か山賊に対する侮辱を感じるぞ?」


また勃発した夫婦喧嘩を尻目に、既に山登りを始めようとしている逢坂さんに俺は気づく。


「ちょっ!逢坂さん!一人で行くと危ないよ」


俺は慌てて逢坂さんに駆け寄った。


「大丈夫よ、杉崎くん。ほら見て。この山、道が綺麗に整備されてるし傾斜も緩やかだわ。高宮くんの言う未来の会計担当さんに会いにいきましょう」



「逢坂の言う通りだ!俺達には時間がないんだぜ?そういうことでちょっくら運動だ!」



そう言って、豪は瞬く間に山を駆け上っていった。残された俺と丹波さんは顔を見合わせ、仕方なく山賊に会うことを決めた。




スカートを履いている逢坂さんを先に行かせてしまうと、下から見上げた時にどうしても男のロマンが見えてしまうため、俺と逢坂さんと丹波さんは三人で並んで登った。


十五分ほど傾斜を上がり息が切れてきた頃、俺達はようやく山頂に到着した。



そこには豪の姿もあり、なぜか険しい表情で立ち尽くしていた。


「おい、何してんだよ?」


「ここから先は危険地帯だ。女子の二人はここで待ってろ。俺と春希で行く」



「危険地帯ってどういうことだよ」


「いいから。着いてこい、春希」


豪はのしのしと、山頂の奥に建つプレハブ小屋へと歩みを進める。


「ったく、何考えてんのよアイツ…杉崎くん、気をつけて行きなさいよ」


「なんだかよく分からないけど頑張ってね、杉崎くん」


女子達のエールを受け、俺は豪の後を追う。山頂のため吹きつけてくる風が冷たい。



ぽつんと建つプレハブ小屋に近づく。ここに誰か住んでいるのだろうか。


すると前を行く豪が「春希、避けろ!!」と叫んだ。しかし、突然のことに身体が動かず、俺は向けられた銃口の餌食となった。


「うっ……!」


やられた……と思ったが、そんなに痛みはなかった。腹部を見ると、どろりとペンキのような物体が付着していた。これは…ペイント弾?



「敵兵か!?手を挙げて止まれ!」


すると、プレハブ小屋の後ろから迷彩柄のズボンを履いて銃を構えた上半身裸の男が出て来た。


俺は慌てて空に向けて腕を真っ直ぐ挙げた。


「落ち着け司。そいつは俺のダチだ」


「ん?なんと!豪じゃないか!これは失敬」


そう言って、司と呼ばれた男は銃を下ろした。

俺は立ち上がり、豪の隣まで歩いた。


「あーあ、くらっちまったか」


「くそっ。ペンキが服にひっついちまった」


完全に服にこびり付いている。洗濯で取れるか分からないが、母さんに叱られるのは確定だ。



「いや、すまない。戦闘訓練中でな。つい撃ってしまった」


男が謝ってくる。なんなんだこの不審者は…


「紹介するぜ。こいつは俺の友達の杉崎春希。今度の生徒会役員選挙に、生徒会長として立候補するんだ」


豪が勝手に俺を紹介する。


「おー!存じ上げているぞ。あの神宮寺会長に喧嘩を売った杉崎くんか。はじめまして、俺は軍艦司(ぐんかんつかさ)だ。よろしく頼む」


「ど、どうも…」


面識ないはずの人間にも認知されるほど、俺が会長に勝負を持ちかけた話は広まっていたのか…


「春希。こいつが先日俺らにイヤホンやらトランシーバーを借してくれた例のミリタリーオタクだ」


「あー!あの時の…」


昼休憩に逢坂さんと密会した時、生徒会に見つからないようあれこれ奮闘したのを思い出す。


「あれくらいのことは全然構わんよ。それより豪、お前が俺に会いに来るなんて珍しいな。何か話でもあるのか?」


軍艦というらしい男は持っていた銃を地面に捨てた。


「おう。とりあえず一つ質問なんだが、お前今の生徒会どう思う?恋愛禁止とかいって俺達を厳しく取り締まってよ」


「うーむ。一言で言うと実にけしからんな。兵士というものは、帰る場所や守るべきもの、つまり家族や恋人がいるから戦えるものだ。戦いにおいて、時に愛は最大の力となる。恋愛禁止など、とんだ愚策だな」


「だろ?そこで司に提案があるんだがよ。今度の生徒会役員選挙に出ないか?ちょうど会計の座が余ってんだよ」


「ふむ…」


軍艦司は腕を組んで考え出した。しばらく経ち、ようやく口を開いた。


「今の生徒会を倒せば、恋愛禁止の規則も変えられる。それに、会計となれば学園の財政を管理できよう。孫子は言った。『およそ戦争とは、戦車千台、輸送車千台、兵卒十万もの大軍を動員して、千里の遠方に糧秣を送る必要がある』と。つまり戦いには金が不可欠だ。学園の金の流れを把握しておくことは、来るべき戦いに勝つ為の必要条件だな」


コイツの言う来るべき戦いとは一体なんなのだろうか…


「いいだろう。俺も選挙に出馬させてもらう」


軍艦司は期待通り快諾してくれた。


「それでこそ司だぜ。よし、あっちに女子達を待たせてるから、司も来い。挨拶してけ」


「喜んで」


豪に並んで軍艦司は歩き出した。いやお前、その前に服着ろよ…



ガールズトークに花を咲かせていた二人のもとに俺達は帰った。軍艦司の常軌を逸した格好に二人とも驚いていたが、会計に立候補する旨を聞き、逢坂さんはとても嬉しそうにしていた。



用が済んだので俺達は下山することに。軍艦司に別れ際「次期生徒会長。必ず勝利を掴もうじゃないか」と言われ、握手を交わした。




…本日の成果、「仲間が一人増えた!」

















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