第10話 結集

四月十三日、午後六時二分。


高校生として過ごす初めての週末。特に出かけることもなく昼前まで惰眠を貪り、起きてからは溜め撮りしていたドラマを一気見して過ごした。


母さんは仕事に出かけている。大体いつも七時過ぎに帰ってきてそこから夕飯だ。小腹が空いたが冷蔵庫を物色する気力が湧かないため、俺はだらしなくリビングのソファに寝そべっていた。


「あー…ダラダラ過ごしちまったな」


突如罪悪感が襲って来た。生徒会役員選挙まで残り一ヵ月しかない。無名の一年生の俺が生徒会長に当選することは、普通に考えてかなり厳しいだろう。それに相手はあの神宮寺怜子。


強敵に備えて、勝つ為の戦略をもう練っておく必要があるというのに、貴重な休日を浪費してしまった。


「考えないとな…」


俺はぽりぽりと頭を掻きながら、昨日帰り際に交わした神宮寺会長との会話を思い出していた。





「…俺を許さないってどういう意味ですか?」


「言葉通りの意味だ。音羽に近づく悪い虫は排除する。…私は、選挙とは関係なしに君を洛陽から永久追放したって構わないと思っている」


「…!?退学に追い込む、ってことですか?」


「ああ。まあ退学にするかどうかは君の出方次第だが。それに、そもそも君が私に選挙で勝てるわけがない。私を負かすと豪語しといて蓋を開けたらボロ負けでした、なんてダサい結果に耐えきれず自主退学…。私にとって最高の結末といったところかな?」


「冗談じゃねえよ、そんな結末…!」


「フッ。精々足掻くことだな。では、私はこれで失礼させてもらう」



言って、神宮寺会長は日が落ちて暗くなった道に消えていった。



…しかし、俺が逢坂さんのことを好きならば、どうして俺は神宮寺会長にとって絶対に許せない恨みの対象となるのだろうか。それだけ俺は会長に嫌われているってことか?



会長の真意が掴めず頭を抱えていると、ポケットに入れていたスマホが震え出した。


取り出して画面を見ると、豪からの着信だった。突然電話を掛けてきて何の用事だろうか。



「もしもし。どうした、豪」


「おう。少し話したいことがあってな、時間いいか?」


「別に大丈夫だぞ。なんだよ?」


すると、電話の奥から小さな子どものはしゃぎ声が聞こえてきた。豪の兄弟だろうか。


「…瑞希、優作。今電話中だから静かにしてろ」


「え?」


「いやすまん。こっちの話だ。…でな、話なんだけどよ。春希お前、生徒会長相手にあんな啖呵切っちまってどうする気だよ?」


「どうするって…とにかく俺は来月の選挙には絶対に出るぞ」


俺が答えると、電話口から呆れたような溜息がした。


「お前な、選挙に出るっていっても…。しかも生徒会長に立候補すんだろ?勝てんのかよ?」


「かなり厳しい戦いになるとは思う。だけど、やってみねえと分かんねえだろ」


「千鶴が言ってたけど、あの神宮寺とかいう女、高一の五月からずっと生徒会長やってんだぜ。つまり、先輩を差し置いて一年生にして大衆の票を獲得しちまうようなカリスマ性の持ち主だ。悪いが、春希が勝てる相手じゃない」


「だからそんなのやってみないと分かんねえだろ?男にはよ、やらなきゃいけない勝負ってもんがあるだろ!」


「チッ…春希てめぇ、中々いいこと言いやがるじゃねえか。そこまで言うなら、協力してやらないことはないぜ」


「マジか!それは助かるぜ」


やっぱり持つべきものは友達だな。


「まずは情報集めるとこからだな。千鶴がそこら辺詳しいから、後で聞いとくよ」


「ありがとう。けど一つ質問するぞ。何で丹波さんは生徒会事情にそんなに詳しいんだよ?」


思えば生徒会が一般生徒をスパイに使っている話も、丹波さんからの情報だった。


「あいつバドミントン部入ってるから、先輩とかから話聞いてんじゃねーか?」


「あー…なるほど、部活ね」


確かに部活は他学年との繋がりが増えるため、必然的に学校の事情にも詳しくなる。情報を集める上では便利だな。だが、部活に関してはあまりいい思い出がないので今のところ入るつもりはない。


「豪って、何か部活入ったか?」


「いや。俺は中学でも帰宅部だったし、高校でも入る予定はねーな」


「そうか」


逢坂さんはおそらくまだ何にも入っていないだろう。これからどこかへ入部する可能性もあるが、そこは正直分からない。ひとまず俺達の情報の仕入れ先は丹波さんで確定だな。



「豪、明日にでも会って話せるか?出来れば丹波さんも一緒に …」


俺が言いかけた時、電話の奥からガチャリとドアを開ける音がして、


「ただいまー。あー疲れたぁ」


聞き覚えのある女性の声。


「お!思ったより早かったな。春希、今ちょうど千鶴が帰って来た。タイミングいいぜ」


「は?」


千鶴が帰って来た?


「ちょっと!あんた今、杉崎くんと電話してんの?今の絶対変な勘違いされるじゃない!」


電話口から丹波さんの慌てた声がした。

…豪は一体今、どこにいるんだ?


「おい豪、お前まさか丹波さんと同棲でもしてんのか?」


「んなわけねーだろ。あのな、俺はただ…あっおい待て!スマホかえせっ…」


「うっさい!私が説明するから豪は黙ってて!」


「ねーちゃん達、なんでケンカしてんの?」


「優作もあっち行ってて!」


電話口から複数の人間の声と、ドタバタといった音が流れ込む。


「おい…どういう状況だ?」


事態が飲み込めない。もしや俺は聴いてはいけないものを聴いてしまったのだろうか。


「もしもし杉崎くん!?あんた何か勘違いしてないでしょーね?私達は別に一緒に住んでるとかじゃないから!」


「じゃ、じゃあ何で今同じ場所に…」


「私の家、まだ小さい兄弟が多いのよ。弟と妹が二人ずつ。しかも両親は共働きで家にあまりいないから、私が留守の時は近所の豪に弟達の面倒見てもらってるの。決して杉崎くんが考えてるエッチなことなんて何もないから!」


「そ、そうだったのか…」


豪はベビーシッターをやらされてたわけか。 


「おい千鶴っ、いい加減スマホ返せ…」


「だからあんたは黙ってなさいよ!あっこら…優作!健一!いたずらするなっ」


またもやドタバタと騒がしい音がして、ブツッと言って通話が切れてしまった。



「まだ話の途中だったんだが…」


突然電話をかけられ、ちょっとした修羅場に巻き込まれた上に一方的に切られてしまった…。


俺は嘆息し、冷蔵庫から烏龍茶を取り出してごくごくと喉に流し込む。豪からLINEが届いていたので確認してみると、



「悪い通話切れちまった。後でまた連絡する」



今頃丹波さんのお怒りを鎮めるのに必死なのだろう。



*******


それから俺は帰って来た母さんと夕食を食べて、風呂に入った。風呂から上がってから自室の机で学校の課題に取り組んでいるとスマホがピロンと鳴った。


確認すると、またもや豪からのLINE。明日、俺と豪と丹波さんの三人で会って話そうという内容だった。選挙に向けた戦略会議といったところだろう。



少し考えてから、俺は逢坂さんも誘うことに決めた。先日二人の共同戦線を組んだばかりだし、丹波さんが持つ情報を逢坂さんとも共有したかった。彼女にとって有益であることは間違いないからだ。



逢坂さんに明日会えないかという旨をLINEで送ると、すぐに返信が来た。特に予定はないためOKとのこと。一応豪と丹波さんも同席することを伝えた。その後豪と話し合って、第一回戦略会議の会場は駅前のカフェになった。候補として先日逢坂さんと話したファミレスもあがったが、神宮寺会長と遭遇する可能性があるためボツになった。



*******


翌日、四月十四日。日曜日の駅前はかなりの人で、学生から社会人、子どもやお年寄りまで幅広い年齢層の人間が行き来している。


俺は左腕に付けたG-SHOCKに目を落とす。

十二時五十分。集合時刻は十三時だが、かつて運動部だった俺には十分前行動が染み付いていた。


「杉崎くん」


横から俺の名を呼ぶ声がした。顔を上げる。そこには、白のカーディガンとベージュのプリーツスカートに身を包み、長い髪を後ろで一つに括ったポニーテール姿の逢坂さんの姿があった。なんとも可憐な格好である。


きれいめな服装が逢坂さんの雰囲気とぴったりマッチしているのもそうだが、初めてお目にかかるポニーテール姿になんだか俺は身体の内側から湧き上がる熱いものを感じた。


「待った?」


僅かなよどみもない、くりくりとした綺麗な瞳で俺に聞いてくる。


「いや、今来たところ。逢坂さん、なにで来た?」


「私は自転車で来たよ。杉崎くんは?」


「俺も自転車だ」


なるほど。自転車に乗る時髪を下ろしたままだと邪魔になるのかもな。それでポニーテールというわけか。


「髪、学校と違うんだな。服もだけど、すごく似合ってると思う」


俺は首の後ろに手を置きながら、素直に感想を述べた。


「そう?ふふっ、ありがとう。杉崎くんに褒めてもらえるなんて嬉しいな」


満面の笑みで逢坂さんが言う。俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。


「それにしても豪と丹波さん、遅いな」


時計の針は十三時ちょうどを指していた。


「勝手なイメージだけど高宮くんは遅刻してきそうだわ」


逢坂さんが笑いながら言う。


「そこは同感だ。あいつ、金曜日の学校も遅刻してきたしな」


豪の遅刻癖についての話題になった時、ちょうど当の本人がやって来た。横には丹波さんもいる。豪は黒のジャケットにジーパンというロックスターみたいな格好だ。あの手の服は人を選ぶが、顔も男前ですらっとした体格の豪によく似合っている。丹波さんは白のTシャツにショートパンツ、頭には黒いキャップを被っている。随分とスポーティーな格好だが、これまたよく似合っていた。


「ちょうど来たみたいね」


「だな」


二人が俺達のもとに着く。


「よっしゃあ。集合時間ぴったりに到着するなんていつ振りだろうな。いやぁ〜俺、偉い!」


「思いっきり寝坊してたくせによく言うわね。私が起こしに行かなかったら確実に寝過ごしてたでしょーが」


早速夫婦喧嘩が始まったな。


「早速夫婦喧嘩が始まったな」


「は?ちょっと杉崎くん!誰と誰が夫婦なのか教えてもらってもいいかしら?」


うっかり声に出てしまった。丹波さんが俺の胸ぐらを掴み上げる。


「ほら、向こうにいる若い夫婦!なんか喧嘩してるっぽくないか?」


慌てて誤魔化しの言葉を並べる。丹波さんは鋭い目つきを俺が言った方角に向け、


「確かにそう見えなくもないわね。それならまあいいわ」


言って、胸ぐらを掴んでいた手を離した。かなりの力だったので息苦しさが残る。


「逢坂今日はポニテか!下ろしてるのもいいけど、こっちもなかなか似合ってるぞ!」


逢坂さんの髪型の変化に気づいた豪が、屈託のない笑みで言う。


「ありがとう高宮くん。髪下ろしてると、自転車に乗る時邪魔になるから」


「なるほどな!いや〜俺わりとポニーテール萌えでよ。たまに学校でもやってくれよ〜」


「あら。私はいつも結んでるけど、私なんかのポニテじゃ物足りないのかしら?」


嫉妬(?)した丹波さんが豪の足をぐりぐりと踏みつけた。


「いででっ!いや、千鶴のポニテには毎日トキメかせてもらってます!!」


豪がそう言うと丹波さんは足を離し、「ふんっ!」と言ってそっぽを向いてしまった。


「はは…。とりあえず目的地に移動しようか」


目の前で繰り広げられるコメディに一旦俺はピリオドを打つ。


「そうしましょう。高宮君、丹波さん」


逢坂さんにならって、ようやく二人は歩き出した。




















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