第7話 宣戦布告
四月十二日、俺の高校生活三日目。
現在の時刻は十二時十五分。俺と豪は外の空気を吸いながら昼飯を食べるため、屋上に出ていた。
今どき屋上を開放している高校はかなり珍しい。洛陽学園は山の上に建っているため、屋上からは街を一望することができる。
昼飯スポットとして人気がありそうだが、今のところ俺と豪以外の生徒の姿はない。
「結局、逢坂のLINEはゲットできたのかよ?」
さっき購買で買った焼きそばパンを頬張りながら豪が聞いてくる。
「ああ。丹波さんが逢坂さんと交換してたから、なんとかもらえたよ」
昨日のうちに豪や他の男子とのLINE交換は済ませていたのだが、学校では生徒会の目があるため、女子とは1人も交換出来ていなかった。
幸い、同じ中学だった丹波さんのLINEを豪が持っていたため、豪経由で丹波さんとLINE友達になり、さらに丹波さん経由で逢坂さんとも友達になれた。
「しかし春希、中々積極的じゃねえか。さすが出会って二日の女を押し倒す男は一味違うぜ」
「だから、あれは事故なんだって言ったろ!」
「冗談だよ。そうムキになるなって。だけど、いきなり逢坂にアタックするなんて度胸あるよな。初期装備でいきなりラスボスに挑むようなもんだろ」
「…なんか勘違いしてるみたいだけど、俺は別に逢坂さんを狙ってるわけじゃないぞ?」
「春希はそのつもりかも知れんが、周りからはそうは見えないぞ?大体、入学式が終わった後も早速話しかけてたじゃねえか。あの時のお前ら、かなり目立ってたぜ」
マジか。豪にもあの場面見られてたのか。ということは俺が盛大に転んだところもコイツに見られたわけだ。思い出したら恥ずかしくなってきた。
「あれは…ちょっと確かめたいことがあったから質問してただけさ」
「何を確かめたかったんだよ。まさかスリーサイズか?このド腐れ変態野郎が」
「頼むから、俺を変態キャラとして扱うのはやめてくれないか?」
「だったら何を質問したのか教えてくれよ」
俺は一度深く息を吐いてから、口を開く。
「…あなたは俺の幼馴染ですか?って聞いたんだよ」
「…は?」
「逢坂さん、俺の幼馴染にメチャクチャ似てんだよ。初めて見た時、マジで一瞬本人と見間違えたぐらい。だから、すぐにでも確かめたかったんだ」
「へぇ、そんなことあるんだな。でも、普通幼馴染がどこの高校行ったかくらいは把握してないか?」
俺の過去にダイレクトに絡む質問。一拍置いてから口を開いた。
「いろいろあって、その幼馴染とはもう長い間会ってないんだ。だから、そいつが今何してるかも全然わからない」
俺の言葉に、豪の顔には真剣な色が灯った。
「…そうだったのか。じゃあ、昨日霧林にキレて殴りかかったのはなぜだ?あれは正直、逢坂のためにキレたようにしか見えなかったぜ」
「あれも…なんか、幼馴染がバカにされてるような感じに思えて、腹が立ったんだよ」
これは嘘ではない。だが、それだけが理由となってキレたわけでもない。中学時代、明里をイジメていたキャプテン達に何も言えなかった自分を心底嫌悪した。だからこそ、もう二度と同じ過ちは犯したくないと思った。一歩を踏み出すことの出来ない、弱い自分から卒業したかった。そんなことを思っていたから、きっと俺は先輩に殴りかかるなんて暴挙に出たんだと思う。
「春希お前、絶対その幼馴染のこと好きだったろ?」
「え?」
「なんなら、まだ好きなんじゃないか?自分では意識してないだけで。少なくとも俺にはそうとしか思えない」
…俺が、明里のことを未だに好き?
いや、ありえないだろう。確かに、昔の俺は明里が好きだった。だが、あんなことがあったせいで俺達は離れ離れになり、今じゃどこに住んでいるのかさえ知らない。そもそも、苦しんでいる明里を助けられなかった俺に、明里を好きでいる資格なんてない。
「春希、俺はお前が誰を好きでいようが気にしない。人の恋愛に首突っ込むのは俺の主義に反するからな。でもよ、自分の幼馴染と逢坂を重ね合わせるようなことはするな。叶わない恋を逢坂で埋め合わせるっていうのは違うと思うぜ」
豪は睨みつけるような視線を俺に送ってくる。
「勝手な解釈やめろよな。俺は逢坂さんを利用なんてしてないし、そもそもその幼馴染のことは好きでも何でもない」
「そうか。確かに俺の勝手な解釈だったな。気を悪くしたならすまなかったよ」
「いや別に、謝られる程でもねーよ」
「まあ、俺もさっさと彼女の一人二人作んなきゃだから、春希にかまってる暇はないんだがな!ガハハハハ!」
さっきまでのシリアスな空気を消し飛ばすように笑う豪。だが俺の頭の中では豪の言葉がずっと反芻していた。
叶わない恋を逢坂で埋め合わせる…
たしかに俺は明里と逢坂さんを重ねている節がある。だがあれほど互いに似ていればそれは仕方ないことだろう。決して、豪の言うように明里への気持ちを逢坂さんに向けて満足しているわけではない。
そんなわけはない。そんなわけは…ない、はずだ。
*******
昼休憩が終わり、午後の授業が始まった。五限は数学で、中学範囲から出題される小テストを解かされた。明らかに小テストのレベルではない難易度の問題も散見されたが、大して数学に苦手意識のない身からするとほとんど解けた。
授業の後に豪と答え合わせをしてみたところ、大体解答は一致していた。授業中居眠りをしたり先生にタメ口を聞いたりする豪が学力面では優等生である事実は、洛陽学園のレベルの高さを俺に再認識させる。
俺達が雑談をしていると、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
「なんか外が騒がしいな。見に行こうぜ」
豪が興味深々に席を立つ。俺は黙ってついて行った。
「だから俺達、委員会について話してただけなんですって!」
「そうですよ!一緒にいた時間もほんの数分なんですよ?」
騒いでいたのは男子生徒と女子生徒の二人。
必死に何かを弁解している様子だ。
揉めている相手は…
「悪いが、君が今週末にデートの約束を取り付けたところまで私達は知っている。それとも、このデートも委員会について話すためのものかね?」
洛陽学園生徒会長、神宮寺怜子。さらに生徒会副会長の霧林拓馬に、ちびっ子ツインテールもいる。
「な、なんでそれを知って…」
男子生徒が動揺する。神宮寺会長は氷のような冷たい視線を送りながら口を開く。
「私達生徒会は、この学園のことなら何でも知っている。生徒一人一人の会話の内容まで、余す事なくな。もちろん証拠だってある。今朝、玄関での君達二人の会話の録音を、今ここで流そうか?」
「録音って…どうしてそこまでするんですか?
それはあんまりじゃ…」
女子生徒が顔を真っ赤にしながら声を上げた。
「おいおい、録音までするのは流石にやり過ぎじゃないか?」
豪が俺に囁く。
「だな。プライバシーも糞もない。だけどそれって、生徒会の連中は四六時中俺たちを監視してるってことだろ?あいつらそんなに暇なの
か?」
「どうやら生徒会はスパイを使っているらしいわよ」
いつの間にか俺の隣に丹波さんがいた。
「スパイ?千鶴、詳しく説明してくれよ」
豪が首を傾けて言う。
「テストの過去問配布や、部活動予算の優遇を条件に生徒の様子を見張り、必要に応じて写真を撮ったり会話を録音してそれを生徒会に送りつける一般生徒がいるそうよ。そうしたスパイからの通報をもとに生徒会はこうして恋愛行為を取り締まっているらしいわ」
「いわゆる内部告発か」
「そうね。それにしても、中々汚い手を使う連中ね。こんな奴らがのさばってる学校だとは思わなかったわ」
眉間に皺を寄せる丹波さん。
生徒会とそのスパイの餌食となった男女二人は、生徒会室に連行されるようだ。
「お前らみたいな不届き者が、この学園の顔に泥を塗るんだ。おい、そこの傍観者達!くれぐれも校内における恋愛行為は慎むように。この2人みたいになりたくなかったらな」
霧林副会長がギャラリー達に向かって言った。ビビったみんなは教室に戻ろうとする。
すると、
「神宮寺会長!」
よく通る声が響いた。
長い髪を揺らし、ぴんと背筋を伸ばして神宮寺会長の眼前に立ったのは、逢坂さん。
「音… 逢坂。何か用か?」
また一瞬動揺した顔を見せる神宮寺会長。
「この学校の生徒会は、生徒のプライバシーを侵害するんですか?いくら学校の決まりだからって、録音までするのは明らかに度を越していると思います」
百人が聞いて百人が納得しそうな正論。
逢坂さんの質問に神宮寺会長は答えない。それを見かねたのか、霧林とツインテールが口を開いた。
「またお前か。一体何度会長に歯向かえば気が済む?そんなに俺達が気に入らないなら自主退学したらどうだ?何なら今退学届けを渡してやろうか?」
「あんたね、しつっこいのよ!この学校では私達生徒会が絶対なの!あんたみたいな女が何言っても無駄って分からない?」
…くそっ。寄ってたかって逢坂さんにボロクソ言いやがって。
俺はまたもや湧き上がる怒りを抑えることが出来なかった。
「多勢に無勢で、わけのわからない理屈こねてんじゃねーぞ!お前ら何様のつもりだよ?」
気づいたら俺は逢坂さんの隣に立ち、霧林とツインテールを睨みつけていた。
「貴様には今関係ないだろう。それともまた俺に殴りかかろうっていうのか?」
「ヒュ〜ヒュ〜。愛の救世主の登場かしら?何よあんた、この女のこと好きなのぉ?」
「杉崎くん。私は大丈夫だから…」
逢坂さんが、心配そうな眼差しを俺に向ける。
「逢坂さん、ここは俺に任せてくれないか?」
衝動的に飛び出してしまったものの、何の考えもなしに生徒会に噛みつこうとしているわけではない。昨晩出した自分なりの結論を、目の前のこの人にぶつけてみようと思っていた。
俺は、神宮寺会長と目を合わせた。
「杉崎春希くん…だったな?君も何か私に用があるのかな?」
「用も何もねーよ。これは宣戦布告だ」
「宣戦布告だと?どういう意味だ?」
俺の言葉に、神宮寺会長は眉をひそめた。霧林とツインテールも同様に顔をしかめる。
俺は深呼吸で肺に空気を取り入れ、一気に口を開いた。
「…今から一ヶ月後の前期生徒会役員選挙。俺は、生徒会長に立候補する。お前達みたいな奴らに、この学園を任せてられるか」
「…何!?貴様ごときが、生徒会長に立候補するだと?」
「あんた、マジで言ってんのぉ?ププッ。あんたなんかが怜子に勝てるわけないじゃん」
霧林とツインテールが何か言ってくるが気にしない。周りの生徒達もざわつき出すが、今の俺には何の関係もない。
真正面から挑戦状を叩きつけられた神宮寺会長は、わずかに口角を上げ、俺の目をしっかりと見据えた。
「…面白い。受けて立とうじゃないか。君について私はよく知らないが、最初に言っておこう。私は一切手加減なんてしないぞ?」
「望むところだ。こっちだって、絶対にあんたを負かしてやる。一ヶ月後、新生徒会長の座に就くのは俺だ」
俺の挑戦状は、無事受理された。
「おいおい、次の選挙面白くなりそうじゃねーか!!」
「神宮寺会長が挑戦を受けたぜ!」
「てかあの一年誰だよ?」
いつの間にか二年生や三年生にも囲まれていた。俺の宣戦布告は、ギャラリーの興奮を煽ってしまったらしい。こんな大歓声の中心に立つのは生まれて初めてだ。
「杉崎くん、本気なの…?」
逢坂さんが、俺を見つめてくる。
「ああ。やってやるよ」
昨日逢坂さんに打ち明けられたこと。恋愛禁止の規則に納得出来ないし、会長の真意も分からない。一晩考えに考え抜いた結果、俺が辿り着いた結論。それが、選挙に出て当選し、自分が生徒会に入ってしまうこと。そうすれば、「恋愛禁止」の規則も廃止することができる。
この学園を変えるには、俺が、俺達が、俺達自身の手によって今の生徒会を倒すしかない。
そして選挙に勝って生徒会を倒すことにより、本当の意味で過去との決別の時を迎えられる。
この戦いは、俺が強くなるためにやらなければいけないものなのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます