第5話 突然ですが、校舎裏来てもらっていいですか?

一限が終わり、二限との間に挟まれた小休憩。売店を見に行こうと豪に誘われ、教室を後にしようとした時。


「ちょっと豪!待ちなさいよ!」


大きな声と共に俺達のもとに駆けつけてきたのは、色素の薄い髪を後ろで束ねた、ポニーテールの女の子。


「なんだよ千鶴、騒がしいな」


豪が反応する。この二人、見た所では知り合いっぽいな。


「なんだよじゃないわよ。豪、どうして図書委員にしたの?昨日LINEした時、学園祭実行委員やるって言ってたのに…」


千鶴と呼ばれた女の子は不満気な顔を作り、豪を見上げた。


「悪い気が変わってよ。それよりさ、こいつ面白いヤツだぜ?杉崎春希っていうんだけど」


唐突に豪の腕が肩に回ってきた。こいついちいち力が強いんだよな…。先程の学級役員決め、この女の子は確か学園祭実行委員に手を挙げていた。話の流れから察するに、この子は豪と同じ委員会に入りたかったのだろうか。


「…どーも。私は丹波千鶴(たんばちづる)よ」


不機嫌そうな顔で自己紹介された。


「あ、どーも。杉崎春希です。よろしく」


なんかすっげえ威圧されてる気がする。

丹波さんちょっと怖いんだが…


「千鶴と俺は保育園からずっと一緒でよ。さっき俺が中学の時も図書委員だった話したろ?その時の相方がずっと千鶴でよ。いやぁこいつ面倒見いいからかなり助かったよ、はははは。」


無邪気に笑いながら俺に語りかける豪の側頭部に、強烈なハイキックがクリーンヒットした。


キックボクサー顔負けの蹴りを放ったのは丹波さん。豪はあっけなくノックダウンした。


「いってえなチクショウ!なんでいきなり蹴るんだよ!危うく意識飛ぶとこだったぞ?」


豪が蹴られた頭を手で押さえる。


「あんたが余計なことベラベラ喋るからでしょ!?豪の馬鹿!」


腕を組み、顔を赤くしながらキツい言葉を浴びせる丹波さん。…なるほど。なんか二人の関係性が見えてきたぞ。


「…何じろじろ見てんのよ。杉崎君も蹴られたい?」


丹波さんが蹴りの構えを向けてくる。


「いえ!そんなこと一ミリたりとも思っておりませんので、お気になさらないで下さい!」


「何その変な口調。普通にタメ語で話しなさいよね…」


またもや騒がしい人物と知り合いになってしまったことに嘆息したが、思春期の男子たるもの可愛い女の子と知り合えたのは嬉しいことだ。そんなことを考えていると、


「あの杉崎くん…。取り込み中のとこ悪いんだけど」


後ろから声をかけられた。振り返ると、そこに立っていたのは逢坂さん。


「逢坂さん!いや全然、取り込み中でも何でもないよ。どうしたの?」


逢坂さんは俺の言葉にすぐには答えず、なぜか少しもじもじしている。


「えっと…逢坂さん?」


なぜそんな態度を取られるかがわからず、若干困惑する俺。


「一瞬、耳貸して?」


「え?」


すると、逢坂さんは背伸びをして俺の耳元で囁いた。


「昼休憩、校舎裏に一人で来て。待ってるから」


「あ…うん。わかった」


あっさりと返事してしまったが、微妙に頭の整理が追いついていない。「じゃあね」と言って逢坂さんは教室に戻っていった。


昼休憩に校舎裏…… 一人で来て……

待ってるから……



もしかしてこれって…… こ、告白!!??



「おい千鶴、今の見たか?生徒会のやつらが見たら確実に激怒するんじゃねえのか?」


「そうね…。停学案件じゃないかしら。なんか見てただけの私もちょっとドキドキしたもん」


豪と丹波さんが容赦ない言葉を投げてきた。


「ち、違うって!二人ともなんか誤解してるぞ」


慌てて弁明する。


「だったらなんて言われたんだよ?」


「……昼休憩、校舎裏に一人で来いって」


「いやそれ告白されるやつじゃねーか!」


秒でツッコまれた。


「まあ確かにそう考えるのが一般的ではあるけど…告白とも限らないんじゃない?」


腕を組んだ丹波さんが冷静に意見を述べる。

すると豪は顔に真剣な色を浮かばせ、


「逢坂が春希に何を伝えようとしているのか。これは個人的にすごく気になる事だが、重要なのはそこじゃない。人目のない校舎裏で、男女が2人きりで会っている…恋愛禁止を謳う生徒会に見られりゃ一発アウトだ。そこらへんのリスク回避はどうするつもりなんだよ、春希?」


「そんなこと、俺に聞かれてもな…まあ多分大丈夫じゃないか?生徒会の連中だってゆっくり昼飯くらい食べるだろ」


「甘いぜ。あの神宮寺とかいう生徒会長、あいつはタダ者じゃない。俺の直感がそう言ってる。それにあの霧林とかいう屁理屈メガネもな。あいつ、去り際に春希のこと恨めしそうな目で見てたぜ。おそらく殴られかけた事を相当根にもってるんだろ。逢坂もかなり反抗的だったし、春希達二人は確実にマークされてる」


豪の意見を聞いた丹波さんが俺の顔を見る。


「私も豪と同意見よ。あんた達二人は完全に生徒会を敵に回しているわ。今朝の騒動に加えて、今度は二人きりで会ってるとこなんて見られでもしたら…。この学校、おそらく生徒会がかなりの権力を握っているわ。奴らの言ってることが本当ならば停学、下手すれば退学処分も十分あり得るわ」


二人の言葉をゆっくりと頭の中で消化する。


豪と丹波さんが言っていることは正しい。人目のない場所で男女が二人きりで話す光景は、生徒会ではない人間にも何か特別に映るだろう。


その上俺と逢坂さんは今朝校門前で注意され、教室でも一悶着起こしている。確実に名前と顔は覚えられただろう。


逢坂さんの呼び出しに従うのはリスクしかない。リスクしかないが…


「二人の心配は有り難いが、俺は行くぜ」


「本気か春希」 「あんた、馬鹿なの?」


豪は驚いた目、丹波さんは呆れた目をそれぞれ向けてくる。


「ああ。俺は生徒会のやつらが恋愛を禁止することに納得がいってない。何でそんな規則に縛られないといけないんだよ。そんな窮屈な高校生活は御免だぜ」


メチャクチャなルールを、「生徒会」という立場を利用して俺達に押しつけるアイツら。逢坂さんを侮辱するような言葉を軽々しく口にするアイツら。明里をイジメた挙句にその罪を俺になすりつけたバスケ部の先輩達と、やってることはそう変わらない。


つまり、生徒会に屈することはあのクズだった先輩達に屈するのと同じだ。


昔の俺は弱かったから屈してしまった。明里を守れず、自分の無罪すらも主張できなかった。


そんな過去の自分と決別するためには。強くなるためには。


生徒会の連中に従っているようじゃダメなんだ!


「春希…」


豪が俺の瞳を見つめる。それからふうっと息を吐き、


「お前がマジなんだってことはよくわかった。それだけ覚悟して臨むんなら、協力してもいいぜ」


「マジか?」


豪からの協力の申し出に驚く。


「豪まで何言ってんのよ。生徒会に見られたらどうなるか分からないのよ?危険すぎるわ。せめて放課後、学校が終わった後に会うとか…」


「それじゃダメだ」


俺は丹波さんに言った。


「な、何がダメなのよ?」


「逢坂さんは俺を試してる気がするんだ。果たして俺が来るかどうかを。俺は逢坂さんの期待を裏切りたくない」


わざわざリスクを負って俺を呼び出すなんて何か理由があるはずだ。その理由が何かは分からないが、もし俺が試されているんだとしたらそこに行かないワケにはいかない。


「千鶴、こいつは本気だ。何言ったって聞きやしねえよ」


豪が丹波さんの肩に手を置いて言った。丹波さんは嘆息して、


「最終的には杉崎くんが決めることだから、どうしてもって言うならこれ以上は止めないわ。だけど、本当に一か八かでやるつもり?何か作戦はないの?」


「それは…」


俺は口籠る。正直に言うとノープランだ。


「とびっきりの作戦を今思いついた」


すると豪がしたり顔で言った。


「言ってみなさいよ」


丹波さんが横目で豪を見る。


「要は生徒会の連中に二人の姿を見られなきゃいいわけだろ?だったら、俺と千鶴で春希たちを守ってやろうぜ」


「待てよ豪!これは俺の勝手な都合だっていうのに、丹波さんにまで迷惑かけられねーよ」


俺は豪を止めた。


「春希は黙ってな。…千鶴、頼む。一生に一度のお願いだ。こいつらのために力を貸してくれないか」


「おい!だから丹波さんに悪いって…」


豪の無茶な提案に反対する俺に、丹波さんが手の平を前に出して、「待て」のポーズを作った。


「わかったわよ。ただし、具体的にどう二人を守るのか教えてくれるかしら?」


丹波さんは嘆息しながらも、なんと護衛をする気になってくれた。


「マジでいいのか、丹波さん。迷惑じゃないのか?」


俺がそう言うと丹波さんは少し不機嫌な顔で腕を組んだ。


「あんたの覚悟を決めた顔と豪の懇願する顔を目の前で見て何もしないほど私は薄情な女じゃないわ。協力してあげようじゃないの。ただし、この借りは高くつくわよ」


「さすがは千鶴だぜ!」


豪が嬉しそうに丹波さんの肩に手を回した。


「ちょっと、いきなり触んなばかっ」


丹波さんは顔を真っ赤にして豪を引き離す。


「本当にありがとう、丹波さん。後でジュースでもアイスでも何でも奢るよ」


俺は丹波さんに頭を下げた。


「ふんっ。別に杉崎くんのためじゃないから。私が薄情なヤツと思われたら嫌なだけだし」


丹波さんはそう言ってそっぽを向いた。もしもツンデレ選手権があったら優勝間違いなしのセリフと仕草だ。


「そうと決まったら具体的な作戦内容なんだが、これは後で話すことにしていいか?少々準備がいる作戦でよ。それらが全部終わってからの方が説明しやすいんだ」


豪が俺と丹波さんを見て言った。


「了解した」 「わかったわ」


俺達は頷いた。


「豪、お前も本当にありがとう。感謝してもし切れないくらいだ」


「気にすんなよ。困った時は助け合うのが友達だろ?」


豪の臭いセリフが妙に俺の心に染みた。


「しっかしよお、入学早々逢坂みたいな可愛い子に呼び出されるなんて春希も幸せ者だな。俺もそんな青春してみたいもんだぜ」


豪が頭の後ろで腕を組みつぶやいた。


「はは。そうかもな…」


俺が適当に笑って流そうとした時、すぐ近くで強烈な殺気を感じた。



直後、丹波さんのボディブローが炸裂して、豪は本日二回目となるノックダウンを喫した。












































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