第4話 波乱のSHR

「男女交際禁止だと!?どういうことか説明してもらえませんかねぇ?」


神宮寺会長の言葉を聞いた豪が席を立ち、叫んだ。


「説明か…。要するに校内でイチャついた男女は私達生徒会に厳しく取り締まられる。場合によっては停学等の重い処分も有り得る……これで十分か?」


神宮寺会長は一貫して無表情のまま、淡々と言葉を発した。


「そーゆーことが聞きたいんじゃなくて!どういう理由で恋愛を禁止するのかが知りたいんすよ!思春期真っ盛りの俺達から恋愛を取ったら一体何が残るって言うんですか!?」


負けじと切り返す豪。すると、豪に触発されたのか、あちこちから様々なブーイングが起こり出した。


「なんだよ恋愛禁止って…俺たちアイドルでもなんでもないぞ?」


「恋愛くらい勝手にさせてよね…プライベートにそこまで入ってくるとかマジウザいんですけどぉ」


「停学はさすがにやり過ぎでしょ…」


自分とみんなの意見が一致していることが分かったことで勢いづいたのか、豪がさらに口を開く。


「俺だけじゃなくてみんな嫌がってるじゃないですか!恋愛禁止なんて意味のない決まりは今すぐ廃止すべきです!」


「そーだそーだ!」と、みんなが声を上げる。

その喧騒を打ち破るかのように、メガネの男が黒板を叩きつけた。


「お前ら…あまり会長の手を煩わせるな」


さっきまでのブーイングが一気に静まる。メガネの男は豪を睨みつけ、


「俺は生徒会副会長の霧林拓馬(きりばやしたくま)だ。お前の質問には、会長を代弁して俺が答えよう…。恋愛が禁止されている理由だったな?」


「はい。正当性のある理由じゃないとみんな納得しないっすよ?」


「ふん。感情論に走るお前らが求める正当性が何を指すかは疑問だが…。まあいい。今更知らない者はいないだろうが、わが校は全国的にもトップレベルの進学校だ。名だたる難関大学に毎年何十人もの合格者を輩出している。そしてその合格者の多くは、決して天才ではない。血の滲むような努力が実を結んだにすぎない。…ここで問題だ。彼らは一体どんな高校生活を過ごしたと思う?」


「高校一年から勉強漬け…ですかね?」


豪が答える。霧林副会長は小さく頷き、



「正解だ。当然彼らに恋愛などしている暇はなかっただろう。実際我々の調査の結果、高校三年間で恋愛にうつつを抜かした者ほどテストや模試の順位は低く、進学先も偏差値が低いことがわかった。つまり、恋愛は勉強の妨げ以外の何者でもない。お前らの本業は勉強に励むことだ。洛陽の制服を着て胸を張って外を歩けるのも、先輩方が築き上げた立派な進学実績のおかげだ。お前達が洛陽に合格した時、親や親戚がひどく喜んだろう。それは『洛陽』というブランドのおかげなのだ。それをお前達のほんのひと時の気の迷いで潰されるようなことは、断じて許容出来ない。以上だ」


…概ね霧林副会長の言っていることは正しい。

さすがの豪もすぐには返す言葉が見つからないようだ。すると今度はツインテールの女が意地悪そうな笑みを浮かべて、


「霧林に論破されちゃって、な〜んにも言い返せなくなっちゃったのかなぁ?きゃははっ」


可愛い見た目して何て憎たらしい女だ。豪の歯ぎしりが聞こえてくる。


「…そういうわけだ。いいか君達、私達はしっかりとこの学園の決まりを伝えた。『そんな規則知りませんでした』はもう一切通用しない。わかったかな?」


神宮寺会長の冷たい目が、一瞬俺の顔を見た。

これ、今朝の件絶対バレてんじゃん。


「では、私達はこれにて失礼する。他のクラスにも向かわねばならんのでな…」


神宮寺会長がそう告げ、教壇を下りようとしたその時…


「ちょっと待って下さい!」


凛とした、よく通る声が会長を呼び止めた。

声の主は、逢坂さんだった。


「お…音羽!?」


神宮寺会長が反応する。今までの無表情が完全に崩れ、動揺した顔を見せる。


「私達人間には、等しく自由があると思うんです。恋愛をするしない、勉強をするしないは最終的には個人が自由に決めることであって、誰かに強制されるものではないと思いませんか?」


毅然とした態度で反論する逢坂さん。先程は不完全燃焼に終わってしまったためか、その声には力がこもっている。


「音…いや、逢坂。個人の自由はもちろん私も認めよう。だが、それはあくまで一人きりで自立して生きていたらの話だ。私達は、学校という一つの組織に属している。そうであるなら、私達には組織のルールを守る義務があるとは思わないか?」


「はい。神宮寺会長の仰る通りです。では、その組織のルールとは誰が決めるものなのですか?大多数の意見を無視して少数の権力者、例えば生徒会が恣意的に決めるものですか?私は、それは間違っていると思います」


「恣意的ではない。私達は全員、生徒会役員選挙で民意を得て、今この場に立っている。恋愛禁止の公約を大衆は受け入れたのだ」


逢坂さんの鋭い指摘を躱した神宮寺会長に、またもや霧林副会長が加勢する。


「逢坂といったか?お前は俺達を独裁者呼ばわりするつもりか?一年の分際で生徒会にたてつき、挙句の果てには会長の名誉を踏みにじるような発言……お前今朝俺と春華が注意した奴だよな?そんなに男をたぶらかして遊びたいのなら今すぐ退学することを勧めるぞ」


…ブチッ。霧林副会長の言葉を聞いた瞬間、俺の中の何かが切れた。ガタッと席を立ち上がる。


「てめえ!言っていいことと悪いことがあるだろうが!」


身体が勝手に動き、俺は霧林に殴りかかった。クラス中がわっと騒めく。


が、拳が霧林の顔面一歩手前まで伸びたとこで、俺はガタイの良い男子生徒会役員に押さえつけられた。


「くっ…放しやがれ!」


「暴力は感心しないぜ、一年」


ものすごいパワーで押さえられ、俺は身動きがとれずただ足をバタつかせた。


「やめろお前ら!」


神宮寺会長の声が響き渡った。騒がしかった教室がシーンとなる。


危うく殴られるとこだった霧林の顔は青ざめていた。ツインテールは神宮寺会長の怒号に腰を抜かしたようにつっ立っている。


「そいつを離してやれ」


会長の指示に従い、俺を押さえ込んでいた男が手を離した。


「霧林、さっきの発言は明らかに不適切だった。後でみっちり説教してやろう。……お騒がせしてすみませんでした。先生、失礼します。」


神宮寺会長は俺達と先生に向かって一礼して、「ほら、行くぞ」と言って、生徒会役員共を引き連れて教室を出て行った。


「くそ、逃げられたか…」


俺は歯噛みした。



「先生、生きてる心地しなかったです…」


完全に存在感ゼロだった篠塚先生がため息をつきながら言った。


自分の席に戻ると、後ろから豪に「春希、かっこよかったぜ」と囁かれた。


別にかっこつけたくて殴りかかったわけじゃないんだがな…。なんとなく、逢坂さんに侮辱の言葉が投げられているのを見過ごせなかった。

嫌なデジャヴ……中学時代、イジメられている明里を目にしたような、そんな感覚がした。


クラス中から奇異の視線が俺に向けられる。くそっ、早速浮いちまったよ。高校3年間ボッチ確定のアナウンスが脳内に鳴り響いた。


*******


波乱のSHRが終わり、一限は簡単な自己紹介と前期学級役員決めだった。生活委員やら図書委員やら学園祭実行委員会やらたくさんあるが、正直どれもめんどくさそうだ。……ま、俺はパスかな。こういうのはやる気のあるやつがやるに限る。


篠塚先生(自己紹介を終えた男子生徒達が早速、「萌ちゃん」と呼び出した。篠塚先生本人もまんざらでない様子。ちなみに独身で結婚願望は多分にあるらしい)が、各委員会の役割を説明する。適当に話を聞き流しながら、俺はぼんやり窓の外を眺めた。


「春希、どこか入る予定あるか?」


後ろから豪が聞いてきた。


「ん…特にないけど」


「だったら、図書委員やらね?俺もやるからさ。ほら、ちょうど一クラス二人ずつだし」


「図書委員って…俺は別に構わんが、なんで図書委員なんだよ。お前明らかにそういうキャラじゃねーだろ」


「ふふっ。こう見えて俺は読書家なんだよ。中学でも三年間図書委員だったんだぜ。」


「悪い、めちゃくちゃ意外だわ。お前って、なんていうか、スポーツとか好きでそのことばっか考えてそうに見えるのにな」


「どういうことだよ俺がスポーツ以外からっきしの脳筋だって言いたいのかこの野郎!」


豪が椅子から身を乗り出し、ヘッドロックをかけてきた。


「痛いって!やっぱお前脳筋じゃねーか!」


「うるせー!あとな、その『お前』ってムカつくからやめろ。折角友達なのに名前で呼び合えないなんて悲しくて泣いちゃうよ俺」


「わかったよ!離せ豪!痛いから!」


俺が叫ぶと、ようやく解放してくれた。

全くコイツは。…しかし俺達の関係を、単なる席が近いだけの仲ではなく、友達として認識してくれていたのは正直嬉しかった。高宮豪…なかなか曲者な男だが、悪いやつじゃないことだけはよく分かった。






















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