第3話 校内自由恋愛は禁止です!

高校生活二日目の朝、学ランに身を包んだ俺は頂上に洛陽学園がそびえ立つ長い坂を登っていた。なんで学校とかってこうも坂の上に建てるものかねぇ…。通学の際の利便というものを考えて平地に建ててくれよ…


約二年間の引きこもり生活のおかげですっかり体力のなくなった俺が長い傾斜に悪戦苦闘していると、前方に長いダークブラウンの髪の美少女、逢坂音羽の姿が見えた。今まで重たかった足取りが一気に軽くなり、俺はすぐに逢坂さんに追いついた。


「おはよ、逢坂さん」


「おはよう、杉崎くん。結構早いんだね」


「そうかな?まあ二日目でいきなり遅刻なんてのも嫌だしな」


「それもそうね。早く来るのに越したことはないわ。…ん?ねぇ見て、校門の前で誰かが怒られてるみたい」


逢坂さんに言われ、顔を上げて前方を見る。確かに男女の生徒が、腕章を付けた背の低い女子生徒と背の高いメガネをかけた男子生徒に何か注意されている。


「なんだろうな。風紀委員とかがやる服装チェックかなんかに引っかかったとか?」


「分からないわ。でも、腕章には風紀委員ではなくて生徒会と書いてあるわ」


漫画の読み過ぎで最近視力が落ち気味の俺には腕章に書いてある文字までは見えなかった。しかし、この学校はわざわざ生徒会が服装指導なんぞそんな面倒な事をやるのか…


特に着崩しているわけでもないため、完全に他人事だと思って校門を通ろうとした時、


「ちょっとあんた達!誰に断って男女で並んで歩いてんのよ?名前、学年、クラス、出席番号を言いなさい」


背の低い女子生徒がこちらに向かってそう言ってきた。んん?なんで俺達は呼び止められてるんだ?


「あの…俺達、なんか服装おかしいですか?」


俺の質問に対して、背の低い女子生徒が、左右の髪をリボンで結んだツインテールを揺らして叫んだ。


「私の言葉聞いてた!?なんであんた達は仲良さげに並んで歩いてるのよって言ってんの!服装の話なんて誰もしてないわよ、バカ!」


「バ…バカ?」


飛んできた暴言に、一瞬たじろぐ。


「あの、ただ並んで歩いてることの何がいけないんでしょうか?」


隣から逢坂さんが至極当然な疑問をぶつける。


「いけないに決まってるじゃないの!この学校では恋愛は固く禁じられているのよ!男女が仲良く並んでいたらそれはもう恋愛行為じゃない!あんた達、自分の通っている高校のルールも把握してないとか、今まで何して生きてきたのよ?」


……れ、恋愛禁止!? なんだそれは?


「落ち着け春華。おそらくこいつらは一年生だ。昨日洛陽に入学したてのな。」


もう一人の背の高いメガネの男が、春華というらしい女子生徒を宥める。そして俺達を見てメガネを指でくいっと上げ、


「お前ら、知らなかったのなら今ここで頭に叩き込め。悪いが、校内における男女交際および男女交際に該当するとみなされる一切の行為は、この洛陽学園生徒会が固く禁じている。入学二日目でルールを知らなかったという事情も配慮し、この場では見逃そう。ただし、今度見つけたらタダでは帰さんぞ。場合によっては停学等の処分も有り得ることを覚悟しておけ。」


レンズの奥の瞳から、強烈な視線がつき放たれる。言葉遣い自体は丁寧だが、節々に有無を言わせぬ迫力を感じさせる。


「納得できません。どうして恋愛を禁じられないといけないのでしょうか」


俺は一瞬驚いて隣を見る。毅然とした態度で逢坂さんは男の顔を見つめていた。


「お前が納得しようがしまいがこれは規則だ。一般生徒に拒否権はない」


「私の質問に答えて下さい。なぜ生徒会は恋愛を禁ずるのですか?」


「この場で答えてもいいが、いずれその理由は知ることになる。生徒会長自身の口からな」


「生徒会長…!?」


逢坂さんはその言葉になぜか動揺した。


「いい加減あんたたち離れなさいよ!洛陽に入学した以上、私達生徒会に従ってもらうわ。嫌なら今から生徒会室に行ってゆっくり話でもしましょうか?あんた達の処分について」


ツインテールがまくし立てる。俺は反抗するには不利な状況と見て、逢坂さんに声をかけた。


「逢坂さん、とりあえず今は従おう。ここは人目も多いし、抗議は後で生徒会長に直接やった方がいい」


「でも…っ!」


「男子生徒の言う通りだ。二人散り散りになって教室に上がれ。反論は後で聞こう」


メガネの男が鋭い眼光を光らせ言った。


「…わかったわ。杉崎くん、先に行ってるね」


「ああ」


逢坂さんは小走りで玄関に向かった。


俺が一人になると、生徒会の二人はすぐに他の生徒の見張りを始めた。


まさか恋愛禁止の高校だったとは…

せっかくかつて好きだった幼馴染と瓜二つの女の子に出会えたのに、思わぬ壁が立ちはだかった。


だが、この壁は神様が俺に与えた試練なのかもしれない。


強くなりたくば自分の力で越えてみせろ、と。





******


教室に上がり、自分の席に向かう。早めに家を出たにも関わらず、坂道で汗を流したり校門前で生徒会の連中に呼び止められたりしたせいで始業時間ギリギリになってしまった。


すでにHPが半分ほど減った気がする……

どっと疲れた身体を椅子におろそうとするも、俺のものであるはずの席には、気持ちの良いイビキをかいて寝ている見知らぬ男子生徒の姿があった。


…席を間違えたのか?それとも入学二日目にしてイジメの対象にでもされたのか?だったら笑い事では済まされない。とりあえずこいつを起こすことに決めた俺は、男子生徒の肩を叩いた。


「おい、ここは俺の席だぞ」


…反応なし。微動だにせずイビキをかき続けて

いる。もう一度、今度は若干強めに肩を叩いて声をかけるも一向に目を覚ます素振りはない。


…だんだんイライラしてきたな。大体なんで勝手に人の席で爆睡してる奴に俺が気を使ってやらなければいかんのだ。お前は俺を怒らせた。


今度は思いっきり耳たぶを引っ張ってやった。


「おい!いい加減起きろ!ここは俺の席だ!」


「いてててて!!離せっ!耳がちぎれる!」


三度目の正直。やっと目を覚ました男子生徒は痛みに耐えかね椅子から立ち上がった。耳たぶを離してやると、突っ伏して寝ていたせいで少し赤い跡がついてしまった顔をしかめ、


「お前よお、起こし方ってもんがあるだろ… 」


「最初は優しく起こしたさ。でもお前完全に爆睡して起きなかったから」


「俺は一旦寝ると隣で爆発音がしたって起きねぇからな。しかし、直接身体に痛みを加えて起こすとは、お袋と手法が一緒だぜ」


「そんなことより、とっとと自分の席に向かえよ。もうすぐ始業チャイムが鳴るぜ」


「おっとっと、もうそんな時間かよ。えーと、俺の出席番号は十八だから…あ、確かに一個間違えてたわ!すまんすまん!」


ゲラゲラ笑いながら席に着いた男。なるほど。俺の出席番号は十七。こいつは自分の席と一つ前の俺の席を勘違いしてたのか。


「お前さ、名前なんつーの?」


男が俺に尋ねた。


「俺は杉崎春希だ。…お前は?」


「よくぞ聞いてくれた。俺は高宮豪(たかみやごう)ってんだ。まあ中学からの友達には豪ちゃんって呼ばれてるから春希もそう呼んでくれよ」


豪ちゃん…?初対面でそれは随分呼びづらい。

というかこいつ今俺のこと下の名前で呼んだよな?自然すぎて普通にスルーしそうだった…


「『ちゃん』付けはなんか言いづらいから、普通に『豪』と呼ばせてもらう」


「そうか?まあ好きにしろよ。おっ、先生が来たみたいだぜ」


始業チャイムと同時に、昨日ぶりに見る担任教師が入ってきた。朝のSHRだ。俺達の担任となるのは篠塚萌(しのづかもえ)という若い女性の先生。


「はい、みなさんおはようございます!昨日は入学式だけでしたけど、早速今日から授業が始まっていくので、ほどほどに気を引き締めていきましょー!」


ゆるふわ系というか、見てて癒されるタイプの女性だな。男子生徒に人気が出そうだ。後ろから高宮豪が、「俺、嫁にもらっちゃおうかなぁ」と呟いた。ガチトーンのせいで余計に気持ち悪い。


「はい、今日の時間割は今言った通りでーす。

最後に、生徒会の先輩方から入学したてホヤホヤの一年生にご挨拶がありまーす。では、生徒会のみなさーん、入って来てくださあい。」


せ、生徒会!?今朝の奴らか…?窓側の席を見ると、逢坂さんと目があった。


ガラガラッ!勢いよく教室の扉を開けて入って来たのは、透き通ってしまいそうな色白の肌に艶のある黒髪セミロング、すらっと長い足にスパッツを履いた、まさに「美人」と呼ぶにふさわしい女子生徒。続いて、今朝俺と逢坂さんに粉をかけてきたメガネの男子生徒と背の低いツインテールの女子生徒。さらにその後には制服の上からでもその体格の良さが分かる短髪の男子生徒に、おしとやかな雰囲気を身に纏った茶髪の女子生徒。


なんというか、華やかではあるがピリピリと張り詰めた緊張も同時に感じさせる、圧倒的なオーラを放つ集団である。ごくり、と唾を飲み込む音がどこかから聞こえた。


一番最初に入ってきた美人女子生徒が教壇に立った。その両隣にはそれぞれメガネ、ツインテール、さらにその両隣には残り二人が並ぶ。


「はじめまして。洛陽学園生徒会長の、神宮寺怜子(じんぐうじれいこ)だ。まずは君達、入学おめでとう」


神宮寺会長は無表情のまま差し障りない挨拶を述べた。しかしその声色はどこか冷たく、一瞬の聞き逃しも許さないような気迫がある。


「今日、私達生徒会は朝のHRの時間をもらい、全四クラスある一年生の教室を一軒一軒まわらせてもらっている。それは、これから洛陽学園で学生生活を送る君達が、遵守しなければならないわが学園の規則があるからだ。私達は今日その規則を君達に伝えにきた」


「規則?なんだそりゃ?春希、お前知ってるか?」


高宮豪がささやいた。


「なんとなく…な。多分あまり好ましくない

ルールだ」


「好ましくない?一体どんなルールだ?」


「聞いてりゃわかるよ」


俺は教壇に立つ生徒会メンバーを見た。


神宮寺会長が口を開く。



「この学園では、校内における男女交際および男女交際に該当するとみなされる一切の行為は、全面的に禁止されている」






















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