第2話 出逢ったのは…
「明里……?」
右隣の女子生徒がハッとしたようにこちらを向く。どうやら俺の衝撃は声となって漏れ出てしまったらしい。
「あっ、いえ、その…」
俺はしどろもどろになる。長いまつ毛に縁取られた綺麗な瞳と俺の瞳が交錯する。
すると、その女子生徒は俺にぺこりと頭を下げてすぐに前に向き直ってしまった。
うわ……ガチでやらかしたわ。
絶対キモい奴だと思われた。初対面なのにまじまじと見つめてきた挙句にいきなり知らない女の名前を口に出すような男、変質者以外の何者でもないじゃん。ああ、なんでこう上手くいかないんだろう。まさかいきなりキモ男デビューを飾ってしまうとは…
……それにしてもこの右隣の子、本当に明里にそっくりだ。正直マジで本人なんじゃないかという疑念が捨てきれない。でも、もし明里だったら、こんな塩対応は絶対にしない。ぱあっと目を見開いて、「久しぶり!春希、元気にしてた?」「春希も洛陽だったんだね!」と、何の屈託もなく話しかけてくれるに違いない。
確かに明里との関係は後味の悪いまま終わってしまったが、それを踏まえてもなお、明里なら笑顔で俺に向き合ってくれるのではという自信というか自惚れというか勝手な期待があった。
「これより、第九十九回私立洛陽学園、入学式を始めます」
ごちゃごちゃと考えを巡らせていると、ついに開式の言葉が体育館に響いた。
「新入生、起立!」
ガタッと椅子を鳴らし、学ランとセーラー服に身を包んだ新入生が一斉に立ち上がる。これから始まる俺の高校生活と、隣に座る明里似の女子の存在に俺の心拍数は最高潮に達していた。
*******
入学式が終わり、新入生は各自の教室へ移動することに。ショートホームルームがあるらしい。SHR、懐かしい言葉だ。保護者の方は、引き続き体育館で行われる説明会に出席する必要があるらしい。
おそらく同じ中学からの友達なのだろう。周囲の生徒達は早速仲良さげに群をなして、次々と体育館を出ていく。俺のいた中学からは洛陽へ進学する生徒は俺を除き一人もいないとの情報を頼りにこの高校を選んだので、当然顔見知りなどいるはずもない。
自分の高校生活への漠然とした危機感を募らせる俺の目に、先ほどの明里似の女子の姿が映った。
誰と話すでもなく一人で歩く彼女は、その他大勢の生徒とは明らかに違って見えた。その美貌もさることながら、育ちの良さを感じさせるような気品に満ち溢れていて、周囲の生徒、とくに男子生徒からの視線を浴びている。
……俺は覚悟を決めた。もう一度彼女に話しかける。明里本人なのかどうか、彼女の口から聞きたかった。正直、あんな美少女に入学初日から話しかけにいくなんて俺のやる事ではない。周りからの反感や好奇の目も気になる。だけど、ここで逃げればまた同じ過ちを繰り返してしまう。勇気を出して行動することこそ、強くなるための第一歩だ。
「ちょ、ちょっと待って!」
先を行く彼女の背中に呼びかけた。足を止め、くるりとこちらを振り向く彼女。俺は彼女の瞳を真っ直ぐと見つめた。
「あなたは…草薙明里ですか?」
ド直球とはまさにこのこと。一瞬驚いたような表情を見せた彼女だったが、その瞳に真剣さを宿すと同時に口を開いた。
「私は、逢坂です。逢坂音羽(おうさかおとは)。
あなたの言う、『草薙明里』という方のことは知りません。人違いです」
明里にそっくりな女子は、甘い感じの明里の声とは違い、凛とした、綺麗な声だった。
「人違い…でしたか。すみません。本当にそっくりだったからマジで本人かと思って。えっと俺、杉崎春希っていいます。あの…えと…」
自分と同年代の人間と話すのが久々すぎて、うまく言葉が出てこねぇ…と思った矢先に足がもつれてしまい、俺は思いっきりすっ転んだ。
周りの生徒の視線が一斉に俺に集まる。尻もちをついた俺は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
「クソッ…痛ってぇ…」
そんな俺を見た逢坂さんは少し屈んで、
「大丈夫?手、貸そうか」
と言って、俺に手を伸ばしてくれた。
俺はその柔らかな手を掴んだ。すると脳裏に一瞬、かつて明里と手を繋いで歩いた記憶が蘇った。
「すみません……いや、ありがとう」
「いえいえ。怪我はない?」
逢坂さんに手を取られ立ち上がる。これでは立場が逆ではないか。普通、男の方が手を差し伸べるものなのに…
俺はぽりぽりと頭をかき、逢坂さんを見る。
本当に明里によく似ている。長くて綺麗な髪と端正な顔立ち。すらっとしててスタイルもいい。転んだ俺を起こしてくれる優しい性格までそっくりだ。だけど、この子が明里じゃないことはたった今はっきりした。
「どうしたの?私の顔、なんかついてる?」
俺の視線を気にした逢坂さんが頬に手を当てた。その仕草になぜかドキッとしてしまった俺は慌てて、
「な、なんにも!俺、先に教室上がるから!」
と言って、体育館を出て右手の廊下に走り出す。
「杉崎くん、そっち玄関だよ?」
「え?」
そういや、教室に上がる階段は左廊下の突き当たりだった…
「なんだか危なっかしいわね。私と一緒に行く?」
逢坂さんは呆れ半分といった顔で言った。
「あ、ああ…」
流れ的に断われず、つい頷いてしまった。逢坂さんは少しだけ口元を緩めて、
「じゃ、いこっか」
と言って左方向に歩き出した。俺は慌てて彼女の背中を追う。
「出会ったばかりの人にこんなこと聞くの失礼だとは思うのだけれど、杉崎くんと明里さんはどういう関係だったの?」
並んで歩き出すとすぐに、ド直球の質問を投げられた。
「まあ、いわゆる幼馴染かな。いろいろあって今どうしてるかは全然知らないけど…」
「…そうなんだ。私、そんなに明里さんと似てるの?」
「ああ。長くて綺麗な黒髪とか、ぱっちりした瞳とか、整った顔立ちとか、スタイルいいとことか。おまけに俺みたいな奴の世話してくれる面倒見がいいとこまでそっくりだな」
「大体分かったからもういいよ、杉崎くん」
逢坂さんの顔が少し赤くなっていた。
「あ!ご、ごめん…なんか変なこと言っちゃったな…ほんとに、気を悪くしたならごめん」
俺は慌てて頭を下げた。
「ううん、大丈夫だからそんなに謝らないで。
…もしかして、杉崎くんって明里さんのこと好きだったりした?」
「え?なな、なんで!?」
いきなり図星を突かれ、思い切り動揺してしまう。
「なんとなく聞いてれば分かるよ。すごい一生懸命な目で話してるから」
「え、俺、そんなに一生懸命な感じだった?」
「うん。自分で分かってないあたり、図星っ
ぽいね」
ふふっ、と逢坂さんが笑う。俺、そんな風に見えてたのか。やっぱり自分のことって分かってるようで意外とそうでもないんだな。
しかし、明里とそっくりな子と明里の話をしていると何だか変な錯覚に陥りそうになるな…
そうこう話しているうちにすっかり階段を上り切った俺達は四階に着いた。
一年生の教室は最上階である四階にあるわけだが、二年三年と学年が上がるごとに三階、二階と階層が下がる、実に年功序列的なシステムが導入されている。
俺と逢坂さんが所属するクラスは一年四組だ。前方から一組、二組と教室が続いているため四組は廊下の一番奥に位置する。
「なんか緊張してきたね」
「俺は入学式から緊張しっぱなしだったから、だんだん慣れてきたかも」
「そうなんだ。杉崎くんって、緊張しやすいタイプ?」
「そうだな…。俺は人として弱いからその分人一倍緊張しやすいんじゃないかな」
「弱いってどういうこと?」
「説明するのが難しいけど…勇気が出ないというか、あと一歩が踏み出せないんだよ」
俺の言葉を聞いた逢坂さんは意外そうな顔をして、
「私には、杉崎くんがそんな気弱な人には見えないけどな。むしろ行動力に溢れてる人に見えるよ。さっきだってたくさん人がいたのに私に話しかけてきたし」
「あれは…なんていうか、勇気を出して話しかけないと男としてダメだって思ったから」
「ふふ、なにそれ」
逢坂さんが口元を手で押さえて笑う。その笑った顔が明里を彷彿とさせて、俺はいたたまれなくなった。
明里のこんなふうに笑う顔を守れなかったのは俺だ。そんな俺を目の前にして、明里そっくりの逢坂さんは楽しそうに笑う。ふと、罪悪感に近い感情が俺の心に渦巻いた。
逢坂音羽。突然出逢ったこの女の子と、俺は一体どう関わっていけばいいのだろう。正直、好きだった明里と目の前の逢坂さんを重ねずにはいられない。
「?杉崎くんどうしたの、ボーっとして」
逢坂さんが上目遣いに俺の顔を見てきた。思わずドキッとする。
「い、いやっ!何でもないよ。ちょっと考え事。はは…」
額に汗を滲ませて、俺は答えた。
「ねえ杉崎くん」
「なんだ?」
「クラスも一緒だし、友達にならない?」
「そりゃもちろんだ。逢坂さんと友達になれるなんて光栄だよ」
「…それは、私が明里さんと似てるから?」
逢坂さんが少しだけ悲しそうな顔で言った。
「い、いや違うよ!明里は関係ない。俺は純粋に逢坂さんと仲良くなりたいだけだよ」
慌てて弁解する。実際のところ少し嘘も混ざっていた。だが、こんな美少女と仲良くなれるのは嬉しいことこの上ない。
「どうかな〜?」
逢坂さんは怪しむような顔を上に向けた。
こうして入学初日、俺は幼馴染似の美少女、逢坂音羽と知り合った。
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