(8)

 冷凍睡眠から目覚めた人間が、完全人間計画のきっかけとなった。


 その人間の名はデイル・トミントン。


 女性で、目覚めた時の年齢は十五歳。戦争が起きる前の世界では、彼女は有数の大富豪の娘だったのだ。


 彼女を保護してから不可解な現象が周囲の人間にもたらされた。


 それは、彼女の言う通りの行動をとってしまうものだった。誰も彼女に逆らえず、ただ言われるがままに従った。


 大富豪の権威も戦争前のこと。今の時代では、彼女は一介の人間に過ぎず、命令を聞く意味もメリットもなかった。


 ところが、彼女が病気を発症してしまい治療としてナノマシンを投与されたところ、彼女の病気は治ったが、それを機に周囲の人々は彼女に従わなくなった。


 この事例を元に調査・研究が行われた。


 彼女の生体データを徹底的に調べ上げた結果、その要因はナノマシンにあったとしか言えなかった。


 ナノマシンを身体の中に取り込んでいない時の彼女の声には、ある波長が発せられていた。この“波長”が、彼女の命令のままに従ってしまう要因であった。


 波長を感じ取ったナノマシンは共鳴を起こしており、それが脳などの神経に作用していた。言うならば、リモートコントロール(遠隔操作)と同じようなものであろう。


 ナノマシンを取り込んだ後、その波長は消え、我々と同じ波長が身体の中で発生していたのだった。



 ここで一つの憶測が生まれた。


――ナノマシンを体内に取り入れていない人間……純粋なる人間は、ナノマシンを体内に採り入れた人間を思いのままに操れる――


 では、何故そんなことが起こり得てしまうのか?



 調査していた時に“ロボット工学三原則”というものを知った。


 遥か昔の作家が提唱したもので、この原則を要約すれば、ロボットは人間の命令に従い、ロボットは人間を傷つけてはいけない。そして、ロボットは自己の身を守る。



 ナノマシンは機械である。その機械を取り込んだ人間は、人間ではなくなってしまったのではないかと……つまり“ナノマシンを取り込んだ人間はロボット”になってしまったと言える。


 今、流通している全てのナノマシンの根本にある技術システムは、アーイン・ボルスが造り上げたものである。もしかしたら、アーインがナノマシンに、この原則システムみたいなものを採用したのかもしれない。



 しかし、“ロボットに自己を守る”というのは必要なかったのか、自己の身を守るというものが適用されてはいなかった。人間の命令が、もっとも優先されるようになっている。それが、自己の身を傷つけたとしても。



 確証を得るためにデイル・トミントンの体内に入っている全てのナノマシンを除去し、再度検証が試みられ、結果裏付けが取れたのであった。


 しかし、その代償に栄えある完全人間第一号となったデイルだが、ナノマシンを除去してから一週間経った後に疾病の合併症を引き起こし、息を引き取ってしまった。


 それから、ナノマシンが体内に取り込まれていない人間を“完全人間”と呼ぶようになり、重要視され、重宝されるようになった。特に権力者たちから。


 理由は言わずもがな。完全人間を手中に収めれば、ナノマシンが蔓延してしまった人間世界を簡単に支配することが出来るからだ。


 だからこそ、完全人間の有効性を知った権力者は、第二となる完全人間を探すのに躍起になった。



 だが、完全人間……デイルのように冷凍睡眠された人間はなかなか発見されず、発見されたとしても施設や装置などが壊れていて、素体は廃物となっていることがほとんどであった。


 そこで、冷凍睡眠された人間を見つけるよりも、完全人間自体を作り出した方が良いという考えが生まれて研究も行われたが、既に体内に宿しているナノマシンを人間から除去したとしても、完全人間が発している波長が検出されなかった。そしてナノマシンが除去された人間は、デイルと同じ末路を辿ったのである。



 また、完全人間計画とは別に、ナノマシンを利用した服従コントロールの研究も行われたが、実現困難であり、精神を崩壊するものが大半だった。稀ではあるが、精神崩壊せずに平常を保っている人間を作り出せたが、**人間らしさ**が欠落してしまい、命令は聞くかもしれないが、命令なしではどうすることもできなくなってしまっていた。


 実験体ナンバー、NA―I……コードネーム“ナイツ”が、それに該当する。



 その研究の派生で完全人間の電波を強化できるCOM電波を開発できたのは良かったが、肝心の完全人間が見つからなければ、無意味だった。



 完全人間計画が暗礁に乗り上がっていた時、SE78年にティア・グランハートが発見された。


 ティア・グランハートは、完璧に保たれていた完全人間であった。幸運にも、ティアは冷凍睡眠による障害で記憶を喪失していた。


 我々にとって都合の良い記憶、我々が欠かせないと印象をティアに与えておけば、ティアは我々の言葉を素直に聞く人形になる。



 はずだったのだが―――

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