(6)


「な、なんだ……。あ、あれ……?」



 どれだけ指に力を入れても引き金を引くことが出来なかった。

 引き金が錆びていて硬く引けない訳ではない、指が動かないのだ。



「おいおい、何チンタラやってるんだよ?」



「ゆ、指が動かないんだ……」



「あん? 何言ってるんだか……っん?」



 他の男たちも引き金に指をかけるが、同様に動かすことが出来なかった。



「ど、どうなってやがる?」



 戸惑う男たち。

 その光景をモニターで観ているデンジャーは、うっすらと笑みを浮かべていた。


 銃を撃てない中、一人の男がティアの方へと駆け出して行き、手にした斧を振り上げた。


 ティアは思わず目を閉じ、身構えるものの……何も起きない。


 恐る恐るまぶたを開くとケースの向こう側で、男は勢いをつけて振り下ろそうとしていた斧を頭上高く上げたままだった。



「ど、どうなってるんだ、身体が動かない……。おい! どうなってやがる! 俺たちに何をしやがった!」



 自分たちをここに呼んだ姿を見せない責任者に対して声が荒ぶる。だが、博士は差し置いてデンジャーに現状の光景について伺う。



「如何ですかな、デンジャー様」



「ここまで実証されるとはな。見ろ、荒くれ者たちがティアに傷つけることも出来んとは……」



「ええ、ここまでとは思いませんでしたが、先の実証例は確かだったということですね」



「皮肉なものだな。今ではもっともか弱き生命体である人間が、我ら人間の頂点に立てるのだから……」



 デンジャーは小気味な表情を浮かべつつ呟いた。


 実験は一定の結果を示すことができたので、締めくくろうとしたが、



「さてデンジャー様。本実験はこれまでに……」



「いや。続けて次の実験も行え」





 唐突の命令に戸惑う博士。



「しかし、次のシークエンスは少々過激でして……。幼いティア様には刺激が……」



 しかし、デンジャーは睨みを効かせて、大きな声で粗雑に言い放つ。



「いいから、ヤレと言っているだろう! ここでのボスは誰だ? 私だ! デンジャー・トーギスだ!」



「……はっ、かしこまりました」



 博士は出来る限り平常を装うものの、自然と渋い表情が浮かんでしまった。しかし、すぐにデンジャーに背中を見せて、マイクへと口を向けた。



『ティア様、聞こえますか?』



 ガラスケースの中で縮こまっているティア。博士の声が聞こえると、ふと顔を上げたが目の前に男が立ちはだかっており、また顔を伏せてしまった。



「博士……まだなの? まだ終らないの?」



 涙混じりの声で呟いた。その声に博士だけではなく、他のメンバーたちの心を揺らした。指示された内容が凄惨だと知っていたが、ボスであるデンジャーが睨みを利かせており、完全人間とは別の権力により逆らえない。気持ちを押し込めるしか出来なかった。



『ティア様……これから、私が言うことを口に出して言ってください』



「え? な、なんで? そんなことより、ここから早く出してよ! 私……ここ、イヤだよ……」



『私が言うことを言ってくだされば、すぐに終わります』



「……本当?」



『はい』



「……わかった……」



『ありがとうございます。それでは、今から言うことを言ってください。では……』



 博士は、ゆっくりと明瞭に言葉を伝える。


 ティアは検査を早く終わらせたいがために、深く考えることもなく博士の言葉を口にした。



『そのてに、もっている、じゅうを、じぶんにむけて』



 ティアの声が地下場のみに響いた。



「なんだ、この声は?」



「おかしな事を言いやがっ……」



 突然、聴こえてくる少女の声と内容に男たちは気に留めつつ、自然と手にしていた銃の銃口を自分たちに向けたのである。



「な、なんだ……手が勝手に……」



 無意識の行動だった。


 続けてティアは言葉を口にする。



『ひきがねを、ひけ』



 その言葉が広場に響くと共に、乾いた軽い音が響いたのである。


 銃声だった。


 男たちは躊躇無く、自身が手に持っている銃の引き金を引いたのだ。自分に向けて。



 銃撃を受けた男たちは、その場に倒れ、ピクリとも動かない。やがて男の周辺に赤い水たまりが湧きだした。


 その光景を見たティアは、呆然としていた。


 今、自分の目の前で繰り広げられた光景が理解出来なかった。



 どうして、倒れたのだろう?


 どうして、自分の銃で自分を撃ったのだろう?


 どうして、動かないのだろう?


 どうして、赤い水たまりが……。



 それが血だと気付いた時、ティアは悲鳴をあげた。



 ティアの声は、博士たちがいる室内には聞こえてはいないが、モニターにはティアの悲痛な顔が映し出されている。


 それを見たナイツは咄嗟に身体が動き、目の前にある窓ガラスを叩き割り、そこから飛び降りてティアの元へと駆け出したのだった。



「……チッ」



 ナイツの勝手な行動にデンジャーは舌打ちをし、機嫌を害してしまった。



「博士、今回の実験をレポートにまとめておけ」



 そう言うとデンジャーは席を立ち、その場を後にした。


 博士はデンジャーを見送った後、モニターに映るティアとナイツに視線を向けると、そこには、ナイツがガラスケースに入っているティアを守るように立っていた。



 “完全人間計画”のプロト実験は成功だった。


 だが、デンジャーは大きな失敗をしてしまった。



 この一件以降、衝撃的なシーンを目の当たりにしたティアは、心を閉ざしてしまったのである。


 ティアはデンジャーたちとは一切口を開かなくなったのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る