(3)

 甘い誘いには必ず“裏”がある。


 デンジャーがナイツたち……身寄りのない子供たちを求めたのは、都合のいい“実験体”が欲しかったのである。


 改造人間としての素体が―――


 確かに最初の頃は暖かな食事や適度に仕事を与えてくれた。そしてほどなく、ナイツたちは本来の目的に利用されるようになった。


 ある日、栄養補給という口実で一本の注射を打たれると、ナイツは記憶を失った。


 自分が何者なのか、名前すらも喪失したのである。それは博士たちに言われるがままの人形に化したことを意味した。


 ナイツに注入されたのは栄養剤ではなく“ナノマシン”だった。


 ナノマシンが脳にある記憶や空間学習能力に関わる海馬などを破壊し、その代わりにナノマシンが代替作用しているのである。 様々なナノマシンが注入され、ナイツの身体に影響を与えた。やがて、身体にも直接手を加えられる……つまり改造された。


 ナノマシンは改造に身体が耐えられるように、または改造した身体を順応させるために注入したものであった。何度も改造され、ナイツの身体の八割ほど様々な機械が組み込まれてしまい、中身はもはや人間とは言えない身体になっていた。


 ただ、人体にナノマシンを注入し身体を改造するのは、珍しいことではない。この世界にとっては、それが普通なのである。酷く汚れた世界にとっては。


 他のメンバーもナイツと同様に改造を施されたが、ある者は改造に耐え切れずに死んだ。また、ある者は実験によって、記憶どころか命をも奪われた。


 記憶を失い、人としての正常な判断を持てなくなったナイツは、昔の仲間など当然のように覚えておらず、気にすることはなかった。デンジャーの部下になると決断した最大の理由にも関わらず。


 ナイツが今まで生き延びられたのは、ここでも運が良かったに過ぎない。上手くナノマシンが身体と適合し、改造も致命的な失敗をしなかったからだ。


 改造のお陰でナイツは常人の域を遥かに超えた身体能力を手に入れ、世界が灰色の世界ではなくなった。


 その代償として、ナイツは本当の自分を、生きる理由を失ってしまっていた。


 しかし―――



「ナイツ」



 自分の名を呼びかけられたナイツは声の主の方へと顔を向けると、そこにはあどけない少女がナイツを見つめていた。



「どうしたの? なんか、ぼーとしてたけど」



「いえ、気にしないでください、ティア様」



 一人の少女……ティアの護衛をつけられてから、ナイツの身に異変が起きていた。

 いや、正確に言えば、ティアと屋上で会う前――博士に、あるデータを脳内のメモリーにインストールされた。


 それ以来、ナイツの脳内にノイズのようなものが響くようになってしまった。

 実験の後遺症で何かしらの障害が発生するのはよくあることだった。


 だが、そのノイズは徐々に誰かの声のように聞こえ始めてきたのである。



 そして、屋上でティアと対面した時。


 記憶を失い、仲間との絆すら失われたナイツだったが、ティアを他人とは思えなかった。


 脳内に響いているノイズは、



『……僕は、ずっとティアを守ってあげるよ……』



 ハッキリとした声で聞こえるようになった。


 ノイズ……声の正体は解らなかったが、ティアの側にいることが、ナイツはなんとも言えない冥利に尽きていた。


 この気持ちが何であるかは不明だったが、ただティアを守りたいと、声に促されるままに心から思っていた。



「ねぇ、ナイツ。これから何処に行くの?」



 ティアは、あの一件の後初めて部屋を出て、エレベーターに乗せられていた。


 エレベーター内にはナイツの他に博士なども居り、先ほどのティアの質問をナイツの代わりに博士が答える。



「ティア様、本日は特殊な検査を行います。それで地下にある特別室に向かっております」



 検査という言葉にティアは嫌な顔をした。


 階を示すランプは下へと点灯していき、やがて目的の階でエレベーターが止まった。

 ティアたちは細く暗い廊下をしばらく歩いていくと広い空間に出た。目的の場所に着いたのだ。


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