(2)

 灰色の雨が降り注いでいた。


 ナイツは着慣れたボロ布を羽織り、当時自分たちの住処にしていたガレージで雨が止むのを待っていると、黒ずくめの男たちを数人引き連れた年配で白髪の老人がナイツたちの前に現れたのであった。


 ナイツは着慣れたボロ布を羽織っていた。当時自分たちの住処にしていたガレージで雨が止むのを待っていると、突然、見知らぬ老人が現れた。

 老人は黒ずくめの男たちを数人引き連れていた。白髪が目立つ年配の男で、周りにいる男たちから“博士”と呼ばれていた。



「誰だ、あんたら?」



 自分たちの住処に土足で入り込んできた不審人物に、リーダーのような役目を担っていたナイツが訊いた。



「そう、警戒しなさんな。突然の訪問に失礼する。私は、この街を支配するデンジャー様の使いの者だよ」



「デンジャー……!!」



 その名前に聞き覚えがあり、ナイツたち一同ざわめいた。


 自分たちが生活する街では、どこからともなく耳にする名前だった。良くも悪くも有名だった。



「あのデンジャーの……使い走りが、いったい何の用だ?」



 ナイツたちは各々身構えたり、他の子供たちは逃げる準備をしていた。日頃、自分たちが行なっている所業が街の支配者の逆鱗に触れたのかと推測したのである。



「なに、そんなに怯えなくても良い。今日はお前さんたちに有益な話を持ってきただけだ」



「有益な話?」



「ああ。簡単に言えば、デンジャー様の部下になれ」



「部下に? どういうことだ?」



「言葉の通りだよ。デンジャー様はスラム街で暮らす身寄りのない有能な若者たちに仕事と食事を与えてくださるのだよ」



 ナイツたちはお互いの顔を見合わせる。しかし、ナイツは提示された内容に訝しげな表情を浮かべて返した。


 今まで施しなどを行わなかった支配者の突然の提案。


 だから当然、



「信じられるか。どうして、そんなことをする?」



 博士は一息を吐き、優しい口調で語る。



「まぁ、そう疑問に思うのは仕方ない。今まで君たちが行ってきた“コト”は到底見逃されないことばかりだ。それを放置出来るのも、そろそろ限界でね。そこでだ。平和的に解決しようとしての提案なのだよ」



 押し黙る面々。静寂を破るように博士が話しを続ける。



「どうするかね? デンジャー様の部下になれば、あそこで暮らせるのだぞ」



 そう言いながら指差した先には、この街で最も高い建物……デンジャータワーがそびえ立っていた。



「毎日盗賊みたいなことをして、こんな掃き溜めで暮らす日々からは解放されるのだぞ。どうだね?」



 甘い誘惑だった。普段ナイツたちは電気や水道などのライフラインが通ってない場所に住みつき、下水道の地下で寝泊まりしている。最低限、雨露をしのげる程度だった。まるで野良犬や野良猫の暮らしだった。



「も、もし……その提案を拒否したらどうなるんだ?」



「もちろん、拒否しても構わない。ただ、その場合君たちは街に棲み着く害虫のままだ。害虫ならば駆除しなければいけないな」



 博士がスッと片手を上げると、周りにいた黒服の男たちは懐から拳銃や刀などの武器を取り出した。


 たじろぐナイツたち。ここで抵抗して戦っても勝ち目が無いと判断し、この場から逃亡しようと辺りを見回すが、その隙が無かった。


 ナイツは額に汗を浮かべつつ、時間稼ぎの為に疑問を投げかける。



「ぶ、部下になって、何をすればいいんだ?」



 わざとらしい微笑みを浮かべる博士。



「なーに、簡単な雑用だよ。ただ私たちの言うことだけを聞いておけば良いだけの、簡単なお仕事。ただ、少しばかりは身体を改造する。なに、君たちを人並みに動けるようにするだけだよ」



 ナイツたちは博士の言葉に戸惑い、ざわつく。


 各々は自分たちの置かれた状況を考察しだした。これからも明日も解らぬ生活を続けていき、明日どころか今日の食事すらも解らぬことに、そして自分たちの身体の欠陥に、いつも不安を抱えていた。



 ナイツたちは悩んだ。目の前に居る人物の言葉……デンジャーを信じて良いのか?


 しかし、選択肢は有って無いようなものだった。


 断れば銃の引き金を引かれる。許諾しても、命を僅かに長引かせるだけ。



 ナイツは他のメンバーたちの顔色を覗う。


 自分と同じように訝しげたりする者が多数で、幼年組たちは呆然としていたが、自然とナイツに視線が集まった。


 判断をリーダーであるナイツに委ねているようだった。


 不思議だった。


 いつ死ぬとも解らない粗悪の環境。死んだ方が楽になれると思ったことは多々ある。ここで撃ち殺されても良いはずなのに、死を拒み、抗い続けていた。今この時も生きる為にと思考を巡らせている。


 生きるというのは人の本能だった。なぜ生きるのか――それは、自分は独りじゃないからだ。


 誰かが居るから、誰かと暮らしたから、生きていけた。


 だからナイツは自分が生きるためではなく、皆が生きていくために答えた。



「……解った。その話を詳しく聞こう」



 聞くと言ったが、部下になると言ったようなものだった。だから、ナイツの言葉に博士は笑顔で返した。ぬらりとした笑顔で。

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