第四章 完全人間計画

(1)

 ティアの部屋―――


 あの一件以来、ティアの部屋の外の扉には数人のガードマンが常駐し、ティアが部屋の外に出ることを厳しく阻止していた。



 だが、ティアは以前のように寂しさや窮屈さを感じなくなっていた。隣にナイツが居てくれるから。ナイツは話し相手として、時には遊び相手になってくれていた。


 ただ、一方的にティアが話すだけで、ナイツは受け身ばかりだったのが、ちょっと不満ではあった。しかし、一人で居た時よりもティアは笑顔になる回数が増えていた。



 ナイツが隣に居てくれるから……いや、初めて会った時からナイツに親近感を覚え、妙に懐かしさを感じ、何かを思い出そうとしていた。

 だが、記憶を呼び起こそうとすると軽い頭痛がして、ティアは思わず額を抑える。


 そうすると、すぐにナイツが声をかけてくれた。



「ティア様、大丈夫ですか?」



「う、うん……ちょっと頭に痛みが……」



「すぐに博士をお呼びしましょう」



「だ、大丈夫だよ。そんなに心配しないで、ほらもう大丈夫!」



 ティアは手を振って、ナイツの提案を断った。



「しかし、何か有れば些細なことでも報告するように命令されていますので……」



「いいの。博士に言わなくてもいいの!」



 ティアが体調の不良を訴えるたびに、博士たちは真剣な顔で細かく検査をするので、ティアはそれがとても面倒で煩わしいと思っていた。だから軽い頭痛で検査をしたくなかったのだった。


 ナイツの言葉をかわすために、ティアは別の話題に切り替えた。



「ねぇ、ナイツ。ナイツの子供の頃って、どんなだったの?」



「子供の頃……ですか?」



「うん。私、自分の昔を覚えて無いから、ちょっとナイツの昔が気になって……。ナイツは、どんな子供だったの?」



「私には、子供の頃の記憶がありませんので、何を話せば良いのか解りません」



「えっ……」



 突然の告白に言葉を失うティア。



「ただ……。唯一、覚えているのは灰色の景色ぐらいです」



 ナイツの態度から、はぐらかしているような冗談では無かった。そもそもナイツは、いつも無表情の真顔である。


 悲観するべき状況なのだが、ティアの心が少し軽くなった感じがしてしまった。



「そうなんだ……。私と一緒なんだね……」



 記憶を失った者同士。それが親近感を生んでいた。


 自分だけでは無い、そのことでティアの孤独感が少し和らいだ。



 会話が途切れ、暫し黙り込む二人。


 ティアはふと辺りを見渡し、本棚に視線を止めた。



「そ、そうだ。なにか本とか読んでよ」



「しかし、明日は特別な検査があるので、今日はゆっくりとお休みした方が良いと博士が……」



 ティアはナイツの話しを聞かず、本棚へと駆けて行った。棚に埋まっている数ある本の中から詮索していると、一冊の厚めの本を手に取った。


 本の表紙には『姫と騎士と伝説の怪物』という文字があったが、ティアはその文字を読むことができなかった。自分が知っている文字とは違っていたからだ。だけど、妙にその本が心に留まり、自然と手に取るとベッドへ戻ってきた



「ねぇ、ナイツ。この本を読んでよ」



「はい、解りました。ティア様」



 ティアは博士など他の者から様付けで呼ばれるのには違和感が有ったが、ナイツから呼ばれることには抵抗は無かった。


 その理由は解らないが、ただナイツが“ティア様”と呼んでくれるのが、妙に嬉しかったのである。



「昔々、ある国に美しい姫と勇ましい騎士がいました……」



 ナイツはティアの頼みに応えて本を読み始めた。


 抑揚の無い朗読が物語を淡々と進めていく。ティアのまぶたはだんだんと閉じていき、眠気に負けてしまった。やがて静かな寝息をたててしまっていた。


 ナイツはティアが寝てしまったことに気づいたが、朗読をやめなかった。ティアに言われたとおりに最後まで読み続けたのだ。


 本を読み終えた時には、もう夜が明けていた。ナイツは眠る必要がなかったから、眠気もなかった。


 ナイツは自分のことを覚えている限り、ずっと独りだった。


 誰に育てられたかもわからず、汚れたボロ布をまとい、それよりも汚れたスラム街で暮らしていた。


 ナイツの瞳に映るのは“灰色の世界”だった。


 これは比喩でもなんでもなく、本当のことだった。ナイツは生まれつき色覚異常で色を見分けることができなかったのだ。


 この時代の人間は、先天性の異常を持って生まれることが珍しくなかった。


 世界は子供が生きていくには凄まじく劣悪な環境だった。その環境下で、ここまで生きてこられたのは、ただ単に運が良かったに過ぎなかった。


 スラム街では、ナイツと同じような身寄りの無い子供たちや、少し年上の人間たちと出会い、そこから恩恵を受けられた。仲間たちと手を組み、どこかから缶詰や服などを盗み取って、生きるために使っていた。


 でも盗みに失敗すると、仲間たちは捕らえられたり、命を落としたりした。一人、また一人と失っていった。


 でも、仲間が減っても、どこかで新たな孤児と出会い、一緒に生きることを決めてグループに加わってきた。ナイツが青年になる頃には、子供のグループの中でナイツが最年長になっていた。


 そんな時だった。ナイツたちの前に、あの人物が現れたのは―――

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