(8)

 落ちていくティア。

 スローモーションのようにゆっくりと感じた。


『ずっと、ティアを守ってあげるよ』


 ナイツの頭の中で不思議な声が響いた。

 瞬間的にナイツはティアへと向かって、ビルの壁を蹴りつけて跳躍した。無意識の行動だった。



 落ちていく――――ティア。



 追いかけていく――ナイツ。




 重力に導かれ落下速度が増していく―――ティア。




 蹴りつけて加速したおかげで、ティアが落ちる速さよりも早く落ちる――ナイツ。


 ナイツの手が―――ティアの手を掴んだ。


 すかさずナイツはティアを優しく抱き寄せた。

 またティアが暴れても離さないように。


 ビルの方に視線を移す。手を伸ばしても絶対届かない場所にいると判断する。このままいけば地面へと激突するのは明らかだった。


 ナイツは身体に力を入れて固めた。少しでも衝撃からティアを守るために。

 その行動はあまりにも無謀で無意味だった。しかし、ティアをなんとしてでも守ろうとするナイツにとっては最善の方法だったのである。


 地面が目前に迫ってくる。その時、ナイツの脳内にノイズが駆け巡った。

 それはナイツだけにしか聴こえないノイズ。


 ナイツは目を見開き、地面に衝突する直前―――ティアを天へと強く放り投げたのである。

 重いG(重力加速度)を感じつつ、空中に舞うティア。


 一方ナイツの方は地面に叩きつけられた。

 その衝撃は凄まじく、地面にヒビが入り、ナイツをかたどったクレーターが出来るほどだった。


 だがナイツは、すぐさま立ち上がると――再び落ちてくるティアを優しく抱き掴まえた。


 放心状態のティアは、小さな身体をカタカタと震わせている。

 あの高さから落ちたのに、こうして助かったことが信じられなかった。

 自然と涙が溢れ、震える口唇をなんとか動かし、


「だ……だ、大丈夫、だった?」


 ナイツの身を心配した。


「はい」


 短く簡潔に無表情のままナイツは答える。

 ふとティアは自分の肩に触れているナイツの右手に視線を向けると、ナイツの手は自分の手とは違っていたことに気付いた。


「あっ……」


 落下していた時に壁に手でブレーキしていたことで、装着していた革手袋が剥がれているどころか、皮膚も剥がれおり中身が露出していた。


 露出していたのは骨ではなく、鉄のようで機械のようなものだった。


 呆然するティア。

 それに気付いたナイツは先ほどと同じ落ち着いた口調で説明する。


「気になさらないでください。私は改造人間です」


 ティアは手を伸ばしてナイツの顔にそっと触れる。


「改造……人間……?」


 触れた手から肌の温もりを感じた。

 機械の身体とは思えないほどに、優しく、何処か懐かしさを感じた。


 まもなくして博士たちが現場にやってきた。

 炎上するヘリコプターの傍ら、ティアを優しく抱きかかえるナイツを見た、博士は無意識に舌打ちをしたのであった。

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