(5)

 ビューと、強い風が吹き抜ける。


 目覚めてから初めて感じる自然の風だった。


 しかし、その風は心地良いものでは無かった。風には濁ったような匂いがした。

 呼吸をする度に喉(のど)に絡み付いてくる。


 『外に出ない方がいい』と、デンジャーたちが言っていたのが何となくわかった。



 ふと、空を見上げる。



 真っ暗な夜空には厚い雲が覆っていた。

 あの雲はいつも空を覆っていて、目覚めてから青空も星空も見たことがない。


 星のきらめきも眼下に広がるスラム街からの光もなかった。


 暗闇に世界が包まれているようで、ティアは恐怖を感じた。


 外に出たこともあって、そろそろ自分の部屋に戻ろうと思ったとき、屋上に巨大な物体が置いてあるのに気づいた。


 それはデンジャーが持っている二機のうちの一機の大型ヘリコプターだった。

 これに乗せられてきたのをティアは知らない。そのヘリコプターの近くで人影が見えた。



「誰?」



 ティアがポツリと呟いた声に反応してか、人影がゆっくりとティアの方に近づいてくる。

 カツンカツンと足音が響き、少しずつ姿が見えてくる。

 闇夜に溶け込むような黒い服を着ており、夜中にも関わらずサングラスを着用していた。見た目的に男性であると判る。その姿に、おぼろげながら覚えがあった。初めて目覚めたときに見かけた人物だった……けど、名前などは知らなかったので改めて訊くことにした。


「あ、あなたは……誰?」


 ティアの問いかけに男性は答える。


「私の名前は、ナイツです」


「ナイツ……」


 初めて耳にする名前だった。

 だが、ティアはその名前に少しだけ安堵を感じた。


「そうなんだ、ナイツって言うんだ。良い名前だね。あ、私の名前はね、ティアって言うの」


「ティア? ティア様!」


 ナイツは、その名前に反応して、瞬時に膝を地に着けて跪く。


「えっ、あっ……その……」


 ナイツの咄嗟の行動と仕草にティアは慌てて驚く。


「失礼いたしました。ティア様とは気づきませんでした」


「そんな、別に……。ねえ、ナイツはどうして、こんなところにいるの?」


「……それは……気がついたら、ここにいました」


「気が付いたら?」


「ええ」


 ナイツの話しにティアは首を傾け、次に気になったことを訊ねた。


「ねぇ。これって……ヘリだよね?」


「そうです。これはヘリコプターです。正確に言いますと、CH―47チヌーク型。大型輸送用ヘリコプターとして生産されたものです。搭載容量は……」


 専門的なことまで説明し始めて、ティアはついていけなくなり、


「えっ、あ……その……ちょ、ちょっと、まって……」


 ナイツに静止を求めた。


「う、うん。やっぱりヘリなんだよね……あっ!」


 ティアにある考えを思いつく。


「ねぇ、ナイツはこのヘリを運転することが出来るの?」


「運転……操縦しろと、言われれば操縦いたします」


「本当!?」


 ティアは羨望ある期待に満ち足りた眼差しでナイツを見つめたのだった。

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