(2)

 部屋の壁一面に貼り付けられた大きな窓ガラスから、どこまでも広がる灰色の空と眼下にはスラム街が見えた。


 それはまるでゴミ箱の中のような光景で、少女の気分も淀んでしまうようだった。

 少女は振り返り、部屋の中を見渡した。


 外の景色とは打って変わって、豪華で綺羅びやかな内装。部屋のあちらこちらに、様々な動物のぬいぐるみ、玩具や本など、子供が喜びそうなものが置かれていた。


 壁には大きなモニターが掛けられており、子供向けのアニメが映しだされている。どれも、この時代にとって入手困難なものばかりであった。その他にも運動器具などもあった。


 それら全ては、たった一人の少女のために用意されたものだったが、少女は何の興味を抱くことは無かった。


 部屋の奥にある唯一の出入口である扉が開いた。

 強面の男を先頭に、白衣を着た老人、メイド服を着た端麗な顔立ちの女性がワゴンカートを押して入ってきた。


「ご気分は如何かな、お姫様」


 入るや否や強面の男が第一声で話しかけてきた。このタウンの支配者であるデンジャーだ。

 お姫様と呼ばれた少女は静かに頷く。

 デンジャーは、少女の様子と顔色から容態を察する。



「その状態だと相も変わらずか……。あまり、良く眠れなかったようだな」



 白衣を着た老人…博士が少女の元へと歩み寄る。



「さて、ティア様。いつもの定期検査でございますので、こちらにお座りください」



 少女……ティアは、促されるまま指示された椅子に座わると、ペンのようなものを取り出し、先端をティアの肌に当てた。



「ふむ……なるほど……うむ……」



 博士はペンから伝わる微弱な電気や電波を感じとっていた。その電気信号からティアの体の具合を診断しているのである。



「だいぶ筋肉がついてきていますが、もう暫くは適度の運動が必要でしょうね」


「ねぇ、博士」


「なんですかな?」


「たまにはお外に出て、運動したらダメなの?」



 ティアの問いに思わず博士は渋い顔を浮かべ、ため息を吐いた。



「ティア様……よいですか。何度も言いましたが、外にはお出にならない方がよいです。外はとても汚れていて、大変危険な場所です。そんな所に、ティア様を行かせる訳にはいきません」



 いつもと同じ回答を述べた。

 冷凍睡眠装置に入っていた少女(ティア)が、現代に目覚めてから二ヶ月の月日が経過していた。

 デンジャーたちは、ティアを“保護”したと自分たちの都合良く説明し、そのまま世話を行なっていた。


 ティアは長期間冷凍睡眠の影響で、栄養などが欠乏しており、筋肉や骨などが弱まっていた。その為にデンジャーは、栄養のある食事、リハビリ用のトレーニング器具類。この豪華な部屋を用意してあげていたのである。


 その甲斐があってか、ティアは健康を取り戻していき、その事に対してはデンジャーたちに感謝をしていた。

 だが、ティアには不満と問題があった。


 不満は、目覚めてからずっと外どころか、この部屋から出たことが無かった。

 外に出たいと先ほどのやり取りを何度もしたが、この願いは聞き届けてくれなかった。それ以外のことは大半叶えてくれていたが。


 そして問題とは……。



「それで、ティア様。何か思い出しましたか?」



 博士の問いに、ティアは首を横に振った。



「そうですか……」



  ティアは記憶を失っているのである。

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