(8)

 長い眠りから覚めたせいで重い目蓋を少しずつ開くと、眩しい光が差し込んできた。


「っ!」


 少女は思わず再び目蓋を閉じては、また恐る恐る開いた。


 目が眩むほど真っ白だった。長年、眠っていたために一時的に視力が劣化しているのである。

 やがて、色がぼんやりと浮かび上がっていき、辺りの光景が見えるようになった。


 そこは……心電図や計器などの機械類が設置されており、まるで実験室や研究室のような場所だった。


 少女は自分がベッドの上に寝かされていて、身体には心電図や血圧などの計測用のコードが付けられているのに気付いた。

 すると辺りから大きな声が響き渡ってきた。


「博士! 完全人間が目を覚ましました!」


「呼吸、心拍……共に正常です」


「至急、デンジャー様にご連絡を!」


 よくよく見ると、部屋の壁一面に大きな窓ガラスが張られており、その奥で幾人ものの人間が、こちらを覗っていた。


 その中の一人、頭のてっぺんの髪が禿げている老人が声をかけてきた。


『お目覚めかね。気分の方はどうだい?』


 少女は起き上がり、老人の問いに答えようとするも、


「あ……」


 身体はとても重く、自然と起き上がることはできず、発声も思うようにできなかった。


『うむ。まぁ仕方ないのう。今まで眠っていたのだから、身体機能が著しく低下しているようです。今は無理をせず、ゆっくりしときなさい』


 その言葉に従い、少女は無理せず起き上がらずに、そのままの姿勢を取った。いや、取るしか無かった。


 指を一本動かすにしても困難で、気だるく身体がとても重たかった。頭の中が真っ白で、今は何も考えられない状態だった。


 そうこうしていると窓ガラスの奥で、ある一人の男が姿を現すと、老人や周りにいた人たちは直立不動となり、老人が腰を低くしながら迎え入れた。


「デンジャー様、ようこそおいでくださいました」


「博士、話しは聞いた。目覚めたらしいな」


「はい。あちらをご覧ください」


 デンジャーはガラス越しから少女の様態を覗う。


「で、どうなんだ?」


「やはり、身体能力などが著しく低下しております。それに骨密度などもかなり低い数値でして、栄養なども投与しないといけませんね。ですが、長期冷凍睡眠した後で、よく見られる症状です。適切な栄養補給などの治療を行いつつ、リハビリをしっかりやれば、三ヶ月で体調などは回復して、通常の生活をすることができるかと思います」


「そうか。ならば、それまでは、あの“計画”を行うことは出来ぬか」


「そうですね、あんまり無理をさせては。貴重な素体ですので」


「解っておる。その辺りは任せた」


「かしこまりました」


 デンジャーと博士が話す中、少女は二人の奥にいる人物に視線が止まっていた。


「あ……れ……は……」


 黒い服をまとってサングラスをかけた男性……ナイツを見ていた。

 おぼろげながらも、その男性の姿が先ほどの夢で見た青年と重なった。だが、それが誰なのか……今の少女には解らなかった。


 デンジャーが立ち去ろうとした足を止め、博士の方に振り返る。


「そういえば、あの素体について何か解ったことはあったか?」


「あの冷凍睡眠装置などに残っていたレコードを解析した所、正確な保存日や素体の名前や年齢などは解りました」


「名前?」


「はい。名前は、ティア・グランハート。冷凍された時の年齢が八歳で……」


「なら、あれはティアと呼ぶことにするか。それじゃ、後は任せた」


「了解しました」


 デンジャーは背を向けて立ち去っていく。デンジャーにとって少女の名前などの情報はどうでも良かった。

 あの少女(ティア)が、消失の日の前の人間で問題無く生存してくれれば良かったのだ。


 去っていくデンジャー。その後を黒服の男たちが付いていく。そして少女……ティアは、それを目で追いかけた。

 ナイツの姿が見えなくなると、ティアは言い様もしない不安が心を覆った。が、その事に気付いたのは誰もいなかった。


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