(7)


「どうだ、完全人間は?」


「はい、あちらです」


 デンジャーは少女が眠る冷凍睡眠装置がある空間……研究施設の地下に辿り着いていた。博士に促されるまま、少女が眠る冷凍ポッドへと案内されていた。


「ほう……これが」


 ポッドの小窓から、中に入っている少女を覗う。


「保存時期や保存状態の方は?」


「レコードなどを解析した結果、この少女は“あの日”の直前に冷凍睡眠されたもので間違いありません。素体の状態の方は全く問題有りませんでした。それに機器の状態、密封状態も完璧で、汚染などの心配はございません。この少女は間違いなく、生きております」


「そうか」


 博士の報告に、デンジャーは満足気に頷いた。


「よくまぁ、電気系統などが無事だったな」


「ええ。ホットスプリング社製の冷凍睡眠装置の素晴らしい所は、そこですね。機器自体で自家発電を行なっているのです」


「ほう。発電するエネルギー源は?」


「放射性物質‥つまり放射能です」


「なに?」


「フィルターで、ろ過した放射能をエネルギーにしているのです。まるで“あの日”を想定したかのような設計ですよ」


 博士は科学者として先見制を評価したが、デンジャーにとっては冷凍睡眠装置で眠る少女の方が気にかかっていた。


「だとしたら、汚染の問題は? それに、これはちゃんと解凍は出来るんだろうな?」


「はい、その辺りも問題はありません。装置の中には放射能反応は一切無く、解凍のシークエンスも、問題無く順調に進行しております」


「そうか。では、丁重にな」


「はい、かしこまりました」


 博士はメインコンピューターの前に戻り、解凍作業の経過進捗を確認する。特に問題や異常などは発生していないようだった。

 一方、デンジャーはポッドの小窓から見える少女を眺め、小さく呟いた。


「どんな夢を見ているのか……。まぁ、起きたとしても、良い夢を見させてやる。私の為にな」


 小笑いしつつ、ポッドに背を向けた。あとは博士たちに任せて、自分は部屋から出ていったのであった。

 デンジャーの姿が見えなくなったのを確認してからか、博士は大きな息を吐く。すると助手の一人から呼びかけられた。


「博士、こちらに来てください」


「どうした?」


「解凍実行プログラムの中に、使途不明の動画データがあったのですが……」


「なに?」


 下手に操作して、解凍作業に何かしらの支障をきたすかも知れぬと、その動画データが何であるか確認するため、その助手の元へと赴いた。



   ***



 そこは、深淵の闇に覆われていて、何もかもが凍っていた。

 とても寒く、何も音がしない。暗闇と氷の世界。

 少女はそこに居た。


 周囲の世界と同じく、凍ってしまったような感覚だった。

 だから少女は、その寒さに堪えるために、少しでも温めるように身体を丸めて、眠っていた。


 ずっと―――

 ずっと―――

 永遠とも、刹那とも、言える時の中にいるようだった。


 だけど、ある時。目蓋から白い光を感じた。

 恐る恐る、重い目蓋を開くと……一筋の光が差し込み、世界を照らしていた。その暖かな光は、凍っていた世界を溶かしていく。


 溶けた水が滴下、小さな川となり、せせらぎ始める。

 真っ暗だった世界は、徐々に輪郭が浮かび上がってくるが、鮮明には見えず、霞んでぼやけていた。

 ふと誰かの声が聞こえてくる。


 辺りを見渡すと、遠くの方で誰かが立っているのが見えた。

 白衣を着た若い青年だった。


 どうやら、その青年が呼びかけ、何かを語りかけているようだった。

 やがて、その青年の顔が鮮明に見えてきたのと同時に、


「ティア」


 呼びかけられていた声がはっきりと聞こえた。

 その瞬間―――暗闇の世界に眩しい光が弾け、世界を包んでいった。


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