(5)

 青年が物静かに心の奥底で“これからの覚悟”を決めていると、やっとティアが味気ない食事を終えていた。

 ティアに食べさせたのは、ただの保存食では無い。


 長期睡眠に備えて、必要なカロリーと栄養が豊富に含まれている特別栄養食品。一欠けらだけでも何万カロリーもあり、身体の隅々にバランス良くカロリーと栄養を蓄えられる優れものだ。


 摂取カロリーの許容量を大幅に超えてしまうが、熊などが冬眠に入る前準備として、大量の食事を行い、脂肪を蓄えるのと同じ事である。これで百年以上の長期睡眠が可能となる。


 青年の心も頭の中も不安で一杯だった。少ない検証実験、ましてや九歳になったばかりのティアが耐えられるかどうか。


 理論的に大丈夫だとしても、確信を持って大丈夫だと言えない。だけど、失敗する可能性よりも、戦争が終わって、平和になっているであろう未来の可能性を信じた。いや、信じるしかなかった。それが今の青年の支えとなり、決心の決め手だった。


「ティア……」


 自分の名を呼ばれると、ティアは青年の方を向いた。あどけなく幼さが残るティアの顔を見るだけで、青年の心は柔らかくほぐれた。


 だからティアの前では、青年は優しく微笑むことが出来た。そして、これから自分が言わなければならない覚悟が出来た。


「これから、あのポッドの中で眠るんだ」


 何処かに避難をしなければいけないのに、なぜここで眠らないといけないのかと、ティアは首を傾げた。

 ティアのそんな態度に、青年はあえて説明をする。


「ティア……。この戦争はすぐには終わらない。いや戦い自体は早く終るかも知れないが……その後は、人が生きることが難しい冬の時代が来てしまう……氷河期のように。それを乗り越えるために、この冷凍睡眠装置で長く眠って乗り過ごさなければいけない。だけど、この冷凍睡眠装置は、すっごく頑丈に出来ているから、ここで戦争が終わるまで眠っていれば、何処よりも安全だよ」


 ティアは少し首を傾げつつも、青年の話しにある程度は理解を示した。これに入らなければいけないのかと納得したが、ふと疑問に思った。


「お兄ちゃんは入らないの?」


 青年は少し戸惑ってしまったが、それをティアに気取られないように、冷静にいつもの優しい表情を取り繕う。


「残念だけど、あのポッドは一人専用なんだ。それに……」


 稼働実績がある冷凍睡眠ポッドは、この一つしかなかった。青年はそれを口にしようとしたが即座に口を閉じた。

 要らぬ事を言って、ティアにこれ以上の不安を与えたくは無かったからだ。


「心配はいらないよ。お兄ちゃんは別のポッドに入るから」


「本当?」


「ああ。だから、ティアは安心してあのポッドに入って、戦争が終わるまでゆっくり眠ると良いよ」


 話を終え、青年はティアをポッドに入れる準備を始めた。

 ティアの肌に特殊なクリームを塗って、ウェットスーツのような身体にフィットする服を着せていく。

 冷凍睡眠への準備は完了し、ティアをポッドの内部へと誘導した。ポッドの中は狭くて、閉塞感と圧迫感に不安がティアに押し寄せる。


「お兄ちゃん、なんだか恐いよ……」


「大丈夫だよ……お兄ちゃんが側にいるから」


「本当に、これで寝ないとダメなの?」


「ああ。これで寝ないと冷凍睡眠が出来ないからね、我慢してくれよ」


 ティアはむくれてしまって、気分を害しているようだ。

 少しでも安心させたい青年は、いつもティアに言い聞かせるための魔法の言葉を口にした。


「そ、そうだティア。ちゃんと眠ってくれるのなら、何でもお願いを叶えてあげるよ」


「お願い?」


「ああ、そうだよ」


「だったら、お兄ちゃん。私が起きたら、あの本を一緒に読んでくれる?」


「本?」


「お兄ちゃんが私の誕生日にプレゼントしてくれた本」


「ああ、あの騎士(ナイト)様が出てくる物語の」

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