(3)


――ピィーーー!


 解錠音が鳴り響くと、扉が開かれた。

 その奥にも幾重に閉ざされた扉があったが、それらの扉も自動的に次々と開いていく。二人は開かれた先へとしばらく進んでいくと、広い空間に出た。


 そこには仰々しくも機械機器が部屋の隅々に敷き詰められていた。中でも部屋の中央に設置されている“カプセルポッド”にティアの目を引いた。


「あれは……」


 部屋の中を物珍しそうに見渡すティアをよそに、青年はそそくさと部屋の機械を制御しているメインコンピューターの前に立ち、慣れた手つきで操作するとモニターに映し出された文章を思わず口にする。


「安全装置(セーフセキュリティー)解除……ポッド内の気温、生命維持機能も正常に動作しているな。それとメイン制御機能、サブ制御機能、全てオールグリーン……。よし、どうやら問題は無いみたいだな……」


 独り言を漏らすと共に、目の前の装置が問題なく動作しているのを確認して安堵の息をつき、ふとティアの方に目を向ける。

 ティアはカプセルポッドの元に近づいていき、恐る恐る触れた。


「ティア!」


 突然の呼びかけにティアは思わず身体をビクっと震わせると、すぐさまにポッドから手を離し、萎縮して青年の方に顔を向けた。


「ご、ごめんなさい……」


 怒られたと思い、つい謝った。

 普段から器具や機器に無闇に触ってはいけないと注意されていたからだ。


「あ、ティア。それに触っていたから、注意したんじゃないんだ。その、なんだ。とりあえず、ご飯にしよう」


「まだ、お腹空いてない……」


「空いてなくてもご飯にしよう。食べられる時に食べておかないと、いざっという時に食事は出来ないからな」


 青年は持ってきたボックスの蓋を開き、中から密封された小袋と液体が入ったドリンクボトルを取り出すと、ティアに手渡した。


 ティアは、小袋の封を切り中身を取り出す。それはスティック状のソフトクッキーのような固形食で、黙々とモグモグと食べ始めた。


 ソフトクッキーはバター風味で、薄い塩味がアクセントとなり、極端に不味くはない。だが、保存食のクッキーの宿命なのか水気が無く、パサパサしているので喉通りが悪い。そこで一緒に手渡されたドリンクを飲んで流し込もうかとするが、そのドリンクは独特な味だった。


 特に甘いという訳ではないが、かといって不味い訳ではないが、そう何リットルも飲めるほど好ましい味ではなかった。

 舌に残るザラついた薬のような未体験の味に戸惑い、いつも飲んでいる“イチゴハニー牛乳”のクリーミーで口の中にイチゴとハチミツの甘美が広がる味とは雲泥の差だった。


 これを食べなきゃいけないのかと、嫌々に口から遠ざけて、自分と同じくクッキーを食べている青年の方をチラリと目で訴えかけたが、


「我慢して食べなさい」


 優しくも厳しい口調で注意されてしまった。その言葉に従い黙って、クッキーを口の中へと頬張っていく。

 我慢しながらモソモソと食べるティアの姿がとても愛らしかった。微笑ましく眺めていると、その光景が突然ぼやけた。


 青年の瞳に涙が浮かんでいたのだ。


 咄嗟に右手で自分の顔面を覆い隠し、涙をティアに気付かれないようにした。あまりにも不自然な行動だったのだろう。ティアは手と口の動きを止め、青年の方を見る。


「な、なんでもないよ。ティア……。ちょっと……食べ物が、喉に詰まって、ね……」


 震える声を噛み殺し、平静を装っていると……ティアは、自分が飲んでいたドリンクボトルを青年へと手渡した。


「あ、ありがとう。ティア……」


 そっと受け取り、ドリンクを一気に飲み干すが、それがいけなかった。呼吸器官に引っかかり咳き込んでしまった。


「お、お兄ちゃん!」


「だ、大丈夫、だよ。ちょっと慌ててね……」


 些細なことでも、ティアに心配をかけたくはなかった。青年はティアの気遣いを優しく受け止め、すぐに平然な態度を取った。


 ふと視線を自分達の前に並べられた質素で味気のない食事(クッキーとドリンク)を見つめると、なぜか惨めな思いと申し訳なさで、また涙が溢れそうになる。再び右手で顔を覆い隠し、


『泣くな……堪えろ……』


 と、そう自分に言い聞かせた。

 なぜなら青年は知っていた。覚悟していたのだ。


 これがティアとの“最後の食事”だと―――――


 青年は心の中に溢れた思いを、ティアに微塵も感じさせないようにと極力平静さを装う。ティアが我慢して食べるのと同じように、青年も我慢したのだった。


 ティアから視線を逸らすように、部屋の中央に設置されている“ポッド”に視線を移した。


 先ほどティアが興味津々と眺めていたものは、“冷凍睡眠装置(コールドスリープ)”であった。


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