(2)

「ま、まってよ。お兄ちゃん」


「ティア、早く来なさい」


 “ティア”と呼ばれた少女と、その少女から“お兄ちゃん”と呼ばれた青年が、非常灯の青白い明かりが照らす薄暗く細長い廊下を足早に駆けていく。


 華奢な身体にあどけなさが残るティアは、不安と恐怖で顔を青ざめさせていた。

 一方、整った顔立ちの青年は険しい表情を浮かべていたが、ティアの方に顔を向けると、不安を少しでも拭いさるように優しく微笑んだ。


 青年は研究者らしい白衣を羽織り、右肩にはショルダーボックスをかけていた。

 ティアは自分より二倍ほど身長がある青年の白い背中を見つつ、後を必死に追いかけていた。自分の短い足では青年の長い足の歩幅に差が生じて、徐々に離されていく。その距離を縮めるために、必死になってせかせかと足を動かした。


 二人が走るのは、最先端の科学と技術で作られた研究所の地下研究室に通じる廊下だった。


 二人の足音と共に辺りは揺れ、天井から埃がパラパラと降ってくる。二人が走った振動ではない。天から降り注ぐ無数のミサイルによる爆撃のせいだ。


「お兄ちゃん。ここ……大丈夫なの?」


「ああ、大丈夫だよ。ここ(地下研究室)は地上から三百メートルも深い所だから、ちょっとやそっとのミサイルぐらいでは……」


――ズッドッッーン!


 言葉の途中で一際大きな衝撃音と振動が奔る。

 衝撃の揺れでティアがバランスを崩して倒れそうになったが、すかさず青年が手を差し出しティアの身体を支えた。


「大丈夫か、ティア?」


「う、うん……」とゆっくりと頷いた。


 青年は辺りの状態を確認をしつつ、急いで目的の場所に行かなければならないと判断し、ティアの手を引っ張って先へと進み行く。


 地上はミサイルの爆撃によって、ライフラインは破壊されている。そのせいで電力給源は正常に機能しなかったが、研究所には独自開発した発電機が設置されていた。


 その発電機のエネルギー元は“放射能”。空気中に散布されている僅かな放射能を汲み取り、電気に変換する技術が備えられていた。


「電力に関しては、これから訪れる世界ならば問題無いはず。それに……ここの耐震強度は、核ミサイルが打ち込まれる事態を想定して作られている。ここが壊れなければは電力が止まることはない……」


 心配事がつい青年の口からこぼれていた。

 それを聞いたティアは、ギュッと青年の手を握り返す。


「どうし……」


 ティアの愛らしい瞳に物憂げな陰が映っていることに気付いた。


「大丈夫だよ。さっきも言っただろう。ここはちょっとやそっとの爆弾とかや衝撃じゃ壊れないよ。ここに居れば安全だ」


 今、自分が出来る限りの笑顔で返した。だが、その笑顔はティアの瞳を介して、何ともぎこちない表情で映っているのが見えた。


 青年は空いている手をぎゅっと強く握りしめ、自分の不安な気持ちを押し固めた。改めて現状を把握する。


 建物の崩壊は心配無い。崩壊しない限り電気の消失も無い。地上が今どんな状況になっているかなんて、どうでも良い。


 案じるのは、握っている手から小さく震えているのが伝わるティアの身と……ティアの未来のことだった。


 青年とティアの足が止まる。

 二人の目の前には、まるで壁と一体化したようなシンプルな扉があった。


 青年は肩にかけていたショルダーボックスを地面に置いて、白衣の内ポケットから一枚のカード―ID認証カード―を取り出した。それを扉のすぐ近くの壁に設置されていたカードスキャナーに通す。

 それだけでは扉のロックは解除されない。そこで青年は続けて、スキャナーの隣にあるディスプレイに表示されている数字キーを手馴れた動きで押していき、最後に黄色いキーを押した。


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