第1章 第5話 ニンゲン、ミツケタ
気配の現場が見えてくると、随分と野性的な、あまり綺麗ではない身なりの集団が、二台の馬車を中心にうろうろしていた。エイルは思わず顔を顰め、マツリに注意を呼びかけた。
「マツリ、あれは多分野盗の類だ。戦闘になるかも」
マツリは野盗と思われる集団に目を向けたまま頷くと、異空間収納から打刀と脇差を取り出して腰に差した。マツリの戦闘準備を確認すると、エイルも後の先を取りやすい打刀と脇差を腰に差す。
推定野盗を刺激しないようにゆっくりと近づいていくと、推定野盗側もこちらに気付いたようだ。二十人程の推定野盗が、半包囲の形でこちらを警戒している。
焦げ茶色の髪と無精髭の大男が手入れの悪いバスタードソードを担いで声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん達、身ひとつでこんなところで何してんだい?」
エイルは警戒を緩めず、会話を試みる。
「道に迷って困っていたんだ。街に行きたいんだが、どっちに行けばいい?」
推定野盗達はゲラゲラと下品に笑う。
「
野党たちは武器をエイル達に向けながら包囲を狭めはじめた。
「おっと。あからさまな人攫い宣言、いただきましたっと。マツリやれるな?」
「容赦無用って事ね。おっけー!」
身なりの良い子供二人を獲物と定めた野盗たちは、余裕の表情で迫ってくる。
先頭の男が手を伸ばし、マツリに触れそうになった瞬間。マツリが動いた。
腰に差した打刀を腰の回転を利用した抜き打ちが男の伸ばした手を通過し、返す刀がその首を通過した。マツリは直後にバックステップして距離をとり、残心する。
「あ?……」
何かされた事にきょとんとした男の腕と首が落ち、血飛沫を上げながら仰向けに倒れた。
「やりやがった!」
「ちッ、抵抗しやがって!」
血相を変えた男達が、一斉に襲い掛かってきた。
エイルも野盗の振り下ろしの剣を半歩横に移動して躱しつつ、抜き打ちで首を落とす。背後からの刺突を打刀で外側に流して肘を鳩尾にめり込ませると、別の迫る男の咽笛に切っ先を突き立て、蹴り倒す事で切っ先を引き抜いた。振り返り、鳩尾の一撃で前のめりになっていた男の頸を落とす。
エイルは一瞬で三人を屠り、それでも周囲を警戒して、残心を崩さない。
マツリもまた、追加で四人を斬っていた。
一人を殺されて総掛かりを始めた瞬間、七人が死んだ。残り十二人。
野盗の勢いは削がれ、距離を置き始める。
「おいおい、このガキどもヤバいぞ……。どうする?」
最初に声を掛けてきた、焦げ茶色の髪と髭をした男が冷や汗を拭い、両手を挙げた。
「……見誤ったな。探索者ギルドの賞金稼ぎか?それとも隠れていた護衛か……?」
エイルは警戒を緩めず、男に切っ先を向ける。マツリにだけ聞こえるように、小声で話掛けた。
「道の外、木々に隠れて人の気配がある。おそらく不意打ちで矢か魔法が飛んでくる」
マツリは頷いて周囲を警戒しながらエイルの左手に移動し、エイルの死角に注意を払う。
焦げ茶色の髪と髭の男は相手に話し合う気がない事を理解すると、わざとらしい溜息を吐いた。
「シカトとはおじさん悲しいぞ?」
おどけてみせつつ、挙げていた右手を前に軽い調子で振り下ろした。瞬間、道の左右の木々に隠れていた狙撃手が、エイルとマツリの背中を狙って矢を放った。
不意の狙撃を警戒していた二人がその矢を斬り払ってみせると、合図を送っていた男の顔が歪んだ。
「これも駄目とはな。最近のガキはどうなってやがる……」
マツリは一歩前に出て冷たい眼でいう。
「その馬車を置いて退きなさい。馬車か馬で逃げようとするなら、魔術で吹き飛ばすわ。それとも全員ここで死ぬ?」
マツリが「ヘイ、シシリー!【火葬】」と小声で唱えた瞬間、隠れていた射手の周辺に火花が散り、その身を焼き尽くす業火が巻き起こった。
火達磨になった射手が道に転がり出てきて息絶える。焦げ茶色の髪と髭の男は天を仰いだ。
「分かった、退く。馬車も置いていく。だからちゃんと見逃してくれよ……」
そう言うと、生き残り達に撤退の合図を出して森の中へと逃げて行く。
エイルは背を向けた野盗の数人に、小声で【目印】の魔術によるマーキングを付けた。完全に気配が遠ざかったのを確認すると、ようやく深く息を吐き、打刀の血を払って刃を確認する。
「おお、振り払っただけで血も脂も落ちたな……。手入れ便利すぎる」
確認が終わると、納刀してマツリに声を掛けた。
「マツリお疲れ。悪党とはいえ人間を斬ったんだ。平気か?」
マツリはきょとんとし、にへらと笑った。
「大丈夫。悪党だったし、斬れ味が凄すぎて肉や骨を切断する手応えもさっぱりしてたからかな?それより【目印】を付けておいたから、あとで拠点だか潜伏場所だかを襲撃しよう?別の誰かが襲われる前にヤらないと……」
エイルはマツリが大丈夫そうな事に安堵すると、追撃の仕込みが出来ている事に頷いて応えた。野盗の死体の片付けに取り掛かる事にした。死体達の腰に付いている財布と思われる革袋を集め、中身を確認していく。他の金目の物も剥ぎ取って異空間収納に収めると、残った死体はサブの紅指輪の異空間収納に放り込んでいく。食料や着替えの入っているメインのブレスレット内に魔物や人間の死体を一緒に入れてしまう事に抵抗感を覚え、地上に降りた当日にサブで赤い指輪を使用するようになっていた。
「野盗からの戦利品で街の入市税は払えそうだな。助かった」
「馬車の確認しようよー」
野盗達が残していった幌馬車は二台あった。二人で手分けしてそれぞれの荷台を確認していく。エイルが確認した馬車は、略奪の戦利品と思われる食料や物資が詰まった木箱、樽などが積まれていた。
「エイル!こっち人が積まれてる!」
マツリの声にエイルは物資の確認を中断し、そちらに向かうのだった。
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