第1章 第2話 再起動

————『…………。お目覚めになりましたか?』




「はい。おはようございます、マザー」




 人造人間ホムンクルスの保管装置を背に、正座する少女が応えた。サイズの合わない手術着を羽織り、気まずそうに笑う。解凍した人造人間ホムンクルスは白髪に赤眼のプレーンな物だったが、魂魄が馴染んで変化し、今は黒髪黒瞳の骨格からして華奢な少女となっている。






————『知識・技能と共に状況についてもインストールしましたが、把握は出来ていますか?』




「はい、混乱していましたが大分馴染んだと思います。未だ使えるか不明な大昔の人造人間ホムンクルスを引っ張り出して、壊れ掛けの魂魄炉で魂魄の定着と起動のテストをした、と」






————『よろしい。無事起動出来た貴方に期待されるお仕事はお分かり?』




「あちらで生体再構築中の方の魂魄が起動できたら、そのお世話です」






————『よろしい。混乱されるでしょうから状況の説明と、ここにやってきた経緯のヒアリングを。再構築後の身体と魂魄のリハビリテーションも範囲に含まれます』




「わかりました。彼がお目覚めになられるまで、何かインストールをさせていただいても?」






————『貴方に管理者の権限を付与します。インストールも資材もお好きにどうぞ』




「いいんですか?」




————『本艦も限界ギリギリの稼働状態で、当初の使命も完遂しています。七千年ぶりのお客様と貴方に、最後のサービスです』




「ありがとうございます、マザー。私はマツリ・サクラダです。以後マツリと呼んでください」




————『ではマツリ。確認します。疑似魂魄のインストールに割り込み、人造人間ホムンクルスの姿さえも変容させた貴方は、?』




 マツリは困った顔でどう答えたものかとしばし悩み、意を決した。




「私は、————」




◆◆◆◆




 ゴポリ




 棺型の医療水槽から赤い医療溶液が排水されていく。現れたのは十五、六歳程に見える少年だった。マツリと同様に黒髪で長く、肌は白い。笹穂型で長い耳をしている。生体再構築前の青年がそのまま若返った姿とボリューム感で、背丈も縮んでいる。




 マツリは少年が目を覚ます前にシーツを掛けてやり、用意した椅子に座り意識の覚醒を待つ。


 


(元美青年で、生体再構築によりボリュームが減って美少年……。笹穂型の耳。耳長族エルフかな?長命種だから中身はお爺さんだったりして)




 五分程ボーッと眺めていると、少年が目を覚ました。開いた瞼から、尖晶石のような紫瞳が覗く。




「……。ここは……?俺は生きているのか……?」




 マツリが椅子から立ち上がり、少年の紫瞳を覗き込んで話しかける。




「おはようございます、患者様。私は【移民船スター・シーカー】の人造人間ホムンクルス、マツリ・サクラダと申します」




 少年は声をかけてきた少女、マツリをぼんやりと見やる。黒髪黒瞳の、華奢な美しい少女。その整った容姿は可愛い寄りの綺麗さで、耳長族エルフのエイルから見ても美少女と感じられた。




「これはご丁寧に……。俺は耳長族エルフのエイル・カンナギと申します……」




 マツリはエイルに頷くと、説明をはじめた。




「エイル様。承知致しました。お身体は此方で治療させて頂きました。が必要な処置でした。先ずは両手をご覧ください」




 エイルは両手を持ち上げてみる。




「ッ!?。右手がある……。再生魔術?すごいな、ありがとう」




 エイルは失った腕があることに驚き、右手を握ったり開いたりと動きを確かめてみる。腕も指も随分細くなった気がする。やつれる程に長期間寝ていたのだろうか?同じく、失くしたはずの右脚を動かして存在を確かめている。こちらも動く。




「貴方を保護して三十五日が経過しています。あ、こちら鏡です」




「三十五日も……。鏡?」


「……ッ!!」




 エイルは鏡を覗き込み絶句する。青年相当の見た目が、少年になっていればそうなる。




「肉体を修復する際、”材料の在るところ”から補填したため、このようになりまして。ご承知おきください」




「……。驚いた。こんな事ってあるんだな……。そんな技術はじめて聞いた。これ、成長できるの?元に戻れる?」




 エイルは困った顔でマツリに問いかけた。




「外見年齢相当の機能も回復しておりますので、時間が経てば元通りになれるかと。成長期が終わる前にしっかりトレーニングをされることをお勧め致します。状況が呑み込めましたら、そちらに用意しました衣服に着替えを済ませて下さい。後ほど客室にご案内させていただきます」


 


◆◆◆◆




 耳長族エルフのエイル・カンナギが目覚めて、一週間が経過した。その間に此処が【移民船スター・シーカー】と呼ばれる場所で空の上に在ると聞き、自分が神話の舞台に迷い込んだ事を知った。移民船スター・シーカーの管理者だという、姿は見えない存在【マザー】を紹介された後、マツリ指導の元で魂魄と肉体のリハビリと、インストールによる学習、インストールで身に着けた技能や知識の定着訓練などが行われていた。




 重力下で支えなしの歩行は出来るようになった。抗重力筋から鍛える方針らしく、まずはひたすら徒歩。体力が少し戻ったかな?という段階ですかさず早歩きに変更された。




「身体は日常生活程度に動かせるようになってきたけど……。【魔法】が全然駄目だね」


「エイル様の魂魄は拡散寸前まで弱っていましたから、仕方がないです。それに今は、注入したナノ・ユニットが魔力を吸って身体の回復に努めていますから、気長にリハビリしましょう」




 エイルは手渡されたタオルで汗を拭いつつ頷いた。魔法は【魔素】を【魔力】に変換して使用する技術だが、魂の強度によって扱える魔力の変換効率や量と質が変わる。今のエイルの傷付いた魂魄では扱える魔力が少なく、以前のように自在には使えない状態となっていた。




「代わりに、”いんすとーる”で仕入れた新しい技能を磨かせてもらうよ」




 エイルは特に【瞑想睡眠】という短時間でしっかりと回復できる技術を気に入っていた。【魔素運用】と【霊素運用】の技術を使用する複合技術で、うたた寝程度でそれなりに体力を回復でき、二時間も寝れば通常睡眠の約八時間相当の回復が叶うという、実に破格の技術だった。


 単純に一日の長さが二十五%長くなった様な物であり、また睡眠中という無防備になる時間を短縮できる。エイルはこの瞑想睡眠で捻出できた時間を、専ら鍛錬に充てていた。




 瞑想睡眠にも使用している霊素運用という技術概念はエイルにとって新しい概念だった。【霊素】という魔素とは違った力が素で、生命体が持つ魂魄の力を使うという技術では、大気中に拡散している霊素や自身の魂魄がもつ霊素を【霊力】に変換し、自身の身体性能の強化などが行える。魔力程多様な変化が行える訳ではないが、魔力に因らない技術には有効性を感じている。




 魔力は魂魄の修繕にも使われているため、魔力枯渇を防ぐため、基礎となる筋トレの他には霊気関連の技術を学ぶ。腹筋、背筋、腕立て、懸垂、スクワット、移民船スター・シーカー内のランニングなどに時間を当てている。上半身のトレーニングの日と下半身のトレーニングの日を交互に繰り返し、週一回は筋肉を休ませる。食事はマツリが持って来てくれて、バータイプの甘いお菓子のような物と、フルーツぽい味のするミルクがメインだった。味に文句はない。むしろ甘くて美味いと思う。マツリによると、肉類と同じで筋肉の成長に大いに役立つそうだ。




 マツリがエイルに与えた最初の課題が、周囲の霊素を取り込み取り込んで霊力を励起させ、傷付いたエイル自身の魂魄の自己修復を活性化させる事だった。霊素の概念を持たず霊力を体感出来なかったエイルは、マザーやマツリからインストールによる指導と定着訓練を受けて漸く霊力を知覚出来るようになり、その操作の熟達を目指して制御訓練を行っている。




 現状のエイルの魂の状態では、魔素による身体強化より霊素による身体強化の方が変換効率が良いらしいが、魂魄の修復が進めば自ずと使用できる魔力量も回復していくため、霊素及び霊力の使用はしっかり学んで魂魄の修復への割り当てを再優先したい。例えばジャンプの距離が短い、低い、持久力が自分の感覚より少ない、走るスピードや打突をする速度も意識の上では打ち終わっている筈なのに一拍遅れてようやく突き出されているなど、なんというか、水中で上手く身体が動かないような感覚のズレがある。このズレに感覚を慣らす事も課題となっていた。


 もう以前の身体能力や魔法力が無いのだから、自分の身体が出せる今のスペックに感覚を慣れさせていくのが重要だった。




「そういえば、魔力は弱いのにバカ強い【汎人種ヒューマン】や【獣人種ビースター】がいたけど、あれは霊素運用が出来てたんだろうなぁ……」




「長寿の耳長族エルフでも知らなかった技能概念ですか。得しましたね?知識については情報が古すぎたり現在では再現不能だったりで、あまりお役に立てなかったようですけど」




 マツリが機嫌良さそうに相槌を打つ。




「あぁ、七千年前?の地図や情勢なんか様変わりしてるし。ここの設備がないと再現できないインストールなんかの技術も、地上じゃ出来ないからね。古代の知られざる真実って意味じゃ、どれも大変興味深かったよ」


 


「それは重畳。魂魄の自己修復の感覚は掴めてきた様なので、そろそろ装備品の用意をしましょう」


「装備は全損してるから、正直かなり助かる」






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