第37話
(千代久奏視点)
「……そう」
私の目にあるのは菅十から送られてきた一言の“ごめん”と言う文字。これを送ってきたってことはきっと────
「耐えられなかったのね……」
二日前から帰ってきていないことからもしかしてと思ったけど……最悪の事態が起こってしまった。
スキルの暴走。いや、この場合はアドバンスの暴走か。
「……止めなきゃ」
私はすぐに行動を開始した。
これは私一人でするべきことだ。だから他の人にはこのとこは話していない。前までだったら一人で大穴に潜るなんてことはできなかった。だけど今の私なら────
「GA!?」
指先一つでモンスターを殺すことができてしまう。アカシックレコードに触れて以降、私は自分ができる事と出来ないことの区別が完全にできていた。
私のスキル“脳”の効果は疑似的にもう一つの脳を生み出し、人間的思考や行動を次の次元に進めるというものだ。簡単に言うのなら、一人で二人分の行動ができるようになる、という事だろうか。
つまり、自分の行動を拡張することができる。
それで何ができるかと言うと、その“脳”を別のところで生み出すことができるため、他者の脳と自分がスキルで生み出した脳を一時的に入れ替えることができるという事。
だからこのように、本当だったら指先すら動かす必要などないけど、何事もイメージは必要だ。だから自分の脳にすり替えたモンスターを自分の意思で動かした、と言うイメージを確立するためにこうして指を動かすという行動で補填したのだ。
「……早くにこれが気付けていれば、もっと変わったのかしら」
この能力は一対一での戦闘だったら最強に近いだろう。これをレジストすることなど不可能に近く、このスキルで生み出される脳を意識して弾くというのは、ある意味自分の脳を引っ張り取ろうとしているのと同じようなものだからだ。
そんなこと、普通の人にはできない。だけど────
「菅十は……どうなのかしらね」
菅十のスキルの概要はアカシックレコードで知った。だから問題はず……だけど。
「彼は不可能を可能にする天才……昔からそうだったし、今回ももしかしたら……最悪あれを使うしかないけど……行けるまでにどれほど時間がかかるか分からない以上、そんなことはできない……」
私は迫りくる数体のモンスターに対して避けつつ一匹ずつ的確に対処する。ここで苦戦するものならきっと菅十を止めることなんてできっこない。
そうして進み続け第十八層まで潜ってきたところで、私は見つけてしまった。
「……ジャイアントアントの、特異モンスター……のアイテム?」
ジャイアントアントの甲羅……本体は既に灰となって消えてしまっているが、間違いない。ここに菅十がいたんだ。
この先、第十九層以降にきっと彼がいる。私はいてもたってもいられなくなり、とあることを思いついた。
「何かいいモンスターいないかしら……」
私は周りを見て、普通の狼よりも一回り大きいハイウルフというモンスターを見つけ、スキルを使った。
「これでよし」
従順になったハイウルフの上に跨り、私はさらに奥へと進んでいく。さっきまでよりも速度が段違い。ついさっき思いついたが、もっと早く気づいていればと少しだけ後悔する。
私はいつも後からもっと早く気づけていればと後悔することが多い。何でモンスターとかの行動はすぐに予測できると言うのにこういうことはできないのだろうか。
自分が嫌になる。後から後悔することも、そしてこうなるまで菅十の悩みに気づけなかったことも。
「……もう、間違えたくないのに」
愚かだ。
私と言う人間は愚かでしかない。愚鈍だ。頭が良いからなんだ。スキル指数が高いからなんだ。結局そばにいた大事な人の悩み一つ気付けない、ただのゴミだ。
「でも、やるしかない……やるしかないの……っ!」
これが終わったらしっかり彼と話そう。そう決意を固め、疾走するハイウルフの背に捕まったのだった。
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