第32話 悩む少年VS衝動

「……」


 夜。俺は一人大穴に潜っていた。つい先日、奏と話したことで迷いが俺の中で生まれていたからだ。


「……ふぅ」


 ここは大穴の第十八層。ソロで潜るには危険と言われ始める層である。ここから一度に襲ってくるモンスターの数が激増する。


 だからここにソロで潜ると楽しいのだ。

 

 際限なく出現するモンスターと再三と繰り返し行われる命の取り合い。肌が殺意でヒリヒリする感覚。一歩判断をミスればすぐに致命傷になる殴り合い。


 これが、学校を卒業してしまったら無くなってしまう……か。


 きっとこの感覚はおかしいのだろう。自覚はある。普通ではないと。


 だが一度知ってしまったら止められないのだ。まるで依存性のある薬のように、底なし沼に両足を突っ込んだかのように、抜け出せない。


 抜け出したくない。


「はっ!」


「ガアアアア!?」


 頬に相手の剣先が掠れる。……やはり、悩みながら戦うのは良くないな。


「ふん!」


「ガッ!?」


 俺は後ろから敵の気配を感じ、即座に目の前の敵を殴殺し、本能に任せて背面に蹴りをかました。すると足に鋭い感触を感じ、俺の足の平に刃が当たっていることに気づく。

 

 が、それでも俺は構わず振りぬいた。


「グッ……」


「ふぅ……」


 即座に傷口は塞がり元の足に戻る。やはり、潜れば潜る程傷の治り具合が早くなっている。この速度はもう人外のそれだ。


「……人じゃないのかもな、もう」


 そう思うと少しだけ悲しくなってくる。


 常に命が晒される状況を楽しいと思い、強い敵と戦いたいと願い、そしてそれに応じるかのように体は傷ついてもすぐに治される。こんなの、おおよそ人が持つべきではないものばかりだ。


 最低限人であり続けようと考えても、俺の本心と体がそれを否定し続けてくる。本心はもっと戦いたいという欲望を作り出し、体はその欲望を果たすべく常に進化し続ける。


 俺が人でありたいと思うほど、人から離れていく。


 俺の最初の目的はなんだ……?そうだ、奏を幸せにするためだ。


 どうやって……?それは、それは…………強くなって、それから……それから、なんだ?




「────俺は、どうやって奏を幸せにしようとしていた……?」



 

 大穴に潜って、大金や地位名声を手に入れて、果たしてそれで奏を幸せにできるのか……?それくらい、彼女はすぐに手に入れられたはずだ。


 それくらい、俺でも分かっていたはずだ。じゃあなんで、俺は大穴に潜っているんだ……?


「……分からない」


 いつから……?俺は常に奏の為に頑張っていた……はずなのに。


「いつから履き違えて────っ!?」


「ガアアアア!」


「チッ!」


 モンスターの咆哮で現実に引き戻された俺は向かってくる敵の剣を拳で受け止める。すると、俺の拳は傷一つ付くことなく剣を壊せた。


「はっ!」


「ガア!?」


 そのまま回し蹴りを放ち、顎の関節の骨を破壊し二度と叫べないようにする。


 そしてだらんと間抜けみたいに口を開けて怯んだモンスターに一発拳を突き出し、胴を貫通させ、殺した。


 直後、三体のモンスターが俺を嚙み砕かんと口を大きく開けて迫って来ていたので、すぐに意識をそいつらに変えて二体の頭をそれぞれ片手で掴み、俺の正面を飛んだ狼型のモンスターを蹴り飛ばした。


「グゥアアア!?」


「ふん!」


「「ガッ!?」」


 更に両手でつかんでいた顔同士をぶつけさせ、頭を破壊し二体絶命させた俺は飛んでいったモンスターのところに向かって走り出した。


「グァ!?」


「死ねやァ!」


 俺が放った拳が逃げていたモンスターの頭にめり込んだ。そして破裂したように頭が粉々になってモンスターが死んだ。


 血糊が俺の頬についた。それを親指で拭う。そして腕を振るって血糊を振り取った。


「……はぁ」


 物足りない。


「っ!」




 ────衝動が始まった。

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