第24話 キレた少年VS暴走する青年

「これで……とどめはよろしくっ!」


「分かった……!」



 ザッッッ!!!



「GA……AAAAA……」


 苑宮さんの光の矢が特異エンペラーゴブリンの両目に突き刺さり、そして坂本さんの剣が奴の胴を真っ二つにした。幾度と上半身と下半身が分かれていたにも拘らずその度に繋げて回復していたあのエンペラーゴブリンの驚異的な回復力も、遂に底が尽きたようだ。


 普通だったら断末魔さえ発することができないはずだがそこは特異モンスター。まだ回復して立ち上がろうとする辺り、もうただのモンスターとは言えまい。


「終われ」


「GA……!?」


 まだ足掻こうとする奴に俺は拳を顔に叩き込んだ。そして奴の上半身が飛び、大穴の壁にぶつかった。そして何かを掴もうと腕を上げたところで、遂に奴は死んだ。


「これで、終わりか……。ふぅ」


「お疲れ様。二人とも、ヘイトありがと」


「いえ、前と比べたら全然楽だったんで」


 ほんと、一人でキングゴブリンと対峙してた時よりも楽だった。なにより、他のことまで意識を割く必要が無いと言う点が大きい。まぁでも思いっきり戦えたのはきっと奏の采配のお陰なのだろう。


 彼女の指示はとにかく合理的だった。エンペラーゴブリンの動きを全て見極め、いつどこにどんな攻撃が来るのか、更に俺たちがどのように動くのかも踏まえて、全て把握したうえで、その場その場での最適解を常に叩き出していた。


「彼女、やはり凄まじいな」


「ですよね」


 坂本さんが絶賛するほどだ。俺はなんか幼馴染がそんな素直な称賛を受けているのを見て誇らしく思った。


「凄かったよ千代久さん!」


「……ありがとうございます」


 そんな奏は今、またと言うべきか洌崎さんに絡まれていて顔が物凄いことになっていた。


 そしてこれ以上は嫌だったのか、彼の言葉を遮り俺たちの元へと来た。


「お疲れさまでした」


「こちらこそ、協力してくれてありがとう。君の采配には本当に助かった。これほど戦いやすかったのは初めてだ。故にどうだ?学校を卒業したら是非螺旋に入ってもらえないだろうか?」


「……それは────」


「それはいい案だな!坂本!どうだ!?きっとうちのチームだったら前人未到のところまでたどり着くことができるぞ!?もちろん身の安全は俺が守ってやるから入ってくれ!」


「……」


 ……うんこれは、無理か。


 正直、俺も奏にはこのチームに入ってほしい気持ちが強い。が、きっと彼女は入らないだろう。


 ────だって洌崎さんがいるから。


 彼女はいつだって苦手な人を遠ざけて生きてきた。俺と一緒にいるのだって、その苦手な人と自分の間に俺を挟みたいからだろう。


 本当だったら今後の為に苦手な人との付き合いも考えた方がいいと言った方がいいのだろうが……これは流石の俺も離れた方がいいと言わざる負えない。


 それに、もう俺の中に


「……っ」


「大丈夫か?」


 そして常に死と隣り合わせな状況から抜け出したせいなのだろう、突然奏の体から力が抜けた。俺は咄嗟に倒れそうになった彼女の体を支え、おんぶした。


「……ありがとう。このまま上まで、お願い」


「っ!?」


「分かった」


 掠れた彼女の声が聞こえたのだろう、洌崎さんの顔が面白いくらいに歪んだ。


「な、なぁ関次、お前ちょっと疲れてるだろ……!?代わりに俺が千代久さんをおぶろうか……!?遠慮しなくていいんだぞ……!?」


「洌崎さん、俺は大丈夫なんで。リーダー、そろそろ」


「……分かった。錐揉、箔南、もう魔石とか取り終えただろ?行くぞ」


「分かりました」


「……っ!はいっ!」








 そして第九層辺りまで登ってきた時、ふと前を歩く坂本さんが後ろを向いて口を開いた。


 その目線はさっきから俯いてブツブツと何かつぶやいている洌崎さんの方を向いていた。


「洌崎」


「……っ、な、なんだよ坂本!」


「見苦しいぞ」


「っ!んだとてめぇ!?」


「ここは大穴だ。恋愛ごっこだのに現を抜かしてる場合じゃねぇんだよ」


「恋愛ごっこだぁ!?何を言って────」


「前も、こんなことがあったよな」


「っ」


「その時どうなったか……まさか忘れたわけじゃあ、無いだろうな」


「……それは」


「それは?」


「それはが悪かったんだろ!?あいつがあんなことを言わなければ……!」


 何の話をしているのだろう。もしかして、過去にも同じようなことが起きたのだろうか。


「苑宮さん、あいつって……?」


「入る前に言ったでしょ?私とか箔南とはに粘着してたって。実は私、結婚してるの」


「「え!?」」


 まさかの事実に俺と横を走っていた錐揉さんは驚きのあまり声を出してしまった。


「それでね、まだ私と旦那が結婚する前、つまり付き合ってた時なんだけど、旦那も螺旋の一メンバーだったのよ」


「あっ……」


「どうした?錐揉さん」


「……そういう事ですか」


「そういう事よ」


「……?」


 俺にはこの流れでそういう事と言われてもよく分からなかったのだが……。


 曰く。


 まだ螺旋がルーキーチームだった頃。よく苑宮さんの旦那さんと洌崎さんが対立していたそうだ。理由が、


「洌崎が私にしつこく言い寄って来ていて、それを見た旦那が自分の彼女だからやめろって至極当然のことを言ったの。それに対して洌崎はよく分からない反論をして……みたいな、そんな言い合いが毎度起きてたのよ」


「……成程」


 そして事件は螺旋がルーキーから抜け出し、順調に実力をつけ始めた頃に起きた。


「第十五層のボスを攻略した直後だったわ。討伐し終わって第十四層を進んでいた時に、突然モンスターが何体も出現したの。普通だったら音とかで分かるんだけど……最悪なことに、その時旦那と洌崎が言い合いの喧嘩をしている最中でね……気付いた時には遅かったわ。何とか全部殺せたけど、うちの旦那の足が駄目になって、そのまま旦那は探索者を引退した」


「……」


「あの言い合いの中、旦那は常に周囲を警戒していたし、私たちもそうだった。唯一そうしてなかったのは頭に血が上っていた洌崎だけ……結果、あいつだけ初動が遅く、その分の負担が旦那に回って……まるで狙ってたかのように旦那の足は駄目になってしまった。今では動かすことはできるけど、派手な運動は駄目って言われてるわ」


「そんなことが……」


「その後、キレた私が自分のスキルを死に物狂いで磨いてもうこれ以上言い寄ってくるなって洌崎をボコボコにして、その日のうちに婚約届を出して万事解決ってなったの。どうやら私に負けたのが相当応えたようでようでね、もうあの日以降誰かに言い寄るなんてことしなかったのに……」


「……」


 何と言うか……その話を聞いて苑宮さんに対する尊敬の念が凄まじいことになってるんだが。

 理由が何であれ、ジャイアントキリングを成功させるまで想像を絶するほどの苦労と努力があったのだろう。それは素直に称賛すべきことだ。


 まぁ奏にもそんなことができて欲しいが……生憎彼女のスキルは戦闘用じゃない。


 そんなことを考えている時だった。


「……どいつもこいつも、俺を虚仮にしやがって……!」


「……何を言っている。改めろと言っただけだろうが」


「五月蠅いっっっ!!!俺の邪魔をするなっっっ!!!」


「っ!」


 そう叫んだ洌崎さんは突然俺の方に向かって飛び出してきた。


 狙いは……奏かっ!


「ふっ!」


「避けるなァァァ!!!」


 俺たちは一斉に彼の元から離れた。今の彼に近づくのは危険極まりないからだ。


 そんな突如暴れだした洌崎さんに対し坂本さんは、


「……洌崎。もうこれ以上螺旋を乱すことを許されない。いつか改善してくれると思っていたが……無理なようだ。洌崎紀仁。今日をもってお前を螺旋から追放する」


「やってみろやぁぁぁアアア!!!」


「……奏、起きろ」


「……起きてるわよ。不快な声を聴いたせいでね」


 そして俺は奏を地面に降ろし、坂本さんの方を向いた。俺の目を見た坂本さんは何かに気が付いたのか、その険しい目を更に険しくしていた。


「リーダー、俺が相手します」


「……駄目だ」


 やはりダメか。だがそれでも────


「……と言いたいところだが、今のお前なら大丈夫か。許可する」


「っ!?」


「何を言ってるのリーダー。関次くんの今の実力で勝てるわけないじゃない」


「ありがとうございます、リーダー」


 俺はリーダーに礼を告げて、一歩前に出た。


「関次くん、下がって」


「苑宮さん、大丈夫です。それに────」







「────俺、頭にきてるんですよ」



 そしてゆっくりと俺は手を合わせ、本来するべきはずの工程を全てすっ飛ばして、いきなり発動させる。

 それは命にもかかわるような危険な行為だったが、今の俺なら出来る気がした。


 それに、何故かたとえ俺が死んでもから。



「────発動、血気曼荼羅」



 瞬間、幾重にも線が重なった幾何学的模様が第九層の天井を覆いつくした。

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