第20話 踏み込んだ少年VS後ずさる異常

「はははっ!今ならどこにどのくらいの力でどの角度からどの速度で拳の位置も全て調整してクリティカルヒットを何度も何度も何度もぶつけることなんて造作もないぜ!」


「GAAAAA!!!」


 震動を余すことなく奴の体内に伝えるなんて朝飯前。なんならそこから更に奴の体内でその震動を鋭くして奴の臓器をズタズタにさせることだってできる。


 だがそれはクリティカルヒットを出すことよりもまぁまぁ難しいので今はしない。ただ今はこの力の感覚に溺れていたい。


 なんて楽しいんだろう。


「弱ぇなぁほんッッッとにさァ!さっきまで強すぎだろって思ってたのによォ!死にかけたけどよォ!蓋を開ければどうだ!やっぱ浅い層にいたお前が特異モンスターになったからって弱いままだなァ!」


 奴の背中から飛び出してきた触手どもを千切って千切って千切って、裏に回って根本から千切って。その時奴の背から出た鮮血を顔から浴びて目が見えなくなったが気配で奴が何しようとしているのかすぐに分かった。


「ふんッッッ!!!」


「GA!?」


 殴ってきた拳を片手で掴み、グッと握って


「GAAAAAAA!?」


「脆い脆い脆い!!!」


 更に手刀で掴んだままだった腕を裂いて、それを遠くに投げ飛ばした。


「ハハッ!」


 ついでに残っていた腕も斬り落として遠くに飛ばす。ここで初めて奴の顔に恐怖が浮かび始めた。

 

 昔奏がモンスターにも感情があるのかしら、とか言っていたが、帰ったら彼女に言ってあげたい。


 ────思いっきり恐怖するぞ、あいつらは、って。


「モンスターにもちゃんと感情があったんだなァ!びっくりだ!」


 特にそんなことは思っていないが、とにかくなんだか、今はなんでもいいから叫びたい気分だった。

 こんな昂揚感を味わう機会なんて滅多にないだろう。もしかしたら、もう二度と味わえないかもしれない。だから今のうちに味わえるだけ味わおう。



 ────と思っていたのに。



「……は?」


 突然奴は弱いながらも頑張って続けていた抵抗をピタリと止め、地に膝をつけた。そして頭を地面につけてまるで小動物のように体を丸めたのだ。


「……貴様、舐めてんのか?最後まで抗えよ。俺をもっと、楽しませろよ。早く顔を上げて、そのボロボロな体を再生させて、早く俺に抵抗しろよ……!なァ……!早くしろよ!」


 声を上げても奴の顔は上がることはなかった。どころか、さっきまで小刻みに体を震わせていたはずなのに、いつの間にかそれが止まっていた。



 ────死んだのだ。



 その証拠に、奴の体が徐々に灰となっていった。その事実が俺を失望させた。


 消化不良だ。


 まだ、満足できていないのに。欲しかったものが後すんでのところで誰かに横取りされた。今回のその誰かは今目の前で死にやがったこいつだ。


 俺の楽しみを、こいつの死という事実によって奪われたのだ。


「……ふざけるなよ」


 もっとさっきまで昂っていた気持ちを発散させたかったのに……そんな気持ちは今燻ったまま、俺の中から消え去ろうとしている。


「……もしも」


 もし、もっと深いところに潜ったら、こいつより強いやつと、出会えるのかな……?

 錐揉さんはさっき、こいつのことを特異モンスターと言っていた。でもきっと、こんな弱いやつじゃなくてもっと強い奴が特異モンスターになれば────




「……きっと血湧く殺し合いができる……!」




 元々大穴に潜っていた理由は奏と結婚したとしても、何も困らないように実績を得る為だった。それは今も見失っていない。でもその過程を楽しむために、別の理由をつけてもいいんじゃないか……?


「ただただ目的のために走り続けるのもいいけど……偶には寄り道も必要だよな」


 そう自分に言い訳をし、特異モンスターが残した魔石を手に取り、上層へと向かったのだった。







「急げ!もう少しで第九層だぞ!」


「みんな、戦鬪準備!」


 俺が第七層に辿り着いた時、そんなことを叫びながら下に下がっていくそれほど強くもない探索者どもの集団がいた。

 一体第九層に何があるというのだろうか。あそこにあるのはつまらなかった雑魚の死体だけだと言うのに。いや、死体すらないのか。


 それよりも奏たちはちゃんと無事に戻れたのだろうか。錐揉さんは多少楽しめるくらい強いはずだからきっと大丈夫だろう。


 それに、俺にはない技術と周りに溶け込める唯一無二のスキルがあるからな。


「ほい」


「GA!?」


 俺が歩いている先にいたゴブリンをデコピンで跡形もなく消し去った。今までだったらデコピンで一応倒すこともできたはずだが、それでもまぁまぁ力を込める必要があった。それが今ではビー玉を弾くような感覚で頭蓋を消し飛ばせると言うのだから、本当に素晴らしい成長をしたな。


「今の俺なら────お」


 その時、俺の目に眩しい光が襲いかかった。外の光だ。仮面のお陰で幾分か遮られていたが、結構長い時間潜っていたせいでかなり眩しく感じてしまった。


「……」


 そして外に出てみると、何人もの探索者が武器を構えて何やらスタンバイしていた。それを傍目で見ながら彼らが反応できない速度で彼らのそばを通り過ぎ、結構離れたところで携帯を取りだし、錐揉さんに電話をかけた。


「もしもし」


『……関次くん?あ、ちゃんと脱出できたんだね。なんとか耐えてくれてありがとう。さっき探索者の集団がいたでしょ?今彼らがなんとかしてくれるって連絡が来てね、今私たちはホテルにいるから────』


「勝ったぞ」


『────……え?』


「大穴の前で待機してる人に連絡できたらしてくれ。その特異モンスターは死んだって」


『……何言ってるの?』


「取り敢えずそのホテルに向かうわ。んじゃ」


『……っ、ちょっとま────』


 錐揉さんの言葉を待たずに俺は電話を切った。そして次に坂本さんに電話をかける。


『……どうした。さっき錐揉から意味分からない連絡が来たって苑宮が騒いでいたが』


「俺の実力を正確に自分で把握することができました」


『……で?』


「第三十層に行きましょう」


『……はぁ。そんなことだろうとは予想してはいたが……過信は死に直結するぞ。それは分かっているのか?』



『っ!?まさか────』


「はい。できましたよ。


『……』


 俺がそう言うと、彼は何も言わずに黙り込んでしまったのだった。

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