第19話 曼荼羅
「─────
昔、それこそ幼稚園に通っていた頃。奏が仏教に興味を抱いていた時期があった。なんでも、日本はいろんな宗教の考え方を取り入れているから、その一つくらい考え方を知っていてもいいんじゃないかと思ったんだとか。良くわかんねぇ。
そして俺が筋トレをしている横で彼女は仏教の本を読み始めたのだ。
今思えば少しでも知識を得て俺に自慢したかったとか、そんな可愛い理由があったのかもしれないが、この時の俺はそんなのよりも俺に興味を持って欲しいという一心しかなかったため、つい少しだけ否定してしまい喧嘩してしまった。
その後仲直りして、彼女から少しだけ仏教の“曼荼羅”と言うのを教えてもらった。何でもその曼荼羅と言うのは絵で、大量の教えが書かれている経典を視覚化したものなんだとか。
俺はそれを、“人が持つ理想郷のようなものの絵”だと認識した。だって仏教のみならず宗教なんて、個人の考え方によっていろんな解釈が出来てしまうものだ。例え教えがこれが正しくてあれが間違っていると言ったって、人によってはそれを捻じ曲げてあれが正しくてこれが間違っているという事だって出来る。
今でこそこんな風に思ったことを少しは言語化できているが、昔はこれを漠然と考えていた。
そして、そんな曼荼羅という絵が自分の理想郷を描いているのなら、その理想郷を見てみたいと思った。きっとその理想郷には奏がいるはずだから。
故に言葉にして、ここに記す。
俺の、理想郷────仏教のそれとは異なる、俺の曼荼羅を。
「GAAAA……?」
周囲には意識が朦朧とし始めた俺と、普通だったら死んでるはずの俺の様子に戸惑っている特異モンスターのキングゴブリン以外いない。仮面Yもとい、錐揉さんがあの三人と先生の死体を上の層にやったのだ。
だから、俺の想像する曼荼羅を、力が全て支配する空間を、ここに創る。
「生えろ」
弱かったころの下半身なんていらない。俺は強い下半身を生やすことにした。そして念じると、スキルの力で下半身がぐちゅぐちゅと音を立てて、即座に生えてきた。その直後、元の下半身は溶けてなくなった。
俺は溶けた下半身があった場所へと向かいズボンを回収し、履く。
そして何度か屈伸をし、体に馴染ませた後、
「うん、行ける。────生成、血気曼荼羅」
瞬間、大穴内の天井が赤く細い線が幾重にも交わった異様な紋章で染まった。
今この瞬間からここは俺のフィールドと化した。力が全てを支配するこの空間の中で、俺は奴を殺す。
だが、力で支配しようにもまだ俺の力は奴に届いていないのは分かっている。故に、ここで奴の力を上回る。
「行くぞぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」
「GAAAA!!」
俺は叫ぶと同時に、奴に飛び蹴りをかました。少しだけ自分の力が増したのを感じたが、そんなのは微々たるものだ。もっと。もっと攻撃して力を増すんだ……!
「はああああああ!!」
「GAAAAAA!!!!!」
殴る殴る殴る。その度に俺の力は増していく。だがまだ届かない。どんなに奴が反応できないほど何度も攻撃しようとも、この上昇具合ではまだ足りない。
「もっとよこせ……!」
思わず悪態をついてしまう。こんなチマチマとした上昇具合だったら誰だって苛立つだろう。
そこで俺は少しだけスキルの無駄を省くと途端に力が上がり始めた。
「もっと無駄を省けっ……!俺だけに仕事させるな……!」
そう言うと更に力が上がってきた。さっきと比べると三倍以上にまで効率がよくなった。この調子ならきっといける。
後10秒もすれば準備が整うはずだ。
10秒。
腕を浅く斬られた。だがすぐに力となって回復する。これくらいの傷程度、今も昔もどうってことない。こんなもの、傷なんて言えない。
9秒。
「はあっ!!」
「GA!?」
ついに巨大な剣を破壊できた。だが剣を破壊できたからってこいつの脅威度は変わらない。しかも破壊した際殴った拳が少しだけ壊れてしまった。きっと骨にヒビが入っただろう。だがこの程度も怪我とは言えない。
8秒。
「……っ」
突然ガクッと倒れそうになるもなんとか持ち堪えた。体が回復に専念したせいか思ったよりも体力が無くなっていた。このままだと動けなくなるのも時間の問題かもな……今はまだいけるが、準備を整えた後果たして動けるのか……いや、動けるか動けないかじゃない。無理矢理にでも動かす……!
「はあっ!」
「GAAAAAA!!」
7秒。
拳と拳がぶつかり合い、互いの拳が壊れた。しかし即座に回復する────無理矢理。
ゴキュゴキュと嫌な音を立てながら俺の拳は元通りになった。そして向こうも持ち前の回復力で拳が元に戻っていた。
ここからはさっきよりも酷い殴り合いになる。
6秒。
殴り殴られを1秒という短い時間の中で何度も繰り返す。俺たちの周りの地面は殴った余波でそれはそれはもう酷いものになっていた。大穴の修正力を持ってしても追いつけないほど、ボロボロになっていた。
バキッ。
嫌な音がした。
5秒。
全身の骨はまだ逝ってない。筋肉も常に回復してる為に傷ついている様子はない。どころかもっと強靭になっているくらいだ。
バキバキッ。
嫌な音が続けて鳴った。
4秒。
「ふんっ!!」
「GAッ!?」
思いっきり踏み込んで放った一撃が、疲れが見え始めたキングゴブリンの腹に突き刺さった。それにより奴はズズズと後ろに引き下がった。
このまま────っ!
「がはっ!?」
しかし更に踏み込んだその時、遂に体に限界が来たのか血を吐いてしまった。
「ァァァァァアアアアアアア!!!!!」
だがそれでも、俺は振りかぶった拳を止めることはなかった。一瞬動きが止まった俺を見てチャンスとみたのか、奴はニヤリと笑って俺を殴った。が、それでも止まらない俺を見て遂に焦り始めた。
「アアアアアアアアアアア!!!!!」
3秒。
ドゴォ!!!
俺が生きてきた中で一番の拳を、奴に放った。それに怯んだのか、奴の動きは止まった。
2秒。
それを見て俺は追撃せずに一気に後ろに下がった。
1秒。
嫌な予感が駆け巡ったのだろう、奴はさっき以上の焦りを見せて、俺に向かって地面に落ちていた剣の破片を投げつけてきた。
だが遅い。
────0秒。
「血気上回」
そう唱えた瞬間、赤く染まった天井からその赤い線が剥がれ落ち、俺の中に取り込まれた。大穴を出た瞬間に消えるはずの力が、俺の体に染みつく。
ゲームで言ったら今この瞬間、俺のステータスが引き継がれたままレベル1に戻ったところだ。
上がりづらかった力がこれでリセットされ、また力を上げることができるようになった。
更に大穴に込められていた数々の、天井に染み付いていた色んな生き物の怨念も取り込んだお陰で体力も回復することができた。
「さァ、こっからが本番だ。俺は元気いっぱいだが────果たしてお前はどうだろうなァ……?ま、今から死ぬんだ。関係ないか」
「GA……AAA……」
さ、殺そう。
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