第9話 頑丈な少年VS女の勘

 契約書にサインした俺はそれを坂本さんに渡した。


「ふむ、これでいいだろう。今日から君も螺旋の仲間入りだ。と言う立場にはなるが」


「よろしくお願いします」


 そう言って俺が頭を下げるとパチパチとまばらな拍手が聞こえた。


「ここにいる四人に加えてあと一人男のメンバーがいるが、今丁度風邪をひいてしまっていてな。また今度会うことになるが、了承してくれ」


「わかりました」


「自己紹介とか、そう言った機会はそいつが復帰してからにしよう。これで、元々決めていた人数を集め終えたな」


「そうね」


「元々決めていた?」


「……初耳」


 俺ともう一人──さっき俺に攻撃を仕掛けてきた錐揉さんがそう言うとその疑問に答えるようにさっきからずっと坂本さんの横で立っていた女性の口が開かれた。


「そうですね。錐揉さんにも言っていなかったのですが、元々リーダーと私、箔南はくなとここにはいない洌崎すざきの馬鹿の四人でこの螺旋は創立されました。ですが、四人では足りないと感じる場面が、今の地位に至るまでに何度もあったのです」


 そこで戦力補強として、多くても二人いれば十分だろうという判断に至ったという。二人以上いても無駄で足手まといなんだと。


 それだったら即戦力のほうがいいんじゃ……。


「確かに即戦力を入れるという選択肢もあった。が、俺たちには幸いにも余裕があった。それだったら育てた方が何かと都合がいいからな」


「……成程」


 錐揉さんはなんか理解できているが……俺はピンと来ていなかった。でも考える必要が無いと思い、すぐに思考放棄した。


「何か質問とかありますか?」


「俺は無いです」


「……私も」


「また何か疑問に思ったことがあれば気軽に質問してください」


「そうよ?悩みはすぐに解決しなきゃ。いつまでも抱え続けていたらストレスの元になるからね」


「わかりました」


「……」


 その後、次に事務所に行く日を決めてから帰ることに。


「それではまた今度、よろしくお願いします」


「学生は学業に専念するのが一番なのだが……二人には関係ないか」


「また連絡してくれたら迎えに行くから、気軽に呼んで頂戴?」


「その時はまたよろしくお願いします、苑宮さん」


「……ありがとうございます」


 そう告げて俺と錐揉さんは事務所を後にした。そしてマンションを出たところで錐揉さんが俺の方を向いて、


「……今日から、よろしく」


「おう。よろしくな」


「……学校でも、会ったら声かける。出来るだけ」


「あ、そう言えば錐揉さんが通ってる学校って……」


「……国立探索科専門学校」


「同じか。ってことはあの時の研修も?」


「……うん。その時に声をかけてもらった」


「はっや」


 そうして、意外にも会話が弾みながら二人で駅に向かう。寡黙だと思っていたがお喋りが好きなようで、向こうから話題を提供してくれたりもした。


 こんな風に奏以外の女子と話すことなんて、馳寺さんを除けばあまりなかったのでかなり新鮮な気分を味わっている。


 そして彼女も俺と同じ学校に通っているという事は、降りる駅も同じという事で。


「それじゃあ、また学校でな」


「……うん」


 流石に駅で別れることにはなったものの、また学校で話す約束をしてこの日は別れた。





「ただいま」


「……随分と遅いじゃない」


 家に着くと既に6時を回っていた。一応駅に着いたのは4時半なのだが、奏に買い物を頼まれていたのでそれに時間がかなりかかってしまったのだ。


「ごめんて」


「……まぁ買い物を頼んだ私も悪いけど、それでも遅すぎないかしら?」


「混んでたんだよ。いつも使ってるスーパーが。会計で結構並んだんだぜ?」


「……ならいいけど」


 嘘はついていない。嘘はついていないのだ。奏は嘘をついた瞬間すぐに見破ってくるから、真実をまみえた嘘をつくしかないのだ。


「それじゃあすぐにご飯作るから、食器とかの準備お願いね」


「了解」


 俺はそそくさと手に持っていたビニール袋をキッチンに運ぶ。そんな俺の様子を奏は訝しげに見ていた。


 その時だった。


「──複数の女の匂いがする」


「っ!?」


 そう呟いた奏の声に、俺の肩は一瞬ビクッとした。が、俺はなるべく平常心を保とうとする。


「お、お前は犬なのか……?」


「犬じゃないわよ。でも、なんていうのかしら……そうね、女の勘ってやつかしら」


「……気のせいじゃないか?」


「そうね。気にしすぎかも。でも、これがもし、本当だったら……」


「っ!?」


 俺は気配を感じ、横を向くと既に奏がそばまで来ていた。そしてグイッと顔を近づけてきた。もう少し近づけばキスができるくらいまで。


 近すぎる奏の顔に、俺の心臓はバクバクとうるさいくらいに鳴り始めるも、徐々にそれは収まり、逆に悪寒が背筋に走り始めた。


 そして奏はニィィと深い笑みを浮かべながら、


「束縛するしか……ないかもしれないわねぇ……?」


 そんな怖くも魅力的な提案をしてきたのだった。

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